モノへのこだわりは、耐久財だけではなく、消費財にも及ぶ。ややこしい書き方をしてしまったが、デジタル系のギアだとか諸々のグッズだけでなく、読み物、食べ物、飲み物、など、要は買い物をする際には、少々手間暇をかけてしまう。ただ、多くのものを買って満足するのではなく、選び抜いていく過程に物語を見い出して楽しんでいる。例えばスティーブ・ジョブズが一つの物を選んで使い続け、求め続けたのに通じる気がしている。
以前は米国製のものに質実剛健さを見いだして好みとしたものの、できれば軍事関係に通じるものは避けようとし、その後は日本製のものが消えていくことを憂いて積極的に調達し、と、物選びの関心は変わっている。一つのものは一つのメーカーで、しかも国産で揃えよう、などと考えたこともある。ただ、長年Macで慣れてきた私は、大学院時代の学友の協力も得ながら(つまり、Basilisk IIというエミュレータを入れて)、PanasonicのLet's Note(今も神戸で作られている)を駆使していた時期があるものの、どうにも立ちゆかず、断念した。また、メインのカメラはニコンで通してきているが、もともと測距の光学機器を開発しつつ(参考:「わが社の歴史:株式会社 ニコン・いつの時代も、未来を拓くニコンの技術力とものづくりへの挑戦があった。」日本半導体製造装置協会「SEAJ Journal 」2012年8月号、pp.35-39)、戦場カメラマンによる写真を通して世界的評価が高まったことなど(参考:「ニッコール千夜一夜物語 第三十六夜 Nikkor P・C 8.5cm F2)、軍事関係と全く無縁なものを選ぶこともまた困難であるという気づきも得てしまった。
では、何を手がかりに物を選ぶかというと、選んで買って、使ってまた求めて、という具合に、今後もその物があって欲しいかどうか、転じてその商品を生み出す組織が残り続けて欲しいか、である。その結果、物を通じた語りが増え、うんちくの多い輩となってしまう。最近は物をいかに減らすか、というミニマリストもどきの観点に重きを置いているのだが、それが瞬発的に物を増やすことにもつながってしまっているかもしれない。それでも、デンマークではシンプルかつモダンな生活を過ごさせていただいており、日本に戻った後の暮らしの環境をどうデザインするか、ささやかな楽しみを抱いている。
今日は朝から来週に締め切りが迫った原稿の準備を重ねた。あわせて、この数年使ってきたレジュメとスライドのフォーマットを変えることにして、そのデザイン・レイアウトにもあたった。夕方には近所のスーパーに買い物に行ったのだが、そこで、先般お出会いをした方が勤める会社の食品を見つけ、「お、これはお好み焼きによさそうだ」などと、手を伸ばしてしまった。農業国・酪農国でも知られるデンマークでは、オーガニックの食材を手軽に入手することができるのだが、慣れ親しんだ日本のメニューが思い浮かんでしまうとは、なかなか考え物である。