今日は朝に田鶴浜を出て、京都大学吉田キャンパスで開催された「岡田憲夫先生の八十路への挑戦を共に祝う会」に参加した。岡田先生は京都大学防災研究所の所長も務められた研究者であり、私にとっては、鳥取県智頭町での地域づくりに関心を向ける中でご縁をいただいた存在でもある。特に、智頭町で「日本1/0村おこし運動(通称:ゼロイチ)」などの動きに触れていく中、現地のリーダーの一人である寺谷篤さんとの出会いを経て、私の師(渥美公秀先生)の師である杉万俊夫先生と岡田憲夫先生との協同的実践に関心を寄せていった。そして今日は、そうしたご縁の延長線上で、岡田先生ご自身の歩みと、その背後にある問題意識に直接触れる機会となった。
講演の中で繰り返し語られていたのは、「計画だけでは捉えられないこと」の存在であった。岡田先生は、かつて工学部の研究者として、統計や将来予測をもとに公共計画へ携わっていたものの、「このままでは未来はありません」と説明することしかできない自分に疑問を抱いたという。そして、地域の人々が肩を落として帰っていく姿を前に、「自分が間違っていた」と感じたことが、その後の実践へとつながっていったと振り返られていた。特に印象的だったのは、「行動は感情に先立つ」という言葉で、最初から完成された計画を求めるのではなく、小さく始めながら、出会いと実践を通じて変化を育てていくという発想が、智頭町での長年の取り組みを貫いていたことである。
その中で岡田先生は、「コミュニカティブ・スペース」という言葉を用いながら、人びとが出会い、語らい、共に動く場の重要性について語られていた。そこでは、教師と生徒が固定されるのではなく、「めだかの学校」のように、ある時は教え、ある時は学ぶ関係が生まれていく。また、PDCAサイクルのような管理型の枠組みだけでは、人は「できそうなこと」しかやらなくなるとも指摘されていた。むしろ、「どういう未来をつくりたいのか」という問いを共有しながら、小さな実践が波紋のように広がっていくことが大切であり、そのためには「量の成長ではなく質の成長」を支える関係性が必要なのだという。そして、それは地域づくりだけでなく、研究や教育にも通じる話であるように感じられた。
講演の最後、岡田先生は質疑応答の中で「モヤモヤの世界に入っていく感覚を持つこと」の重要性についても触れられていた。その際、既存の枠組みで捉えることを「システマティック」とするなら、自分の知らない流儀や価値観に触れていくことを「システミック」という観点で区別して説明されていた。具体的なイメージとして、ただ漂流するのではなく、時には「母屋」に戻りながら、自らの問題意識を鍛え直していく必要がある、と示しておられた。田鶴浜での滞在型フィールドワークを続ける中でも、計画通りに進まないことや、何を掴み取ればよいのか見えなくなる瞬間は少なくないが、だからこそ、まずは場に身を置き、人と関わり、共に動きながら考えていくことの意味を、改めて問い返された一日となった。
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