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2024年1月7日日曜日

3連休のまんなかで

3連休のまんなか、昨日からの放送大学の教材づくりは早めの午前で一段落した。そこで、午後には他の作業を進めつつ、連続ドラマを見ることにした。1話が50分で8話連続の作品である。計算すれば、早めの午後から見れば夜までに見終えることができるものの、そんなに焦って見ることもないだろう、などと思いつつ第1話を見てみたところ、作品の世界にどっぷりと浸ってしまった。

NHKオンデマンドにて一気呵成に鑑賞したのは2023年3月から5月にかけて、NHKのBSプレミアムで放送されていた「グレースの履歴」である。原作は小説で、2010年に単行本で出版された際には『グレース : Take me to the final destination』の書名だったものの、2018年に河出書房新社から文庫化された際にドラマと同名の『グレースの履歴』に改題された。後にWikipedaを閲覧したところ、ちなみに原作者の源孝志さんは立命館大学の卒業生(1984年、産業社会学部)とのことである。そして、過去に手がけた作品リストに、2021年に京都芸術劇場にて立川志の輔師匠による落語『中村仲蔵』に触れた後、これまたNHKオンデマンドで鑑賞した「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」があり、今作にも引き込まれたことに合点がいった。

「グレースの履歴」を見ることにしたのは、先日、高校時代の恩師をクラス会にお招きした際、「山口君は見たか?」と訊ねられたためである。というのも、そのタイトルにある「グレース」は、ホンダのS800(正確にはS800L)で、車好きなら必ずや見ているだろう、と踏んでいたのだが、私はドラマも小説も、まったくノーマークであった。先生は残念そうな表情を浮かべつつも、カレンダーを私に差し出した。なんと作中に出てくるS800Lを準備された車屋さんのもので、かねてより先生がお世話になっている店だという。

作品の内容は、Webで公開されているあらすじを見ていただくとして、あふれる感情のもとに記しておくと、S800Lの造形的な美しさに引き込まれたのは言うまでもなく、脚本、役者さんの演技も、またカメラワークも含めた演出全般の秀逸さにより、長く記憶に残る作品と確信している。また、S800L以外の小道具にも引き込まれる部分が多く、例えば夫婦の出会いのエピソードとして重要な要素になっているデジタルカメラが、最終話ではかけがえのない家族のつながりを視聴者に訴えかけるものとして用いられており、(S800Lがモノとしての主人公とすれば、人間としての)主人公の希久夫さんに過度なまでの感情移入をしてしまった。余韻に浸りつつ、素敵な作品を紹介していただいた先生に、お礼のメールを送らせていただいた。実は先生の出会いが、今の私が高校卒業時には予想だにしなかった仕事を手探りでも続けていられる背景にあることを、母校の100周年記念誌に寄稿させていただいたのだが、まだまだ先生の慧眼には遠く及ばない。




2021年3月2日火曜日

古い良きもの

「数ある工業製品の中で『愛』がつくのはクルマだけ」とは、トヨタ自動車の豊田章男社長の言葉である。2017年10月29日、東京モーターショー2017の開催に合わせて実施されたトークショー「WE LOVE CARS 2017」での発言である。GAZOOのWebでも2017年11月1日付で報告記事が掲載されていると共に、YouTubeのトヨタ自動車のチャンネルに動画がアップロードされている。後半にはイチロー選手がサプライズゲストで登場し、司会進行の小谷真生子さんも交えた「愛とは」の談義が興味深い。

確かに「愛車」と呼べる車に乗っているものの、私にとってはカメラも、また一部の携帯電話なども、「愛機」と呼ぶことができるものを使っている。カメラについてはニコンF3Pの新品を高校時代に偶然にも入手して愛機となり、京都で住み始めてから日沖宗弘さんの『プロ並みに撮る写真術』でリストアップされていたオートニッコール(Ai改)レンズを木屋町三条のムツミ堂や大阪駅地下の八百富写真機店に足繁く通いながら買い足して愛着を深めていった。携帯電話については、1995年から約10年にわたって既PDC方式のデジタル端末「ムーバM」(モトローラ製)を愛機として活用し、既に800MHz帯の電波が停波されて久しいものの、電話番号を抜かずにいたものを今なお手元に残している。また、眼鏡研究社のメガネ、腕時計ではセイコーのパワーデザインプロジェクトの1つなど、使い続けている愛着の深いものを挙げていけば切りがない。

今日、約2年ぶりに携帯電話、というか、スマートフォンの機種を更新した。iPhone mini 12である。マニアの方であれば型番の最後が「VC/A」ゆえに、カナダ向けの端末であることにお気づきかもしれない。2020年11月28日に注文したものが、2月18日にFedexに出荷伝票の登録、ケベック州(SAINT HUBERT)の店からセンター(MIRABEL)に荷物がついたのが2月24日で、インディアナポリス、アンカレッジを経由して関空に3月1日着、そして本日、日本郵便を通じて手元についた。

今日は古巣である大学コンソーシアム京都のお仕事で、約30分、Zoomでプレゼンテーションを行った。今日の到着は偶然ではあったものの、少なくとも愛着を深めやすいストーリーが付与されたように思う。何より、スティーブジョブズが最後に直接発表したiPhone 4、そして亡くなる前日の発表となったiPhone 4Sに通じる角張ったデザインが気に入っている。しかし、いただけないのが、背面のカメラの出っ張りで、これが嫌で未だにiPad miniを愛用し続けていること、さらにはiPhone mini 12にはジョブズが否定したケース(しかも純正のケースが販売されていることを激高するのではないかと想像しつつ)をつけて、背面がフルフラットになるようにして愛で始めている。

カナダ仕様は日本仕様と同じ電波セットを用いるため総務省による「技適マーク」付なのです
(Nikon D40, Micro 40mm, f/4, 1/60,  ISO400)



2021年3月1日月曜日

赤い覆いを黒の膜にする

既に示しているように、ヤマハに対して強い思い入れがある。実家暮らしのときも、そして京都で一人暮らしを始めて以降、そして今でもなお、ヤマハやヤマハ発動機の製品が身の回りにいくつかある。京都で暮らし始めるときには実家で使っていたヤマハの単品コンポとヤマハ発動機のヒット作である「パッソル」(赤の初代)を持ってきた。パッソルは阪神・淡路大震災の後に同じくヤマハのDT50に乗り換えるまで磐田市ナンバーのままで乗っていったし、ヤマハのKX-R700というカセットデッキでオリジナルのテープを編集してヘッドホンステレオやカーオーディオで聴いていたのが懐かしい思い出である。

その後、大阪で暮らすことになって車の維持を断念する際、ヤマハのZealの中古に乗り始めた。250ccのネイキッドで、当時(2007年ごろ)でさえ絶版になって久しく、何より4気筒のキャブレター仕様ということで、メンテナンスに悩まされた。結局、石川・七尾へのツーリングが最も色濃い素敵な思い出である。その後、2013年に京都に戻ることにした際には手放す方向に気持ちが揺れ、最終的に左足首を複雑骨折した2018年に処分した。

