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2014年3月31日月曜日

見られている

「ブログ、何かおもしろいって言って、見てるよ。」昨日の結婚式の後、ふと友人からそう言われた。中学時代に知り合い、高校時代を共に過ごした彼の奥さんが、このブログを見てくださっているという。誰が見ているかはわからないが、新規投稿時に記事ごとの閲覧数が表示されるために、誰かが見ていることはわかっていた。

気になったのは、ブログは「読むもの」のではなく「見るもの」なのか、という点である。ふと、「見ました」と「読みました」の違いを想い起こしてみる。それこそ学校では「書いたもの」に対して「見ました」という印が押されて戻されたこともあった。ちょうど、コメント欄がありながらも、積極的に残されないことがある、という点で、学校での日誌と、日常を綴ったブログとは似ている部分があるかもしれない。

転じて、執筆依頼をいただいた原稿を脱稿しえぬまま、年度末を迎えてしまった。それでも、朝からは保険代や会費の支払い手続きに行き、明日に迫った新年度の方針に関する打合せのために應典院へと向かった。加えて、定期点検に出していた自家用車を引き取りに行きつつ、翌日からのダブル増税(地球温暖化対策税と消費税)の影響を受けるガソリンを満タンにした。一瞬、立命館大学衣笠キャンパスに立ち寄って、四条高倉付近のお店で、通称で「MONの会」と呼んでいる会に出かけた。

「MONの会」というのは、NPOスクールと掲げたプロジェクトの仕掛け人である、立命館大学の中村正先生が「映画『2001年宇宙の旅』では、IBMの一歩先を行く、ということでHALという名前が付けられた」と仰っていたことに着想を得て、「NPOの一歩先を描いていこう」という願いのもと、それぞれのアルファベットを一文字ずつ前にずらしたものだ。「MONの会」のメンバーである3人は、かつて、東京の「NPOサポートセンター」のニューズレターで「京都の三羽がらす」と呼ばれた面々である。それぞれに現場があるために、一同に会することは多くはないが、しかし常に互いの動きを見合っている。自覚しているよりも、多くの人が自分を見ているということ、そして自分もまた多くの人を見ているということ、それを改めて感じつつ、32年の歴史の幕を下ろす『笑っていいとも』もまた、よく視てはいなかったが、その動向は見ていたな、と思う年度末であった。



2014年3月30日日曜日

向き合うこと・寄り添うこと


悪友の結婚式に招かれた。祝宴なので喜ぶべき機会なのだが、正直、ささやかな驚きを携えての出席でもあった。彼とは小学校から高校までの同窓である。しかし、単に同じ学校を卒業した、というだけに留まらず、多くの場を共にしてきた。

彼の立ち位置はある種、独特である。単純なリーダーでないが、かといって、漫然としたフォロワーでもない。今日の式でも「自転車、スキー、オートバイと、スピードを求めていった」と紹介されていたが、彼は「その先の世界」と、「その先への世界観」に浸ることができるよう、周りを巻き込んでいく。巻き込むというと良いイメージを抱かないかもしれないので、場を包み込んでいく、という表現を用いることにしよう。

彼の場の包み方は、ある種、独特である。例えば、小学校のときには給食用のエレベーターに乗りたいと言い、中学校のときには放送委員会の委員長として創りたい番組を創りたいと言い、私たちを巻き込んでいった。しかし、巻き込まれていった側には、いや、少なくとも彼が導く雰囲気へと包み込まれた私にには「させられた」感覚は残らず、むしろ「ちょっとした悪巧みに荷担した」ことの冒険心と罪悪感とが交錯し、思い出深い物語が遺ることとなった。今日の祝宴では、そんな挿話を交えつつ、高校時代の友人と二人で、当時の「塾の自習室から学び合う関係づくりをもたらしたい」という彼のやんちゃっぷりを紹介させていただいた。

折しも、式場に向かうまでは雨に降られ「雨降って地固まる」という常套句が似合う天候となったが、実は彼には「ぬかるみにこそつっこんでいく」性分がある。実際、報道の仕事を続けている彼の趣味の一つにオートバイがあるのだが、何かを伝える報道も、何処かに走らせていくオートバイも、自分を基点に何か(あるいは誰か)へと関心や行動が向けられる。要するに、何かを伝える、何処かに向かう、そうした「一方通行の矢印」の世界を生きてきた彼を悪友と思うからこそ、人生の伴侶となる方に、まるで「取扱説明書」のごとくに、「彼に向き合う」のではなく「彼と寄り添う」暮らしを送って欲しいとの願いをことばにさせていただいた。「私を見て」ではなく、「共に何かを見ていく」、そうした場を共にすることができれば、晴れの日の心地よさに浸るだけではなく、雨の日のぬかるみをもがくこともまた楽しめるのではいか、と思いながら、二人の末永い幸せを祈らずにはいられなかったのである。



2014年3月3日月曜日

finishしていないけどfinnishの国へ

年度末である。世の中は消費税増税前の駆け込み需要が高まっているというが、私にとってはいつものとおりの年度末である。思い出したかのように、いくつもの物事と出来事が動く。自ずと、電話やメールも多くなる。

そんな時期にもかかわらず、この1週間はフィンランドで過ごすことにした。立命館大学研究部による「研究高度化推進制度」による「研究力強化」事業「研究推進プログラム」の「若手研究」枠で支援をいただいたためである。「地域参加型学習におけるシチズンシップ涵養のためのインター・コミュニケーションモデルの構築」という大仰な課題を掲げ、採択を受けた。PISAによる国際比較により教育面で注目が集まったフィンランドだが、個々の能力の向上ではなく、個々が他者と共に展開可能性を高める合う関係づくりがなされているだろうという問いから、青少年支援についての視察を行うことにしたのだ。

今回でフィンランドは2回目の渡航である。前回は2008年で、同志社大学に在職していた。そのため、ソーシャル・イノベーションに焦点を充て、ヘルシンキ市内にてイルッカ・タイパレ博士へのインタビューと、フィスカルス村でのアートプロジェクトのフィールドワークを中心とした。その成果はささやかながら、同志社大学大学院総合政策科学研究科の紀要に「well-designedな生活スタイルの実現 : フィンランドにおけるソーシャル・イノベーションの源流を見つめて」と題して投稿している。

ちなみに今回の渡航では、もう一つ、エコヴィレッジへの往訪も盛り込んでいる。こちらは昨年度から取り組んでいる文部科学省による科学研究費基盤研究(A)「地域のまちづくりと連携した市街地型公的住宅団地の再生に関する研究」の一環で、である。2008年から英語力が飛躍的に向上していれば、ヘルシンキ大学のユーリア・エンゲストローム先生のもとを訪れたいところであるが、これは英語論文の1つでも書いた後にしようと決意しつつ、まずは手元のタスクリストを一つずつ片付けていかねばならない。ちなみに今回の調査は今年度末までは立命館大学サービスラーニングセンターの同僚である川中大輔先生と共に行うのだが、フィンランドまでのフライトでは何と電源が用意されていたという、何とも追い込みへの準備が行き届いた環境に驚いている。