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2007年1月21日日曜日

市場主義の終焉

 忘年会に比べると、新年会はやや少ない気がする。年が変わるという区切りで新しいことを始めようと考える場合も多いが、それ以上にやり残したことをやり遂げようという決意を固める場合もある。私は両者で、とりわけ後者が強い。そうした慌ただしい年末に、慌ただしくもゆったりとするのが忘年会である。

 今日参加した新年会は忘年会の日程調整ができないために年越しとなった宴であった。「やり残した」打合せもあったので、なんとか年内に調整しようと試みてはいたのだが、新年会での再会となった。というのも、以前に仕事で取り組んでいた、インターネットでのウェブサイトを誰にでも使えるようにしようという「ウェブ・アクセシビリティ」についての事業のその後を展望する必要があったためだ。既に「ウェブ・アクセシビリティ」はJISの規格として整備され、視覚障害者だけでなく高齢者なども対象に、多くの人たちにとって「使える」ことはもとより「使いやすい」ウェブサイトを構築するための指針がまとめられている。

 今日の宴のメンバーは、京都府による情報関係の委員会の委員であったため、職種も業種も多様であった。だからこそ、近況報告をするだけで話は盛り上がる。もっぱら、私が「なぜお寺に」ということに関心は集中したように思えるのだが、それでも、それぞれのライフヒストリーにはそれぞれの変化がある。脱線もまた楽しい、そんな飲み会だった。

 印象に残った話の一つに、装身具を中心とした繊維関係の会社に勤める方の「品質表示」にまつわるお話がある。先週、アメリカ方式、ヨーロッパ方式、そして日本方式の3つのなかから国際規格を決めるという会議が東京で行われて、繊維製品品質表示が変わりそうだ、というものだった。聞けば何ともない話なのだが、今後、この調整がこじれると国際基準で複数の規格が決定されるやもしれず、場合によっては一つの服に3種類のラベルが着くかもしれない、とのことであった。要するに、「洗濯はこうせよ」という指示がなされる言語や図柄が増える、ということであり、何とも国際社会での調整力を日本が持って欲しいものだ、と懇願するところだ。





市場主義の終焉:日本経済をどうするのか

第2章 進化するリベラリズム

欧米と日本の「豊かさ」モデルの差異(抜粋)




 一九九五年二月に初来日したフランスの社会学者ジャン・ボードリヤールは、神戸の被災地をはじめ、全国各地をみて歩いたのちに「朝日新聞」のインタビューに答えて、「(私は)日本の現実をそれほど知っているわけではないのでこれは仮説だが」と断ったうえで、「日本という国が豊かなのは日本人が貧しいからだという逆説も成り立つようにも思える」という穿った見方を披露してみせた(一九九五年三月二日付夕刊)。

 「日本という国が豊かである」とは、日本の一人あたりGDPが世界一であることを意味する。しかるに、「日本人が貧しい」とは、次のことを意味するだろう。平均的な都市サラリーマンの一日は次のとおりである。早朝六時に飛び起きて、朝食にも手をつけずに家に飛び出して、満員電車で片道一時間半の長距離通勤をする。長時間労働をいとわず、深夜に帰宅した家はというと、家族四人で3DKというありさま。子供の受験と日頃の疲れのせいで、終末をゆっくり家族と楽しむ暇はない。こんな暮らしぶりを欧米のポスト・マテリアリストがみれば、「なんと貧しい暮らしを」をいうことになる。日本の都市サラリーマンが、一言の文句をも口にすることなく、こんな貧しい暮らし方に甘んじてきたからこそ、日本は世界一のGDP大国になることができたのである。



佐和(2000) pp.94-95