その間、新たに相棒となったのがヤマ発によるエンジン「3S-GE」が搭載されたトヨタ車である。現代では命名や呼称に躊躇するであろう「カリーナED」の初代の後期モデル(ST162)で、4ドアハードトップというパッケージングもまた、今となっては希有な存在だ。加えて、生産終了から30年あまりが経つため、部品の確保が課題である。最近になって名車と呼ばれる車の部品供給が再開されるという動きが見られる(例えば、マツダではロードスターに加えてFC型・FD型の両RX-7が「CLASSIC MAZDA」プロジェクトに含まれるようになった)のは、少なくとも私にとっては明るいニュースだ。

今日は日付を超えて2/28締切の原稿を何とか仕上げて数時間の睡眠に就いた後、赤錆が目立ち始めてきたカリーナEDのワイパーブレードを、サビ転換剤で補修する時間を作った。その後、研究費の精算期限が迫っていることもあって、立命館大学衣笠キャンパスのリサーチオフィスに伺った。自宅に戻ると、深夜まで集中していたことの反動か、夕方の立命館大学サービスラーニングセンターのオンラインでの科目担当者会議(途中、立命館大学の広報課による「手洗いこそ、一番身近なボランティア。」という標語が用いたTwitterの投稿に愕然としてしまったという感覚が共有できてよかった)の少し前まで、ソファで眠りについてしまった。夕食の後は依頼を受けていた研究倫理審査の書類を仕上げて、改めてベッドで眠りについた。

サンドペーパーで錆落としをしてシリコンオフで脱脂して赤サビ転換防錆剤を塗った効果は…
(Leica M9-P, 35mm, f/11, 1/500, ISO400)


2021年2月27日土曜日

コピペと呼ぶか原動力と位置づけるか

父がヤマハ発動機に勤めていたこともあって、YAMAHAの文字に目が即座に反応してしまう。静岡県磐田市の実家を離れ、京都で一人暮らしを始めてからは、自ずとヤマハの環境から離れたこともあって、その感覚がより鋭くなった気もしている。そして、たまに実家に帰ったときには、改めて往年の仕事について父親から訊いたこともある。そのエピソードの一つは同志社大学大学院総合政策科学研究科での「山口ゼミ」1期生が修士論文を提出した後、そのうちの1人と共同執筆した紀要論文の冒頭に収めさせてもらった。

今日もまた、ふとしたところでYAMAHAの文字を見かけた。ホテルの流し台である。既にヤマハはリビング事業から撤退しており、1992年に分社化された「ヤマハリビングテック」が取り扱ってきたプロダクトは2013年から「トクラス」社に継承されている。ちなみにリビング事業は旧社名を「日本楽器製造株式会社」とするヤマハ株式会社(日楽やヤマハと呼ばれていた)で、オートバイなどを製造するヤマハ発動機株式会社(こちらはヤマ発と呼ばれていた)によるものではない。

ヤマハとヤマ発の歴史や企業風土のユニークさは、時折雑誌の記事などでも紐解かれている。例えば、バイク専門誌「培倶人」を出版する枻出版社のBikeJIN WEBでは「ヤマハのモノ造り」と題した特集を読むことができ、その1回目「細部へのこだわりは、創業当初から」では、以前「ブラタモリ」でも一部紹介された「オルガン→プロペラ→バイク」といった流れが紹介され、さらにその後の「ボート→アーチェリー→4輪用エンジン」という展開にも触れられている。また、人材派遣などに取り組む「パーソル テクノロジースタッフ」による記事『「YAMAHAのコピペ」ってどこまで本当なの? ヤマハ本社に聞いてきた』(2016年9月30日)では、ヤマ発のコミュニケーションプラザ(静岡県磐田市)にてヤマハとヤマ発の双方からのインタビューにより、「時計の修理→医療器械の修理→輸入オルガンの修理→オルガン製造→ピアノ製造→高級家具の製作→軍用の航空機の木製プロペラ製造→金属製プロペラ製造→バイク製造」という流れを確認した後で、両社の社長を兼務していた川上源一社長による海外視察の後、まるで「コピペ」のように、既存の技術を新たな発想で流用・応用していった流れを整理している。(ヤマハ(日楽)が「電子オルガン(エレクトーン)→IC開発・製造→オーディオ・電子楽器・パソコン(MSX)→電子機器(音源用電子機器やルーター)」、ヤマ発が「船外機製造→FRP製アーチェリー製造→FRP製船体製造→プール製造→インドネシア駐在員からの相談で水質改善のため浄水器開発→排気ガスに含まれる二酸化炭素吸収のための微細藻類の培養(バイオ事業)」といった展開をまとめている。)リビング事業のみならず、既に撤退した分野もあるものの、地元企業への身びいきながら、ぜひ、今後もさらなる発展を期待したい。

今日は先日から断続的に触れてきたとおり、沖縄の名桜大学が開催校となった国際ボランティア学会の年次大会に参加した。同志社時代に指導をさせていただいた元院生も参加していたので、時折、SNSでメッセージをやりとりしながら、知的な対話を楽しんだ。発表では立命館大学の北出慶子先生と遠山千佳先生と共に、立命館大学研究部の「Withコロナ社会 提案公募研究プログラム-Visionaries for the New Normal-」に採択された実践的研究の成果をまとめた。学術研究の世界でコピペと呼ぶと意味合いが変わってしまうのだが、一つの成果を次なる研究の原動力へと活かしていきたいと発意する一日となった。

「日楽」時代から「M」の真ん中がベースラインについていないのがヤマハのロゴタイプ
(iPhone XR, 4.25 mm<26mm>, f/1.8, 1/60, ISO320)

2021年2月23日火曜日

キーピッチに見るデザインのバランス

人と比べるものではないかもしれないが、比較的モノフェチな方だと思う。もちろん、量が重要なのではなく質が重要であり、単に値段が高ければいいわけではなく安ければいいわけでもない。いくつかある要素の中でもデザインは良いモノであるかどうかを左右する重要なものの筆頭であると捉えている。

デザインという言葉は有形のものに対してのみ使われるものではない。実際、現在はコミュニティデザインやコンセプトデザインなど、広い分野で、また無自覚のうちに無形のものに対してもデザインという語が用いられている。それは建築を意味するアーキテクチャがコンピュータの世界でも用いられていることにも通じた観点であろう。理想的な世界をどうつくりあげるか、そこにはメッセージやストーリーが不可欠である。

今日は最近導入した新たなモノのコンセプトデザインとプロダクトデザインに向き合うこととなった。iPad AirとMagic Keyboardとの組み合わせである。もともとキーボードも、さらにはスタイラスと呼ばれるペン型の補助デバイスさえも不要とされてきたものが、スマートフォンの普及によって、改めてパソコンとの棲み分けと共存・共生のために、マルチな使い方が提案された結果であろう。この組み合わせはパソコンの代替や併用の可能性を拓くものであるとはいえ、キーボードだけで操作が完結しないこと、さらに日本語版のキーボードではリターンキーに近いキーの幅(キーピッチ)が崩れていることが悩ましい。

