デンマークではテレビのない生活をしている。小学生から中学生になる頃、「勉強のため」という、否定されにくい理由で、居間からお下がりとなった14インチのロータリースイッチのテレビを手元に置き、中学生になると親戚の叔父の家で使われていた家具調テレビを譲り受け、近所の電気屋さんで下取りされていたモノラル仕様のVHSデッキを入手した。大学進学で京都にやってきたときには、テレビの誘惑によって勉強ができなくなっては高い学費に見合わない暮らしになると、「情報収集のため」と自分に言い聞かせてカシオのTV-21という2インチの白黒テレビを持ってきた。外部アンテナ端子はもちろん、ロッドアンテナさえもついておらず、イヤホンコードがアンテナになるという仕様で、しかも単3乾電池2本での駆動時間を伸ばすためか、バックライトもついておらず、ボディー上面に設けられたアクリル板から取り込んだ光を鏡に反射して写すという機構のため、テレビ三昧になることはなかったものの、阪神・淡路大震災を経て、いわゆるジャンク品を調達し、テレビ生活を再開することになった。
テレビっ子がテレビがない中でどう過ごす手段はラジオである。大学生のときには、受像機こそ白黒2インチ液晶という(それはそれで)凄まじいものだったが、一方でラジオはソニーのICF-2001Dという(これはこれで)ラジオというには凄まじくゴージャスな受信機を持ってきた。自分のテレビがない時代、やがて勉強部屋として与えられることになる応接間としてしつらえられた部屋に設置されたモジュラーステレオ(レコードプレーヤー、チューナー、アンプの一体型の機材、日本コロムビアのQXシリーズのどれか)に惹かれ、やがてラジカセ(最初はねずみ色のモノラルのもの、続いてダビング可能なステレオラジカセ、ともに日立だった)でエアチェックという楽しみを知り、はたまた寝床には防災非常持出品に入っていたナショナルのラジオ(今思えばペッパー012だったように思う)で深夜放送の存在を知った。時を経て、今はスマートフォンのインターネットラジオのアプリで見つけたジャズのチャンネルをお気に入りに入れている。それを日本から持って行ったB&OのBeolit12から流していることが多い。
今日は久しぶりに大画面テレビのある環境に身を置いた。日本からデンマークに嫁いで50年という方のお宅にお呼ばれしたのだ。体調が優れない日もおありと聞くが、天気のいい日曜日ということでお誘いをいただいた。ご本人も「ゴッドマザー」を呼ばれていることをご存じのようで、オールボーにやってきた日本人の方とは大抵、お会いになっておられるようである。
お邪魔したときにはテレビをご覧になっていらっしゃったことも重なって、「デンマーク語は難しいけど、まずは慣れるのが大切よ」と、テレビの視聴を薦められた。「インターネットラジオを聞いています」と伝えると「それもいいわね」と返ってきた。そうした会話を重ねつつ、ビール、ワイン、そしてオープンサンドに加え、手作りのルバーブケーキをご馳走になった。異国情緒に触れる中、何となく幼少の頃からの記憶を想い起こす一日になった。
テレビっ子がテレビがない中でどう過ごす手段はラジオである。大学生のときには、受像機こそ白黒2インチ液晶という(それはそれで)凄まじいものだったが、一方でラジオはソニーのICF-2001Dという(これはこれで)ラジオというには凄まじくゴージャスな受信機を持ってきた。自分のテレビがない時代、やがて勉強部屋として与えられることになる応接間としてしつらえられた部屋に設置されたモジュラーステレオ(レコードプレーヤー、チューナー、アンプの一体型の機材、日本コロムビアのQXシリーズのどれか)に惹かれ、やがてラジカセ(最初はねずみ色のモノラルのもの、続いてダビング可能なステレオラジカセ、ともに日立だった)でエアチェックという楽しみを知り、はたまた寝床には防災非常持出品に入っていたナショナルのラジオ(今思えばペッパー012だったように思う)で深夜放送の存在を知った。時を経て、今はスマートフォンのインターネットラジオのアプリで見つけたジャズのチャンネルをお気に入りに入れている。それを日本から持って行ったB&OのBeolit12から流していることが多い。
今日は久しぶりに大画面テレビのある環境に身を置いた。日本からデンマークに嫁いで50年という方のお宅にお呼ばれしたのだ。体調が優れない日もおありと聞くが、天気のいい日曜日ということでお誘いをいただいた。ご本人も「ゴッドマザー」を呼ばれていることをご存じのようで、オールボーにやってきた日本人の方とは大抵、お会いになっておられるようである。
お邪魔したときにはテレビをご覧になっていらっしゃったことも重なって、「デンマーク語は難しいけど、まずは慣れるのが大切よ」と、テレビの視聴を薦められた。「インターネットラジオを聞いています」と伝えると「それもいいわね」と返ってきた。そうした会話を重ねつつ、ビール、ワイン、そしてオープンサンドに加え、手作りのルバーブケーキをご馳走になった。異国情緒に触れる中、何となく幼少の頃からの記憶を想い起こす一日になった。