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2006年2月19日日曜日

20060219国際ボランティア学会発表

山口 洋典・渥美 公秀(2006年2月19日) 沙漠緑化活動のアフォーダンス:中国内蒙古自治区白二爺砂丘の7年 国際ボランティア学会第7回大会 文教大学(埼玉県越谷市) (口演、発表予稿原稿)

沙漠緑化活動のアフォーダンス:中国内蒙古自治区自二爺砂丘の7年

山口洋典(財団法人大学コンソーシアム京都)
渥美公秀(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)

 沙漠緑化活動は外部参入者と共に取り組まれる協働的実践である。この間、われわれ(山口ら, 2003)はエコツアー参加者と現地スタッフとの協働的実践の動態に着目してきた。今回、沙漠緑化の完了を迎えつつある中、アフォーダンスという概念から活動の意義を探る。

1.ローカルな関心で臨むローカルな実践としての沙漠緑化
 エコツアーはグローバルな枠組みで捉えられがちであるが、その参加者はあるローカルな環境に身を置いているにすぎない。そして、参加者は何かを学びに生き、何かを学んだとして再び日常生活に戻ってくる。環境教育の見地では、これを「環境を通しての教育」と位置づけている。しかし、(地球)環境問題が深刻化している今、「環境のための教育」(Fien, 1991)の必要性が示されている。
 とりわけ、物事への関心の「感覚化」が進む現代の若者たちは、状況的関心によって、物事への実感(リアリティ)を求めて物事、出来事に触れていく(中村, 1997:山口ら, 2003)。よって、エコツアーの企画側の演出の如何が、参加者の物事への関わりの度合い(いわゆる「ノリ」)を左右する。言うまでもなく、事前、実施中、事後と、すべての過程で演出が必要とされる。
 一方、自らが立てた問いを解明するために体系的な関係性を重視する参加者もいる。こうした参加者は社会人に多く、一定の経験を積んでおり、物事への精確な理解を求めて物事、出来事に触れていく。われわれ(山口ら, 2003)は、こうした構造的な関心でエコツアーに参加する社会人よりも、「ある時間的、空間的状況において自らの身の置き所を感覚的に位置づけ、集団における共同性を重視する」学生ボランティアたちを中心に、沙漠緑化の協働的実践に携わってきた。
  本発表は、中国内蒙古自治区の沙漠緑化に、「生真面目さ」よりも「好奇心」旺盛に関わってきた学生ボランティアたちと、現場スタッフと、さらには外部参入者としての研究者らの協働的実践が、いかにして沙漠緑化の完了を導いてきたかを、アフォーダンス(例えば、後藤ら, 2004)の観点から探る。そして、「環境のための教育」があるローカルな実践の現場での問題解決に資するべき、という観点から、状況的な関心で物事、出来事に携わる学生が問題解決に貢献できるにはどうすべきかについて、実践的な提言を行う。

2.7年の経過
(1)沙漠緑化プロジェクトの概要
 われわれが研究の対象とする沙漠緑化プロジェクトは、内蒙古自治区ホリンゴル県の南部に位置する自二爺(バイアールイエ)沙丘内の2000aの流動砂丘地帯で行われているものである。バイアールイエ沙丘は、区都である呼和浩特(フフホト)から約80km西の、黄河中流域の黄土丘陵地帯に属している。海抜1100〜1400mに位置し、ホリンゴル県内で風水害による土壌流出や沙漠化の被害が最も深刻な地域である。元来、バイアールイエ沙丘周辺部は牧草地であったが、現在は土壌流出にさらされている面積は8000haに至っている。最も沙漠緑化が進行した際には、8000haのうち5700haが流動砂丘と半流動砂丘となっていた。これらの状況が導かれたのは近年の無秩序な農業開発と過放牧によるとされている。本プロジェクトはそれらの地域を緑地化し、持続可能な循環型農牧業を開発、定着させるために地元集落を支援することが目的である。なお、当該地域に日本人が関わっていく経緯等は山口ら(2003)に示した。