そんなことを視覚的かつ触覚的に体感しつつも、今日はパソコンで月末に機会を得ている国際ボランティア学会の発表資料を作成した。以前は慣れ親しんでいたはずのMicrosoft PowerPointを久しぶりに使ったものの、今やAppleのKeynoteばかりを用いているため、些細なことに苦労を重ねることとなった。結果として、Keynoteで作成してからPowerPointに書き出して微修正し、3人の連名による共同発表のスライドに担当部分を追加した。ふと、Macでは出されることがなかったPanasonicのLet's Note M32やR6など、A5サイズの機種を使いつつも、結果としてキーピッチの崩れなどが視覚的・触覚的に気になって、Appleに戻したときのことを思い出した。


Designed in Apple in Californiaゆえ英語版のキーピッチは11インチモデルでも不変なようです
(Nikon D40, Micro 40mm, f/3, 1/10, ISO400)


2021年2月14日日曜日

乾電池型で動作する機材の安心感

COVID-19によるオンラインでの仕事が日常となり、機材のアップデートを進めている。2020年4月、まずはパソコン本体を更新した。動画でのコミュニケーションや、動画による教材作成と提供が頻繁になる中で、音というよりは声がきちんと届くことが大切だと捉えて新たなマイクも導入した。ほぼ同時期に骨伝導のヘッドセットも導入して、長時間にわたるZoomでの会議でもストレスなく参加できる環境を整えた。

Zoomなどで接続した際、参加者から「聞こえますか?」と確認が寄せられることがあるが、なかなかこの問いに対する答えは難しい。音声信号は確かに届いているとしても、快適に聞こえているかという基準では、到底、その水準に及んでいない場合もある。何より、その瞬間は聞こえていても、送信側や受信側の状態が変化することにより、聞こえなくなる場合もあるだろう。とりわけZoomの場合は、ミュート解除ができているかどうか、そして解除されていればマイクのアイコン内が音声入力のレベルメーターとして緑色のバーが動いているかの挙動を確認するか、そもそも「オーディオ設定」において音声入力の設定を目視いただく方が妥当である。

そうした中、今後ハイブリッド授業(とりわけ、参加者の選択によって参加する環境が分散するハイフレックス型)が本格化していくと、オンラインのみ環境ではあまり必要としなかったものが必要になると、と思うようになってきた。その一つがポインターである。教室に一堂に会していればメインのスクリーンにレーザーを照射すればよかったのだが、空間を越えて複数のモニターに投影されている状況においては、配信する画面の素材に直接ポインターが反映されている必要がある。そこで「Logicool Spotlight Wireless Presentation Remote」を導入してみた。

ポインターに限らず、これまでは乾電池型の電池で動く端末を好んで選択してきたが、今回は機能優先で選定した。古くはKensington、その後はコクヨ、近頃はPhilipsのポインターを使ってきており、いずれも乾電池で動作(実際はeneloopなどの充電池を使用)してきたので「電池が切れたらどうしよう」という不安を抱かずに済んできた。ちなみにカメラも単3型の電池で動くもの(例えば、ニコンのCoolpix P50やPentaxのOptio 43WRなど)を使ってきたものの、今はすっかり専用バッテリーを使うものばかり用いている。ちなみにこちらの新機材、1分間の充電で3時間、60分のフル充電で最大3ヶ月使用可能とのことで、締切前日に立命館大学の採点が一段落した今、いざ試用と使用への扉が開かれた状態にある。



 

2021年2月6日土曜日

ユニークで豊かな書体に愛はあるか

長年のMacユーザーである。友人宅でNECのPC-8801markII SRで「信長の野望」を遊んだ中学生の頃、西武百貨店浜松店でMacintosh IIciなどを紹介するカタログを手にして造形美と高価格に衝撃を覚えたのが最初の出会いである。その後、1994年に立命館大学びわこ・くさつキャンパスのユニオンスクエア2階に設置されたオープンパソコンルームでLC475に触れ、その操作のわかりやすさに虜になった。同時に、政策科学部生がPowerBook 180を全員が所有していることに大きな嫉妬を覚えた。

Macユーザーは圧倒的なシェアを有するWindowsユーザーとのあいだで、いくつかの困難に直面してきた。1998年のiMac、そして2008年のiPhone 3G、それらが日本で(も)ヒットしたことにより、徐々にMacユーザーの困り事も減ってきたように思う。ただし、今でもなお、悩ましい問題の一つが、Microsoft Officeアプリケーションでのフォントのズレである。同じアプリケーションで同じフォントが指定されたとしても、具体的には「MS明朝」や「MSゴシック」という名前の書体で作成された文章も、フォントの処理方法が違う(象徴的なのはWindowsのOfficeではあらゆるフォントで「太字」にできるのに対して、Macでは「ウェイト」という概念で書体の太さが管理される)ため、レイアウトが崩れてしまうことがあるのである。

Windowsユーザーにとっては何の気なしに作成してMacユーザーに提供したファイルが、Mac上では見栄えが大きく崩れる場合があることなど、あまり想像がつかないかもしれない。一方で、古くからのMacユーザーであれば、ある種の想定内の出来事として、淡々と対応する。最近では2017年から科研費の応募書類において表作成機能の罫線枠をレイアウトに用いない書式になったことを引き合いに出して、作成側の意図と使用側の状況との差を説明することも幾度となくあった。それまではノスタルジーとして、Windows版も発売されていた「クラリスワークス」の秀逸さを示して、一層のわかりあえなさに浸ることもあったが、スマートフォンの浸透やペーパーレス化も手伝って、そもそもOfficeアプリケーションでの書類作成でのもどかしさは(いわゆる「神エクセル」の指摘や、データクレンジングへの注意喚起もあって)徐々に改善・解消の方向へと向いているだろう。

そんな中、今日は久しぶりにWindows機を起動した。お目当てはHG創英角ポップ体が使われたOfficeアプリケーション(Microsoft PowerPointファイル)のPDF化のためである。今月、2月20日に開催のシンポジウムの書類作成にあたり、話題提供者のお一人からお預かりしたファイルを、作成時の環境に近づけてPDF化を、と考えたのだ。OSに依存しない書類形式(Portableに扱うことができるDocumentのFormat)への保存のために、複数のOSを使うというのも、なかなかシュールである。ただ、そうして作成されたファイルをご覧になる方には、そうして届けられるプロセスにどのようなものがあるのかはあまり関心が向くことはなく、逆にそうしたプロセスに苦心や腐心することがある私は、むしろ届けられるファイルの作成環境にも興味を抱くことも多い。

久々に愛機を活用後にMicrosoft公式でMacでもHG創英角POP体が使用可の情報に触れました
(Nikon D40, Micro 40mm, f/4, 1/6, ISO 400)


