千里阪急ホテルは2026年3月30日の宿泊をもって閉館(https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/senrihh/contents/finale)となります。現在の浦辺設計による設計(https://www.urabesekkei.jp/projects/203/)で、1970年の大阪万博とあわせて開業した当初の建築は浦辺鎮太郎さん、1976年に増築された宴会場と1984年に新築された西館はお弟子さんの松村慶三さんによる設計(https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_1985_03_216-0)です。今回が最初で最後の宿泊になると判断して、できる限り当初からの雰囲気に浸ろうと、東館のラグジュアリーツインのタイプを選択いたしました。予約の後、記念グッズのプレゼントに加えて、希望者には実際に使用されたルームキーホルダーが閉館後に郵送される「フィナーレグッズ付き宿泊プラン」(https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/senrihh/contents/finale/stay/)が設定されていたことを知りました。
チェックアウトの前、ふと中庭を見渡すと、丁寧にお花の手入れをされている方が目に留まりました。カメラや車などの工業製品については型番や型式番号などで語ることができるのですが、こと花の名前には弱い私は、写真を生成系AIにアップロードすることで、丁寧にお手入れをされているのが紫のキンギョソウということがわかりました。そして、お庭の手入れだけでなく、昨夜に晩ご飯をいただいたカフェ&バイキング「シャガール」のスタッフの皆さん、さらにはフロントの方、などなど、全てのスタッフの皆さんが最後の最後まで、ホスピタリティあふれる対応にあたっておられることが深く伝わってきました。映画「タイタニック」でも組み込まれていた、沈みゆく船で最後まで演奏していた音楽家、ウォレス・ハートリーさんの逸話(https://ja.wikipedia.org/wiki/ウォレス・ハートリー)を引き合いに出すのは適格な比較ではないかもしれませんので、災害ボランティアにおける村井雅清さんの「最後の一人まで」(https://ngo-ayus.jp/activity/award/2024murai/)の姿勢に重なるように思われます。
あたたかい気持ちに包まれて自宅に戻った後、夕方からは立命館守山高等学校と立命館大学との高大連携による令和6年能登半島地震の支援についてのZoomミーティングでした。昨年末、12月23日から24日にかけて、現地を訪れたプログラムに続いて、2月ないし3月にも訪問できないか、という可能性を追求することになりました。23日は輪島市門前町の黒島地区に、24日には七尾市田鶴浜地区に(https://cms.ishikawa-c.ed.jp/taturh/plugin/bbses/show/80/91/462#frame-91)、それぞれ訪れました。極めて短い時間での調整となりますが、田鶴浜高等学校の皆さんとの交流も継続できれば、という声も出たので、ぜひ、細くとも長く続く関係が広がればと願っています。

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