朝は6時に金沢駅の「白山そば」での朝食で合流し、龍谷大学の大学院生と共に田鶴浜へと向かいました。昨年も田鶴浜の左義長に参加している大学院生ということもあって、何より2024年2月2日からの田鶴浜体育館での避難所運営をお手伝いするプロジェクトに当初から参加しているメンバーということもあり、ついつい現地に向かうあいだにも私からおせっかいな質問や助言を重ねてしまいました。現地に着くと、昨日に前日準備から参加していたお仲間の大学生たちの1人から、その大学生の様子を見て、「それで、ちょっとシュンとしてるんですかね?」と言われてしまいました。
2022年2月15日の中日新聞の報道によれば、田鶴浜の左義長は「高校卒業後から三十七歳までの男性でつくる田鶴浜壮年会が担ってきた」ものの、地震の前から人口減少の傾向が顕著になってきたこともあり、2022年からは「田鶴浜区奉賛会が引き継ぎ、祭り運営委員会を設置」して継承に向けた工夫を図り、「各町会が協力し、地区全体で運営する形になった」とあります。(https://www.chunichi.co.jp/article/418338)昨年からは震災ボランティアで駆けつけた学生たちが、復興の先にある新しい日常に向けたお手伝いということで、左義長のお手伝いにもお邪魔するようになりました。今回は京都府立大学、東京大学、龍谷大学の学生16人と龍谷大学・立命館大学の教員が各1名、そして田鶴浜地区の地域おこし協力隊1名が入るグループLINEで頻繁にやりとりが重ねられました。一昨年は神社での開催がままならず、昨年は奉賛会のメンバーのみの開催だったものの、3年ぶりに8町内の協力のもとでの開催となったため、新聞各紙に加えて石川テレビの取材も入り、「能登半島地震から3年ぶり、七尾市田鶴浜で左義長復活 「復興に向けて大事な1年」と祈り」(https://www.fnn.jp/articles/-/999019)とテキストベースだけでなくYouTubeでも配信(https://www.youtube.com/watch?v=0Mux2lEot30)されています。