2021年2月3日水曜日

好奇心は経験が駆り立てる

毎週水曜日恒例の英会話のクラス、今日のお題はGPSの意外な脆弱性についてであった。New York Timesの記事は、文字通り「Our GPS System Is Too Vulnerable」だった。緊急事態宣言の長期化が見込まれることもあって、今日からはオンラインで受講できるようになったものの、私は対面を選択した。この数ヶ月、オンライン授業を設計し、運営してきた経験もあって、何かトラブルがあれば場の収拾に貢献できるだろう、という思いもあっての判断である。

オンライン授業にはいくつかの形態がある。今回はハイブリッド授業と呼ばれる対面とオンラインとを組み合わせた授業でも、ハイフレックス型と呼ばれるものに相当する。例えば、京都大学による授業解説ページでは「同じ内容の授業を、対面とオンラインで同時に行う授業方法」と定義されているものである。今回は大きなトラブルはなかったものの、対面でもオンラインでも、どちらの参加であっても、相互に対話が比較的ストレスなくできるために、ということでマイク内蔵スピーカーを持参したことで、ささやかに環境改善のお役に立てた気がする。

ハイフレックス型の英会話のクラスに参加した後は、自宅に戻って科研費に採択されたプロジェクトの打ち合わせに出席した。こちらは当初は参加予定だった1名の先生が業務との調整がつかなくなったため、後ほど閲覧できるようにレコーディングがなされることになった。約2時間の対話の中で、途中、誰からかは忘れてしまったが、欠席された先生へのビデオレターにもなると捉えた方がおられて、その方へのメッセージや問いかけをあえて織り込んで議論が進められていった。一部の時間はミュートかつビデオオフで参加されていた時間があり、時折チャット機能を使って反応が寄せられたのも、オンラインでのミーティングならではの展開だったように思う。

そして今日はそうしたオンラインでの講座や打ち合わせに加えて、急速に普及が進みつつあるClubhouseのRoomを初めて開いてみた。駅までの移動のタイミングで開いてみたところ、大学時代からの盟友と、その当時に知り合った方が入ってこられたのである。実は1月30日に招待を受けて、2月1日に参加手続きを終え、今日になって実際の利用を始めるまで時間が経過してしまったのは、新たな物事への好奇心を失いつつあるのかもしれない、と自らの老いを感じていたところであった。しかし、やはり経験というのは重要なことで、こんな使い方があるかもしれない、といくつかのアイデアを思い浮かべることができた。

列車がホームに滑り込んでくる場面をもっとうまく収めたい衝動に駆られています
(Leica M9-P, 35mm, f/6.7, 1/30, ISO 400)


2021年1月23日土曜日

愚者、筆を選べど…。

遅筆で乱筆で悪筆を自認している。筆が遅いのは早く書き始めればいい。筆が乱れるのは丁寧に筆を運べばいい。そして筆が悪いのは良い筆に変えればいいかというと、そういう意味ではない。

かつて板書の字に対して、学生の感想として「アーティスティックですね」と記されていたことがある。最大の配慮の上でのコメントだが、要するに悪筆と言わずに悪筆だということへの指摘である。悪筆の反対は達筆であり、これでも小学校の頃は習字に通っていたものの、その道をきちんと修めるころはできていなかったようである。ただ、留め、羽根、払いに気遣えばいいということ、さらには文字のバランスを整えればいいということ、それらに対する理解はできているつもりである。

そんななか、モノにはこだわりがあるため、いわゆるモノフェチとして、こどもの頃から文房具選びにはこだわってきた。中でも、小学生の頃に発売されたSMASH(ぺんてる製)は、今なお手元で活躍している。だいぶくたびれてきているものの、0.5mmのシャープペンシルはPERSON'Sバージョンも持っている。ちなみに、2016年に日本でも開催された巡回展「THE SECRET LIFE OF THE PENCIL」では、日本ではアサヒビールの建築で知られるフランスのデザイナー、フィリップ・スタルク(Philippe Starck)さんもSMASHを愛用しているようで、私もまた同じ0.9mmのシャープペンシルもペンケースに入っている。

かつてSMASHはボールペンも発売されており、今日はそれで遅ればせながらの寒中見舞いに一言添えていった。昼過ぎと夕方のZoomミーティングの際には、まるで早弾きの楽器を奏でるようにしてタッチタイピングにてチャットウィンドウに文字を入力していったのだが、こと手書きとなると具合が悪い。それでも、届けられる方のことを思って、言葉を添えさせていただいた。そして2021年度、2020年度に比べれば対面授業の比率が高くなることもあり、伝わる表現により一層努めていきたい。


ちなみに替え芯はパイロットのアクロインキ「BRFS-10M-B」
(Nikon D40, 40mm, f/3.2, 1/8, ISO400)


2021年1月18日月曜日

伝わることと届くこととのあいだ

先週、政府による緊急事態宣言が大阪府・京都府も対象とされたことに伴い、対象地にキャンパスを有する立命館大学では、本日からBCPレベルが変更となった。BCPとは事業継続計画(Business Continuity Plan)の略で、新型コロナウイルス感染症により、広く知られるようになったように思う。私は立命館災害復興支援室を運営する役割をいただいていた頃、副室長をされていた塩崎賢明先生を通じて知った概念である。恐らく2016年頃の議論で、東日本大震災から5年を経て、改めて災害復興支援室の役割を整理する議論を行っていた際に、危機管理マネージャーの養成という観点が出てきたときのことと認識している。

立命館大学のBCPレベルは授業形態、研究活動、課外活動、イベント、業務体制、学生等のキャンパス入構に対して定められている。授業に関して言えば、本日から「Web授業を基本とするが、感染防止策を 講じた上で、教学上の必要性が高いもの について、対面での講義、演習、実験・ 実習を実施することができる」とされた。授業の残り回数がわずかということもあって直接的な影響は少ない。しかし、英国・ロンドンでの変異種の報告などを鑑みれば、単純な沈静化がもたらされる可能性は低いのではないか、という見立ても成り立つだろう。

午前中はいよいよ明日で終了となる立命館大学の授業準備を行い、午後は立命館大学サービスラーニングセンターの会議が2つ続いた。夕方まで、当初の予定時間を延長して議論が続いたのは、やはり来年度の授業のあり方について、相互の見解を共有する必要が出たためである。夜には同志社大学大学院総合政策科学研究科の「コミュニティ・デザイン論」に出かける必要があったものの、Zoomでの参加を認めていただくこととした。この授業は複数の教員による授業なのであるが、今回は本年度で定年退職される新川達郎先生の担当回ということもあって、多少の無理をしても教室に行った方がよかったかもしれない、と、Zoomミーティングから抜ける瞬間に、ふと、頭をよぎった。

この1年、オンライン授業やオンラインミーティングの参加が当然の選択肢となるにしたがって、機材の選択にも試行錯誤を重ねてきた。このところ、MacBook Air(2020)、LogicoolのUVCクラスのWebカメラ「C910」、AfterShokzの骨伝導ヘッドセット「TREKZ AIR」、そしてShureのピンマイク「MOTIV MVL」、という組み合わせて落ち着いている。伝える側の小さな配慮で、伝わり方は大きく異なる。なぜなら、音声や映像が届くということは、決して信号が受信されるということだけを意味しないのであるから。

当面このセットで落ち着きそうな気配
(Nikon D40, 40mm, f3, 1/13, ISO 400)


2017年6月8日木曜日

ストレスが地球をダメに?