(2)終結しえないプロジェクトとしての沙漠緑化
 現地においては中国共産党のホリンゴル県委員会と県の人民政府が1982年より緑化活動を開始している。われわれが参与観察を行ってきた団体(エコスタイル・ネット)は、こうした現地の取り組みと協力しながら、流動砂丘の緑化に取り組んできた。事実、日本人スタッフと現地スタッフとともに、7年のあいだに防風林としてポプラを6万本、柳を5万本植樹し、牧草の種子3tを播種してきた。この結果、全体の1/3程度の面積(約700ha)で、流動砂丘がほぼ完全に固定化され、多くの草花や木が砂地を被覆するまでになっている。
 緑化活動に携わった人々の中には、一旦緑化された地域を放牧地に戻すのではなく、そのまま緑化「された」地として保存を望む場合もあるこれは沙漠として現前する土地を緑化することに関心が集中するためである。しかし、現地の人々は戻った土地の活用を望む。そこで、日本から現地に参入した「よそ者」のスタッフは、現地の生活者との対話をとおして、過放牧によって沙漠へと導かれた土地を、いかにして維持、発展させていくことができるかという視点を投げかけてきた。具体的には、現地住民と共に、「入会地」(コモンズ)の展開を試みてきているのである。

(3)保存から保全のダイナミックス
 7年間の実践を経て、近年現地に行くエコツアーの参加者は現地を見ると「これが沙漠?」と驚く。エコツアー参加者は、訪問時に現地にて実際に行われている緑化作業と同じ内容を体験する。緑化の初期(2〜3年)は防風林をつくるためにポプラを上、その後(2〜3年)は値の張りやすい柳を植え、現在(2年程度)はマメ科の植物の種を蒔いている。再び参加者たちは、沙打旺(サダワン)と楊柴(ヤンツァイ)、檸条(ニンテャオ)などの種を砂地の地面に(ただ)蒔くという作業に「それで沙漠が緑化されるのか」という疑問を抱く。しかし、これが1998年から続けてきた沙漠緑化活動のリレーの賜物である。緑化をするために意気込んで参加した方であれば、「これが沙漠?」と感じるくらい、現場では着実な成果が出ている。こうして緑化されてきた土地をそのままに保存するのではなく、どう活用していくかの保全の視点が要請される。

3.沙漠緑化活動とアフォーダンス
(1)沙漠緑化を推進せしめるもの
 こうして、沙漠緑化活動を推進せしめたものは何か。最も大きいのは、沙漠ではなかった土地が沙漠になったという視角で認識される事実であろう。ただし、そうした状況を打開するために、中国政府、さらには日本からの外部参入者が現地住民となって関わったことが大きいのではないか。このことは、鳥取県智頭町の地域活性化の事例(例えば、岡田ら, 2000)で示された「ハビタント」による知の流入がもたらす影響からも明らかである。
 沙漠緑化を推進せしめる最も大きなことは、外部参入者が現地住民になっていくことによって、「ほっとけない」当事者意識である。山口ら(2003)では、共著のひとりとして現地住民でありスタッフが参加しているが、自らが現場に入っていった経験を踏まえて、いかにして国際ボランティア(ここでは、異国の地からわざわざ訪れる学生)が満足し、現地の人々も心地よくその風景にふれることができるかが語られている。エコツアーの参加者も、また現地住民となって沙漠緑化に取り組む人々も、「ノリ」よく活動に関わっていく背景には、見知らぬ地で、匿名性の高かった自分自身が何らかの役割を果たしたという実感によるところであろう。このことを、「アフォーダンス」の視点から見てみることにしよう。

(2)アフォーダンス
 「アフォーダンス」とは、Gibson(1979)が提唱した概念で、行為者とモノのとの間の行為に関する絶対的な関係を指す。日本で多くの書物を著している佐々木正人は、は、後藤ら(2004)の著作で、ミーディアム(媒質)、サブスタンス(物質)、サーフェイス(表面)といった環境を行使する要素について平明な解説を行いながら、「異種混合体」が存在することで、環境に表出される「肌理
(texture)」の構造が発見されると述べている。マクドナルドという空間(ここでは媒質)は、ゆっくり食事をし、会話を楽しもうとする人にとっては適切な環境ではない。椅子(固い)、音楽(うるさい)、などといった肌理の構造が、目的達成をアフォードする(便宜を与える)ことはないためだ。「青フォーダンス」とは「肌理の構造」であると捉えてみると、プロジェクト型による問題解決の実践においては、ある状況に身を置く人を想定した「行為と相即するデザイン」(後藤ら, 2004)がなされるかどうかが、結果を左右すると言える。何かに取り組む上で、その人がその行為に「はまる」(後藤ら, 2004)か否か、それはある物事、出来事に関わる意味を自らが創出しうるかどうかにかかってくる。プロジェクトの事務局には、こうした「はまる」ための制度設計と雰囲気づくりが求められる。無論、エコツアー参加者や現地住民が満足するためには事務局だけがデザイン(ここでは、作業内容の組み立て等)に取り組むのではなく、その場にいる人たちの集団的即興ゲーム(渥美, 2001)がなされる必要がある。

