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2014年8月5日火曜日

風化と劣化・風評と定評

「一生のうちに3回だけ何でもお願いできるカードがあったら、今回その1回を使う。」そう言われてしまうと、なかなか断れない。当初、今日は科学技術研究費による研究プロジェクト「地域のまちづくりと連携した市街地型公的住宅団地の再生」の研究会に参加する予定であった。しかし、研究会に出席する返信をした7月の末になって、急遽、日帰りでの福岡出張となった。

朝から福岡に向かったのは、「ふくしまから、はじめよう。サミットキーマン会議」に出席のためである。先般、7月23日に大阪で開催された折、立命館災害復興支援室が協力団体として並んだこと、加えてその場に私が参加したことが直接のきっかけだ。そもそもそうした場に協力する運びとなったのは、さらに遡ること2013年12月20日に学校法人立命館と福島県とは「相互の人的・知的資源を活かした連携・協力及び福島県の新しいイメージづくりの情報発信を目的とした協力」を目的とした協定を締結しためである。

会議の冒頭、福岡側の参加者から「福岡で福島を取り扱うにあたって、福島県は何をテーマに据えたいのか」が問われた際、広報課の方は「風化と風評被害にどう向き合うか」と応えられた。すると、進行役を務めた田坂逸郞さんは「風化した後、風評を払拭したとして、47都道府県の1つに戻るのでよいのか」と言葉を重ねた。いわゆる「devil's advocate」などと言われる天の邪鬼な返しを重ねながら、地震と津波と原子力災害を受けた(そして今も被害の只中にある)福島に対して、誰が何にどのような関わりを重ねることで、誰の何をどこまで支援できるのか、16人で議論が進められた。他人事が我が事になるにはどうしたらいいか、数字を正確に把握したいモチベーションがない人に何をどう伝えるといい関係が広がるのか、ネガティブイメージを止めるのかポジティブなイメージをつくるのか、いかに仕事をつくりだすか、福島から福岡へのラブコールをどのような言葉で表現するか、手段を確定する前にどう見て欲しいのかのブランディングを先にしなければならないのではないか、一点突破のテーマを定めるとしたら何か、まずは重点エリアを定めてはどうか、モノが行き交う関東での対策とは違う観点となることを大前提にすべきではないか、現状を見ることから始めないといけないのではないか、などなど、それぞれの立場から問いが投げかけられていった。

それぞれの都合もあって、全員が顔を並べての議論は1時間15分だったのだが、終了後の雑談で「災害の風化の中でも記憶の劣化が一時の風評ではなく確かな定評をもたらしているのではないか」と問いかけさせていただいた。会議中の議論の中で、ポジティブとネガティブという二項対立の図式で捉えられることが多かったこともあって、そうした視点をずらすための言葉遊びでもある。そもそも、社会問題に取り組むということは、主体も対象も価値中立的に当該の問題(イッシュー)を捉えていないために、当事者が言葉や数字を重ねれば重ねる程、ポジティブな人はよりポジティブに(○は◎へ)、ネガティブな人はよりネガティブに(▲は×へ)と、両者の溝は広く、深くなっていく。立命館は大分県別府市に立命館アジア太平洋大学(APU)を置いているのだが、今日、APUの副学長が参加できていたら、もっと鋭く「次の一手」を考えられただろうに、などと思いながら、同じ立命館からの出席者である文学部の心理学専攻の学生と共に「認知的不協和」などの話をしながら帰路に就くと、理研のCBDの笹井博士の自死・自殺の報道に触れ、評価や評判とはかくも人を苦しめるものだと感じる一日であった。

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