 大学1回生のときにMacintoshに触れて以来、Appleのファンである。開学したての立命館大学びわこ・くさつキャンパスで学んでいた私たちは、入学早々、SONYのUnixマシン(News 5000シリーズ)を使うことが求められたものの、同じ年に衣笠キャンパスで開設された政策科学部は全員がMacintosh PowerBook 180を所有した。その影響もあってか、びわこ・くさつキャンパスにも、マルチメディアルームやオープンパソコンルームなどと呼ばれた部屋にMacinotoshが何台か設置されていた。3ボタンマウスが接続されながらもコマンドを打ち込んで操作することが前提の「メルセデスベンツのそれなりのクラスが1台買えるくらい」と称されたマシンの横で、1ボタンで一目瞭然なGUI(グラフィックユーザーインターフェース)によるMacintoshの操作性に強く惹かれてしまったのだ。

 時を経て、今、Appleの製品は広く人々に行き渡るようになった。昨日、米国サンフランシスコのサンノゼで現地時間10時から始まった世界開発者会議(WWDC)2017は、日本に居るときとは異なって常識的な時間に開始(デンマーク時間で19時)されたため、ライブストリーミングを見たが、隔世の感がある。今回新たに発表されたmacOS High Sierra(10.13)は、未だにメインのコンピュータではSnow Leopard(10.6.8)を使っているから見れば、既に7世代も離れた基本言語を使い続けていることになる。なぜ、かくも古いOSにこだわっているかと言うと、電子メールというものに慣れたのが、大学1回生ときから使っているEudoraであるため、ほぼこの1点に集約される(ただし、1994年からのメールは2005年12月18日、雪の残る京都の堀川御池交差点で自転車で転倒した際、ポータブルのハードディスクが壊れて全て消えてしまった)。

 そんな10.6.8の動くMacBook Pro 17(early 2011)やMacBook Air(Late 2010)を使いつつも、幸いにしてiTunes Matchサービスを利用することができる環境のため、ローカルに管理していた音楽ファイルはiCloudミュージックライブラリにアップロード済みで、複数のデバイスで楽しむことができている。今、iPhoneは5c、iPadもmini2、そしてiPod touchは第5世代ながらにレアなリアカメラなしのモデルを使っている。音楽ライブラリと言いつつも、その中には落語のCDも多々入っている。そのため、飛行機の機内放送と同じく、音楽を聴いているようで落語を聞いていることがよくある。

 iClouldミュージックライブラリに入っているものの一つに、森高千里さんの『森高ランド』があるのだが、今日はその3曲目「ストレス」の歌詞を想い起こした。シングルバージョン「ザ・ストレス〜ストレス 中近東バージョン」は公式のプロモーションビデオがYouTubeにアップされていることを今日知ったが、「ストレスが地球をだめにする」という部分が実に印象的な楽曲である。想い起こしたのは、電動工具メーカーで知られるBOSCH社のものが近くのスーパーで半額ということもあり、滞在2ヶ月あまりにして掃除機を購入した帰り道である。これでどこからともなく入ってくる埃などの掃除のストレスが少し減る反面、もしかして地球環境には負荷をかけてしまうのだろうと思いを馳せた、ということを、長々と書いてきて、これを読む人にストレスがたまらないことを願うばかりである。


2017年4月12日水曜日

奇跡の軌跡

パスポート紛失の疑いから1夜、昨日、窓口にて示された「正午」をめがけて、オールボー駅にあるNordjyllands Trafikselskab(North Jutland Transport/北ユトランド交通)のセンターに向かった。デンマークではたいがいの場所で「番号札」を取って、自分の順番を待つ。恐らく「その他」と書かれている、3つの選択肢のうち、一番下のものを取ってカウンターに行くと「待ってたのよ、昨日のうちに届いたの」と、カウンター奥のデスクに輪ゴムにより受領票でくるまれたパスポートとクレジットカード入りのナイロンのサイフを出してくれた。ちなみに、センターに向かう前、警察にも立ち寄ったが、届け出はなかった。

結局、乗ったバスの座席に置き忘れたであろうという推理は正しかった。大事なものだから手に持つ、このことには賛同と批判の両方が重ねられるだろう。ただ、仮に大事だからこそを握りしめることに理解されたとしても、それを最後まで手にしていなければ意味がないことは明らかである。実際、今回は安心感から気がゆるんで、身体の横とはいえ、手から離し、結果として座席に置かれたまま、バスを降車してしまったのだ。

パスポートが見つかった以上、できることをするというのが次のアクションである。昨日のうちに調べておいたのだが、正午の時点であっても、13時15分にオールボー空港からコペンハーゲンに出発するフライト、また15時45分にコペンハーゲン空港を出て、翌日の9時45分に成田空港に到着するフライトが予約できることがわかっていた。そこで、直ぐにバス停のベンチに座り、予約を始めた。幸いにして空席があったため、今日もまたウェブで予約を進めていくことができたが、座席指定のオプションを選択すると「出発までの時間が短いためリクエストが完了できません」といったメッセージが出た。

そこで、とにかくチケットを購入し、eチケットの発券後、チェックインの手続きの中で座席指定をすることにした。ということでまずは購入、バスに乗車後に、車内でチェックインを進めていったが、市内中心部を出るところで12系統のバスが渋滞、ドキドキの中、手続き締切時間の数分前になんとか空港に着き、ウェブでは「ユナイテッド」のマイレージ会員としていたところも自動チェックイン機にて修正し、無事に搭乗した。コペンハーゲンでは出国のイミグレーションが混雑していたため、ラウンジに寄る時間もなく、搭乗ゲートへ向かった。かくして、1日遅れの一時帰国が叶ったのであった。


2015年4月3日金曜日

チャージ、その後に。

かつて梅棹忠夫先生は、教育はチャージ(充電)、文化はディスチャージ(放電)と喩えた。このモデルは教育も文化も教育委員会が所管してきた自治体文化政策への問題提起となり、いわゆる「行政の文化化」を後押しした。中川幾郎先生や、小長谷由紀先生らの著作によれば、この言葉が使われ始めたのは1970年代というが、未だ「文教」という言葉が残っているとい現代である。変えたい人たちは変えるし、変えたくない人や変えようと思わない人にはどんな言葉を投げかけても変わらないのだろう。