4.沙漠緑化活動のアフォーダンス
(1)相互に行われる顕彰(recognition)
 7年間の活動で沙漠地の緑化が導かれたのは、「肌理」の細かい取り組みが誘発される環境が導かれたことによる。特に、現場において相互に顕彰しあう習慣が生まれたことは、プロジェクトに「はまる」多くの人々を生み出してきた。プロジェクトの開始当初は未解放区であった土地に、エコツアーと称して訪れる日本人は約200名にのぼる。そのうちリピーターが30名程度いることは、現場に貢献したいという自発性が喚起されたことによるだろう。こうした、「いてもたってもいられない」という、ボランティア語源に沿った行為は、2004年夏には、現地住民から日本人スタッフへの感謝の意を表した記念品と記念碑の贈与という形でも見出されている。言うまでもなく、こうした相互の検証が、現地住民、外部参入者であったスタッフとしての現地住民(あるいは現地住民としてのスタッフ)、そしてエコツアーの参加者(研究者等を含む)の協働的実践を促進し、新たな自発的行為を誘発する契機となる。

(2)次の一手の検討と実践(feed forward)
 地表の緑化を段階的に導き出してきたなかで、必要とされるのは「フィードバック」ではなく「フィードフォワード」である。放牧地に「ただ」戻すだけではなく、改めて放牧地になったところをどうしていくのか、次の一手が必要とされる。その際、エコツアー参加者が思わず現場に寄与する機会が、日本に帰国する直前の夜、北京の宿泊地にて夜通し繰り広げられる反省会にて導かれる。学生がこの経験を今後どう活かしていくかの決意表明とともに、現場に対する率直な感想や要望がスタッフに伝えられる。その後、スタッフも学生も、議論した内容に思いを馳せながら、それぞれの日常に還っていくのである。
 沙漠緑化の完了を間近に控えるなか、プロジェクトのフィードフォワードの一環として、インターローカルな実践が始まりつつあることにも触れておく。それは、中国社会科学院等を媒介にして、先述した鳥取県智頭町とバイアールイエとの相互訪問が始まりつつあるということだ。日本に留学していた中国社会科学院の研究者と、日本の研究者、さらには両方の事情に通じている実践家たちが中心となって、それぞれの経験知が贈与され、同時に略奪されていく。この、両方が了解を求めることなく意味創出を行っていく相互交流の機会が、結果として次の一手を指すこと「入会地としての活用」をアフォードしていると言えよう。

引用文献
渥美公秀 2001 ボランティアの知:実践としてのボランティア研究 大阪大学出版会
Fien, J. 1991 Education for the Environment. Deakin University.(石川聡子他訳 環境のための教育 東信堂、2001)
Gibson, J. J. 1979 The ecological approach to visual perception. (古崎敬他共訳 生物学的視覚論:ヒトの近く世界を探る サイエンス社、1985)
後藤武・佐々木正人・深澤直人 2004 デザインの生態学:新しいデザインの教科書 東京書籍
中村正 1997 学びのハビット(習慣) 立命館教育科学プロジェクト研究シリーズ、VIII 立命館大学教育科学研究所、79-91.
岡田憲夫・杉万俊夫・平塚伸治・河原年和 2000 地域からの挑戦:鳥取県・智頭町の「くに」おこし 岩波ブックレット
山口洋典・増田達志・関嘉寛・渥美公秀 2003 エコツアーにおける環境教育の効果 ボランティア学研究(4)、53-81.

山口 洋典・渥美 公秀 2007 沙漠緑化活動のアフォーダンス:中国内蒙古自治区自二爺砂丘の7年 国際ボランティア学会第7回大会発表予稿集、pp.40-41