春は何かと異動の時期だが、この4月からは、立命館大学共通教育推進機構准教授という立場は変わらずとも、びわこ・くさつキャンパス(BKC)から、衣笠キャンパスへと、拠点が変わることになった。とはいえ既に2011年度の後半から、衣笠キャンパスの科目を専任教員として担当し、2012年度からは、最早BKCでの科目は担当してこなかった。とはいえ、サービスラーニングセンターの副センター長という立場もあって、BKCには週1回のペースで通うようにはしていたし、何より草津市とのサービスラーニングに関する協定もあって、少なくとも前期には週1回のペースで草津市役所7階の「草津未来研究所」に「総括研究員」という立場で赴いていた。ともあれ、この4月からは、草津市役所との関わりも変えさせていただくこととなり、恐らく草津には衣笠からBKCへのシャトルバスで移動することが増えそうな気がしている。
思えば約2年前、残り半年の任期を残しつつ、同志社大学大学院総合政策科学研究科から移籍するにあたり、新町校舎の臨光館419から、BKCのアクロスウイング424への研究室の引っ越しは、難を極めた。社会人院生の方々の論文執筆スペースとして提供もしたのが懐かしい記憶だが、それ以上に、5年の任期のあいだで膨大に増えた書籍や書類の整理もままならない中で、引っ越しのその日を迎えたためである。その年の修了生の方々や、過去のゼミ生の皆さんの協力もあって、2トン車2台でなんとか運び込み、「押し込むように」搬入して、2年が経ったことが、にわかに信じがたい。ところが今回はそうした「荒技」は許されておらず、そもそも物理的な面積が狭くなる上に、次の使用者のためのクリーニングの段取りのため、3月18日の一点突破で、引っ越しを完了させなければならないという条件があるのだ。
ただ、2年前の同志社から立命館への引っ越しは自費によったが、今回はリサーチオフィスの計らいで業者さんの手配と、その費用の負担はいただけることになった。逆に言えば、だからこそ、その前準備を怠ることはできない。ということで、本日は研究室で夜をあかす覚悟で、BKCで1日を過ごすべくやってきた。そしてその覚悟は、固い決意として守らねばならなくなった。一応、目に見えて「変化」は見えるが、道のりは、遠い。
これまた幸いなことに、向かいの420研究室が空いていることもあって、そちらを「仮置き場」(かつ作業スペース)として使わせていただくことも認めていただいた。とはいえ、いわゆる「断捨離」を強行に実施しなければ、3月18日が迎えられない。言うまでもなく、愛用のscansnapで「取り込んで捨てる」という時間的な余裕もない。ということで、お昼の荷物の受け取りと、夕方からの地域連携に関する会議を終えた後の今宵は、BKCでの一番長い夜(その1)となった。