今日、應典院で「まわしよみイスラーム」と題した会を催した。2012年度の総合芸術文化祭「コモンズフェスタ」の企画委員会において陸奥賢さんが発案した「まわしよみ新聞」の方法を用いて、イスラームについて問いを深めようという場である。まわしよみ新聞については、陸奥さんによるウェブサイトや書籍などにより、その方法が広く公開されていることもあり、今や日々どこかのまちで取り組まれている。通常は特定のテーマを掲げることもなく、ましてや「わかったことをまとめていく」壁新聞の様相を呈するのだが、今回はその反対にイスラームに関連づけて記事を切り抜き、互いの意見交換を通じて「何がわかっていないのかをわかっていく」ための手段として用いることにした。

ちなみに昼には今年度の初回となる立命館災害復興支援室の定例会議がなされた。東日本大震災から4年を経る中、今年度から副室長が1名の増員となり、不肖ながらその立場に就かせていただくことになった。昨年度までのチーフディレクターという役割を引き続き担いながらの役職であると捉え、引き続き「支援者主体」ではない支援、すなわち担い手ではなくつなぎ手となって、共によりよい未来を見据えていくことができるような事業が進むよう努めていきたい。今日の会議では早速5月に、立て続けに気仙沼に行く方針が決まり、これから数々の調整を進めねばならない。

そうした会議を経て向かった初回の「まわしよみイスラーム」では、私ともう一人の進行役を除いて8名、合計10名の参加者を得たが、主催者側のまとめの言葉として「好き嫌いを越えて他者に向き合っていく姿勢」の大切さに触れることにした。教えや行為の意味(価値)ではなく、教えや行為が実行される意思(価値観)が大事にされなければ、一連のIslamic State(IS)による事件を紐解くことが困難であると改めて感じたためである。2015年の1月3日にヨルダンのパイロットが殺害されたことを受け、今年度は偶数月の3日に應典院で「まわしよみイスラーム」、偶数月の3日に阪急曽根駅近くにあるNPOそーねの拠点「練心庵」にて 『イスラーム概説』(訳出:黒田美代子)の読書会がなされていく。この20年にわたり、文化施設としてまちに活かされてきた應典院でイスラームを学ぶとは、何とも玄妙なチャージ・ディスチャージ・チャージと反復がなされてきたことの証左なのではないかと、デジタルカメラながらに手動レバーによりシャッターチャージが必要とされるR-D1sにて夜桜を撮りながら、そんな思いにふけるのであった。


2015年4月2日木曜日

焦点・露出・幕の速度

世界初のレンジファインダーデジタルカメラの改良型、R-D1sを使い初めて2日目である。早速、カバンの中にしたためて家を出ることにした。いつもはギリギリまで何かをすることが多いものの、カメラを取りだし、構え、撮影する余裕が欲しいと、1本早い列車に乗ることができる時間に家を出た。そして、バス停に向かう道すがら、早々にカバンから取りだし、目の前に広がる世界にレンズを向けてみた。

レンジファインダーというのは、文字通り距離(range)を測る(find)機構のことであり、撮影範囲を確認する装置(ビューファインダー)との組み合わせて用いられる。一眼レフカメラあるいはミラーレス一眼カメラなどはビューファインダーもしくは液晶画面に表示されたレンズの実画像をもとに撮影するのだが、レンジファインダーでは異なる作法が求められる。ブライトフレームと呼ばれる撮影範囲を示したファインダー内に表示される枠を、使用するレンズにあわせて切り替えることではじめて、構図を決めることができるのだ。

親が使っていたオリンパスXAをよく借りたこと、大学生になってから日沖宗弘さんの「プロ並みに撮る写真術」を読んで中古のCanon 7を購入したこともあり、それなりにレンジファインダーでの撮影経験を重ねてきた。ちなみにXAはレンズの絞り値を決めるとシャッター幕の速度が自動的に設定される露出優先カメラだったが、Canon 7はセレンという物質が塗られた金属板への受光量から露出を算出する外部電源不要のセレン光電池式露出計が内蔵された機械式カメラであった。それ以前にもオートフォーカスのコンパクト(とは言えないものも含めた)カメラ(ニコンAD3、コニカBiGmini、オリンパスIZM300など)、電子式の一眼レフカメラ(ニコンF3)などを使ってきたこともあり、写真の原理については一定、理解を重ねてきたつもりである。ところが、今ではすっかり携帯電話やタブレット端末での撮影が増え、焦点と露出と幕の速度を合わせて、一枚の写真に仕上げていく感覚からは遠ざかってきていた。

R-D1sも中央部重点平均測光方式による絞り値優先自動露出での撮影が可能なのだが、一眼レフやミラーレスと異なり、どう写るかを確認してシャッターを切ることができない。特にブライトフレームではおおよその撮影範囲しかわかりえないこともあり、どんな絵(あるいは画)として目の前の風景を切り取るのかを考えつつ焦点と露出と幕の速度を合わせ、どんな風に切り取られるかを想像しながらシャッターを切る必要がある。ちなみに今はMマウントレンズについてはフォクトレンダーのノクトン40mmF1.4シングルコートしか持ち合わせていないが、レンズの癖との対話も撮影にあたっては重要な要素である。今日は應典院、京都市の中京区役所のプロジェクト科目の打合せ、立命館の災害復興支援関係の打合せなどと続いたのだが、行く先々というより、その道中で何度かカメラを構えることになり、はてさて、レンズ沼と呼ばれる泥沼の世界にはまらぬように、しかし時にはそんな危険な世界に足をつっこみながら、世界を見ていくことにしよう。


2015年4月1日水曜日

伝統をもとに時代に応え、時代を越えて伝説となる。

新年度は雨の幕開けであった。お気に入りの折りたたみ傘の収納袋をなくしてから、極力、傘を持たずに済ませようと思うようになってしまった。それでも今日は傘を持たないわけにはいかない天気と服装だったので、昨年3月にヘルシンキ市の青少年課でいただいたオレンジの折りたたみ傘をお供にすることにした。薄暗い空の下ではあるが、頭の上に鮮やかなオレンジが広がっていると、何となく明るい気分になり、そうしたことをフィンランドの人たちも狙ったのではないか、などと思いながら目的地へと向かった。

今日は應典院も含めた大阪・浄土宗大蓮寺の関係組織の新年度の総会が行われた。私も一組織を統括する立場として出席し、年度当初にあたって運営方針などについて話をさせていただいた。冒頭の切り出しは、時代に応えて後にも語り継がれるのが伝説、時代を越えた価値を継承できると伝統、という比較であった。もちろん、こんなきれいに分けることはできないが、1997年の再建から10年を迎える直前の2006年、應典院の主幹に就いて10年目を迎えるにあたり、60周年を契機に始めた園舎リニューアル工事が竣工したパドマ幼稚園のスタッフの皆さんに何かを感じて欲しかったのである。短い時間の語りとなったが、締めのことばは、inとbyとthroughの3つの前置詞を紹介し、施設の「中で」なされること、施設の担い手「によって」なされること、そしてそうした施設が拠点として活かされる「ことを通して」世の中にもたらされる意味を大切にして欲しい、とした。

