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2026年2月8日日曜日

法被姿の学生たちと

昨晩のうちに金沢に入り、朝から七尾市田鶴浜地区に向かいました。全国的な寒波の影響もあり、昨日は20時38分に京都を出て、22時39分には金沢に着いているはずが、運行径路が米原周りに切り替え(湖西線ではなく琵琶湖線経由)となったため、金沢駅には40ほどの遅延となりました。そのため、宿でチェックインを終えたのは23:30となったものの、前夜に参加させていただいた龍谷大学の白石克孝先生の退職記念パーティーでの知的な興奮も相まって、移動中の列車でも、そしてホテルの客室でも、修正を続けている11月のシンポジウムの原稿の整理に向き合いました。

朝は6時に金沢駅の「白山そば」での朝食で合流し、龍谷大学の大学院生と共に田鶴浜へと向かいました。昨年も田鶴浜の左義長に参加している大学院生ということもあって、何より2024年2月2日からの田鶴浜体育館での避難所運営をお手伝いするプロジェクトに当初から参加しているメンバーということもあり、ついつい現地に向かうあいだにも私からおせっかいな質問や助言を重ねてしまいました。現地に着くと、昨日に前日準備から参加していたお仲間の大学生たちの1人から、その大学生の様子を見て、「それで、ちょっとシュンとしてるんですかね?」と言われてしまいました。


田鶴浜の左義長は、七尾市の無形民俗文化財に指定されています(https://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_21862.html)。全国的には「どんど焼き」「どんと焼き」「とんど焼き」また新潟などでは「塞ノ神」や「賽の神」などと呼ばれている行事で、正月飾りのお炊き上げなどにより、無病息災を願うものです。「建具の街」で知られる田鶴浜は、正月は職人さんたちの繁忙期ということで2月の第2日曜日に行われるのが慣行とされている上、「御赦免(ごしゃめん)」と呼ばれる人形型で飾り付けられた竹を燃やすという特徴があります。今回は古民家を修復された新たな拠点「タツルエ」で、お祭りにあわせたイベント「タツルエ 冬も ヨバレンカ〜」(https://www.instagram.com/p/DTNOpmlkQcs/)が夏のお祭り(納涼祭)に続けて開催されていたのですが、そこでは御赦免は各家庭で作られているようで、家々の作り方がある、というお話も伺いました。

2022年2月15日の中日新聞の報道によれば、田鶴浜の左義長は「高校卒業後から三十七歳までの男性でつくる田鶴浜壮年会が担ってきた」ものの、地震の前から人口減少の傾向が顕著になってきたこともあり、2022年からは「田鶴浜区奉賛会が引き継ぎ、祭り運営委員会を設置」して継承に向けた工夫を図り、「各町会が協力し、地区全体で運営する形になった」とあります。(https://www.chunichi.co.jp/article/418338)昨年からは震災ボランティアで駆けつけた学生たちが、復興の先にある新しい日常に向けたお手伝いということで、左義長のお手伝いにもお邪魔するようになりました。今回は京都府立大学、東京大学、龍谷大学の学生16人と龍谷大学・立命館大学の教員が各1名、そして田鶴浜地区の地域おこし協力隊1名が入るグループLINEで頻繁にやりとりが重ねられました。一昨年は神社での開催がままならず、昨年は奉賛会のメンバーのみの開催だったものの、3年ぶりに8町内の協力のもとでの開催となったため、新聞各紙に加えて石川テレビの取材も入り、「能登半島地震から3年ぶり、七尾市田鶴浜で左義長復活 「復興に向けて大事な1年」と祈り」(https://www.fnn.jp/articles/-/999019)とテキストベースだけでなくYouTubeでも配信(https://www.youtube.com/watch?v=0Mux2lEot30)されています。