こうして多くの言葉を用いているものの、特に最近は言葉が過剰な気がしている。先般、大阪での打合せの折、ある方が「言葉の力を信じる、なんていう人がいるけど、僕はお金の力を信じているよ」と仰っていると知った。確かに、綺麗な言葉ばかりが並ぶと、まるで光が乱反射するかのように、互いの要素が相殺されると共に、その場での居心地は悪くなっていくだろう。ちなみに先の打合せでは、その言葉が紹介された後、別の方が「コミュニケーションっていうのは、摩擦に耐えるってことだと思う」と述べ、それぞれのメモ帳に書き留め、場を鎮める言葉の力を感じたように思う。

先般、写真家の齋藤陽道さんにより宮沢賢治さんの『春と修羅』が「写訳」されたことを知り、圧倒された。言葉も写真も、世界を表現するためにある。このところ、ノイズキャンセリングヘッドホンをつけて移動することが多いのだが、ノイズを機械的に排除するのではなく、ノイズの中でも澄み渡る(はずの)何かを探る、そんな姿勢が大切なのだろう。言葉にしきれない感情をできるだけ論理的に表現しようと努めてみたが、そうしたことを思う年度末から年度初めに、以前から探し歩いていた「伝統の」Mマウントを付けた「伝説の」レンジファインダーデジタルカメラ「R-D1」の改良版「R-D1s」の中古に巡りあうことができたので、風景を切り取る新しい道具に迎え、世の中を丁寧に見つめていくこととしたい。


2014年5月15日木曜日

あーせい、こーせい。


チラシの校正を頼まれた。スタッフの分業によって事業は進んでいくため、作り直したくなる衝動を抑え、色ペンで細々と書き込んでいった。こうしたとき、決まって気になるのはデザインよりも、レイアウトである。上下左右の揃えの不統一、同一書体による単調な文面、表記のぶれ、バランスの悪さを指摘し始めると、枚挙にいとまがない。

今でこそ作成機会が減ってきたが、私なりにチラシにはレイアウトの作法を置いている。フォントは3種類、横書きが中心でも縦書きを1箇所以上使う、縦横半分に折っても成立する、この3点である。そのため、A4のチラシだと、148.5mmと105mmにガイドを引いて、そこからパーツを置いていく。決して左上から始めるとはしない。

これはレポートの書き方でも同じなのだが、特にMicrosoft Wordなどワープロソフトで文書を作成する際に、左上にカーソルが点滅した状態から全てを始める人がいる。これは大変不幸なことである。画家がキャンヴァスを前に「うーん」とうなるように、どこから手を付けかにこそ、考えることの楽しみがあるのではなかろうか。

もともと建設・環境・土木系の学部で学んだためか、はたまた親が輸送機械メーカーで働いていたためか、模型づくりや試作を重ねることが大事なのだと骨身にしみている。最近はチラシなどの作成に対しては料理の比喩を用いることにしており、「素材選び」、「下ごしらえ」、「調理」、「味見」、「盛りつけ」、「試食」という流れを説明し、企画書を書き、その内容に関連する写真やフォントを選び、レイアウトをした上で、印刷して原寸でチェック、そしてデザインの詰めを行って、校正という段取りに理解を求めている。ただ、こうして思索を巡らすことが試作、などの駄洒落をついつい重ねてしまいたくなる。そんな印象の方が先に立って、一連の流れを経験知として身につけてもらいにくいのかも、などと思うのであった。

2014年1月2日木曜日

あるもの活かし、高くつく…

12月26日から、AppleのLightningケーブルがないまま過ごしてきた。通常はないと困るものなのだが、年末年始ということもあって、ないままで過ごせてきた。用途はiPad miniの充電と同期である。そのケーブルは、12月25日から26日にかけて、應典院にて開催された24時間トーク「如是我聞」の際、2階ロビー「気づきの広場」で充電した際そのまま放ってしまったところ、どこかに紛れてしまった。

1994年からApple社の製品を愛してやまない私だが、実はLightningケーブルは1本しか持っていなかった。それはSteve Jobsを敬ってきたこともあり、ポストJobs時代の製品をほとんど持っていないためである。ノートパソコンも未だにMagsafe 2が採用されたパソコンは持っておらず、日常的に用いている端末はMacBook Airの2010年モデルであり、OSもバージョン10.6(Snow Leopard)だったりする。だからこそ、1本しかないケーブルがなくなって以来、iPad miniは鞄の肥やしとしての石板(slate)となっていた。

そんな私にとって、紛失したケーブルの捜索よりも、唯一のケーブルの「代わり」をどうするかが難題である。まずはiPad miniについていた純正のものを順当に購入するか、それとも別のものにするかの選択が迫られる。別のものにするなら、今使っている携帯電話が以前も使っていたモトローラの3G端末(V3xx、日本ではM702isとしてNTT DoCoMo仕様にされて販売)のため、1本で複数の用途に使えるようにするかどうかの選択が迫られる。人生とは選択と決断とが頻繁に反復することを再認識させられる。

結果として、以前のApple社が採用してきた30ピンのDockコネクタをLightningに変換するコネクタを購入することにした。気づけば複数台のiPod、iPhone、iPadを購入してきたため、手元に多くのDockケーブルがあるためである。ところがこの変換アダプタは、ケーブルを買うよりも高くつく。なんとも、古いものを大切にするということはお金がかかるものだ、と、朝に注文して夜に届くという流通環境への驚きと共に感じ入るところである。

2013年9月5日木曜日

中村俊郎さんが支える「中村ブレイス」


かねてより興味を寄せていた「中村ブレイス」さんにお伺いすることができた。京都市による「ソーシャルビジネス支援事業」の一環で位置づけられたスタディーツアーに参加したためである。このツアーは、先般、立命館大学の講義「地域参加学習入門」に、京都市役所から商業振興課の仲筋裕則係長をお招きした折に学生たちに紹介くださったものなのだが、他ならぬ私が最も関心を示した。なぜなら遡ること1998年、私がTwitterなどのアカウント名に用いている「NPOスクール」と名付けられたプロジェクトにて、その総合コーディネーターを務めた中村正先生が、ボランティア活動は人を幸せにできるのか、といった問いを投げかけた折の議論の題材として、中村ブレイスによる人工乳房づくりの話をされたためである。ちょうど、ビートたけしさんのエッセイ「ボランティア亡国論」とあいまって、今でこそ浸透した「ビジネスを通じた支援」のあり方に迫る端緒として、強烈な印象を憶えたのであった。

よって、朝から貸切バスにて島根県は大田市、大森を目指した。この事業は事務局がASTEM(京都高度技術研究所)を務めているということもあり、大学コンソーシアム京都の在職中にお世話になった方と再会する機会にもなった。ただ、京都から島根は遠く、朝7時半に京都駅八条口を出たバスは、何度かの休憩を経て、14時頃に中村ブレイスに到着となった。道中では、中村ブレイスが紹介された「カンブリア宮殿」(2008年8月11日放送)と、中村ブレイスの創立30周年記念として制作された映画『アイ・ラブ・ピース』が流され、いい予習の時間となった。

中村ブレイス、転じて中村俊郎社長の軌跡は、2011年に上梓された『コンビニのない町の義肢メーカーに届く感謝の手紙:誰かのために働くということ』(日本文芸社、2011年)に詳しい。今日は、そのご著書をはじめ、多くのお土産をいただきつつ、明治36年に建てられた旧松江銀行の本店を移築・改装した「なかむら館」にて、社長からじっくりお話を伺った。ご自身の地元(石見銀山を擁する大森のまち)への思いは文字や写真から伺い知ることができるであろうが、実際、現場にお伺いしてこそわかるのは「人との出会い」を通じて「いただいた希望のことば」をもとに、「皆さんから期待をされること」を大切にされていることである。製品づくりでは「一人の人が喜ぶベストを尽くす」厳しい指導者として若手を育て、そしてまちづくりでは「育ててくれたまちが夢もないまちにならないように」と一銭も公費をもらわらずにリノベーション等を進めてこられた。

「ブレイス(brace)」とは「支える」という意味だ。40年前の創業時、叔父の要望に応えて造ったコルセットに満足してもらえたからこそ広がりが生まれたことが原体験となっている中村社長にとって、採算ベースに乗せるためにデータから迫るのではなく、自分にしかできないことをして喜ばれることしてきた生き方・働き方は、結果として「欲がないと思われるかもしれないが、欲はある」という表現に収斂されるのだろう(要するに、経済的な欲ではなく、社会的・文化的な欲がある、という意味だと理解している)。中村ブレイスの社是は「Think」である。社員の方々(特に、寺岡さん、大森さん)との触れあいと、中村社長にご招待いただくかたちとなった夜の懇親会などを通じて、人の喜びを導き出すために考え抜くことが、支え、支えられる関係、そして押しつけではない支え合う関係をもたらすのだと、ささやかな興奮と共に眠りにつくこととなった。

2013年7月7日日曜日

アナログな機械仕掛け

京都に生活と仕事の拠点が移った今年、5年ぶりに自動車を所有することにした。正確に言えば、大阪暮らしのときにも250ccのオートバイを所有していたので、法律上は軽自動車を所有してきたことになる。「持たない暮らし」にあこがれつつも、どうしても「持つ」ということへの欲を捨てきれない。なんとも、難しいものである。

5年ぶりに所有した自動車は、知る人ぞ知る「カリーナED」である。形式はST162、後期型のG-Limitedだ。こういう表現でピンとくる人は相当、車に通じている方であろう。5ナンバー車で4ドアのハードトップという構成は、今後、二度と発売されることはないだろうし、それ以上に中古車さえも購入が困難なのが実情である。

今では珍車となってしまった愛車が、大きなトラブルに見舞われた。駐車場に停めて用事を済ませたところ、いざ動かそうと思っても、ウンともスンとも言わないのだ。「かかりつけ医」ならぬ「かかりつけ工場」に電話をさせていただいて助言を得た上で、任意保険の付帯サービスに盛り込まれていたロードサービスに連絡させていただいた。とても長く感じた30分ほどの後の見立てはセルモーターの摩耗で、初めての現象であれば「たたけばなおる」という見立てであった。

手はかかっても、謂われのあるものは愛おしい。結果としてサービススタッフの方がプラグレンチでコツコツと叩く呼吸をあわせてセルを回したところ、何事もなかったように、エンジンは回った。ということで、地球環境にはしばしの許容をいただいて、エンジンを止めることなく、工場へと入庫、しばらく検診と加療をいただくことになった。今ではコンピューター等による制御で、システムのブラックボックス化が進んでいるが、人もモノも、こうしたアナログな側面にいとおしさを覚えてしまう、七夕の休日であった。

2009年7月7日火曜日

toolbox

私が活用しているこだわりの「道具」を紹介します。


  • コンピュータ
    • MacBook Pro 15インチ
    • MacBook Pro 17インチ
    • Let's Note CF-R6(プレミアムエディション)
    • Canon PIXUS 80i

  • カメラ
    • ニコン F3
    • ニコン F801s
    • ニコン D40
    • ニコン Coolpix P50
    • SONY DSC-R1
    • Pentax Optio 43WR

  • 電話
    • iPhone 3G(16インチ・白)【現役】
    • Motorola RAZR V3 Maxx(オレンジ)【引退】
    • NTT DoCoMo M1000(Motorola製)【引退】
    • NTT DoCoMo ムーバM(Motorola製)【引退】

  • カバン
    • 信三郎帆布 H-04(薄茶×うぐいす)
    • Munekawa フルオーダーボストンバッグ
    • ビジィ・ビーバー サイズアップスリーウェイショルダーバッグM(ブラック)
    • DIME別注 ビジィ・ビーバー マグタスナイロンバック
    • DIME別注 吉田カバン バックパック
    • BREE ELCH

  • のりもの
    • ビゴーレカタオカ スタンダード(黒)
    • ブリジストン トランジット(青)
    • ヤマハ ZeaL(白)
    • スズキ ジムニーSJ30(オレンジ)【引退】
    • プジョー 205 Automatic【引退】
    • ダイハツ ハイゼット電気自動車 GD-S200V(改)【モニター使用】
    • <環境省からのモニターでした>
      • 京都他、いくつかの都市での実証実験でした。
    • ニッサン シルビア S13 Q'z(後期・黒)【引退】
    • <大学の先輩から譲っていただきました>
      • 大学の同級生に譲りました
    • ホンダ アクティストリート S13 Q'z(あずき色)【引退】
    • <バイト先の先輩から譲っていただきました>
      • 深夜2時頃、自宅から100m程のところで事故、廃車となりました。
    • トヨタ スプリンタートレノ AE86 GT APEX(前期・白黒)【引退】
    • <大学の先輩を通じて譲っていただきました>
      • マンガ「頭文字D」がはやる前に乗り始め、大流行の頃に滋賀県で中央分離帯に激突、廃車となりました。

  • オーディオ・ビジュアル
    • YAMAHA CX-1
    • YAMAHA B-6
    • YAMAHA T-2
    • YAMAHA NS-10M
    • Bang & Olufsen Beogram RX 2
    • EIZO HD2452W(ブラック)
    • YAMAHA YSP-600
    • SONY MDR-CD900
    • TOSHIBA RD-XV44
    • SONY MDIO ZS-M5

  • 時計
    • Hamilton「Kahki King Automatic」
    • カシオ G-Shock「AW-5ooUA」

  • 白物
    • 良品計画 ノンフロン電気冷蔵庫・375L「M-R38A」
    • 三洋電機 ドラム式洗濯乾燥機「AWD-AQ3000R(W)」 



まだまだ、こだわっていきます。

2005年1月1日、.Mac上に開設、7月7日、Bloggerに以降。