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2014年8月14日木曜日

大学が休みのときには…

立命館大学は夏期一斉休暇中である。しかし、休みのときにこそ働く人たちがいる。例えば、今日は電気工事で大学が停電となり、13日から15日は成績管理機能も統合された学生情報システムにログインができない。そもそも、学生たちにとっては「長い夏休み」も、大学全体にとっては「それまで」と「これから」をつなぐ大事な時期である。

そうした中、今日は学生たちの自主活動団体の相談を2件、承っていた。ところが、上述のとおり、大学構内での打合せが叶わない。機転を利かせた1つめの団体(福島県で仮設住宅に暮らす方々の支援を継続的に行い、この夏で6回目の取り組みとなる)からは、「大学の近くの喫茶店にしましょう」と提案があった。大学周辺の地域に目を向けているからこその選択肢なのだろうと、復興支援の現場での立ち居振る舞いも想像できてうれしかった。

学生からの相談の多くは「いいグループ」だが「いいチーム」にはなれていない、という組織化の問題に通じるように思う。無論、私の関心がそこにあるからかもしれない。ともあれ「仲良く」「雰囲気がいい」という、一見、肯定的に捉えられる立ち居振るまいを紹介してもらった後には、決まって「なのですが」と逆接で結ばれ、「これからどうしたらいいかが課題なんです」などと続く。

そんな折、リーダーの学生から、「本も読んで勉強してみたんですが」と、読み通した痕跡の残る本がテーブルに出されたところ、「なんか違うんですよね」と言葉が重ねられた。その違和感を大切にして他者に丁寧に関わっていって欲しい、という意味で、「包み込み型」(for you)と「浸り型」(with you)とで、関係構築の方法や作法は違うよね、ということを、具体例を交えて(例えば、足湯には温度計やストップウォッチが必要なのか、など)示してみた。これはもう一つの団体にも通じるのだが、特に外部資金を得ようと、何らかの応募書類に記入する折、必要に駆られて誰かを「役職」者にし、その反面で、一人ひとりのメンバーの「役割」は軽視され、結果として個々を機能別に分化したグループに所属させることで組織づくりは完了できた、と捉えているように思う。もう一つのグループ(関西の若者たちにHIV/AIDS等の普及啓発を行うべく、京都YMCAによるエイズ文化フォーラムのスタッフとなっている)は、同じ喫茶店でも市内中心部のチェーン店での相談となったのだが、その前のグループとの議論も踏まえつつ、「原体験がないとモチベーションは高まらないのでは?」「スキルを認めならオファーしよう(身方にボールを回そう、とも)」「〜だけど、を、〜だから、に」「〜な夏2014、などと統一のお題を出して、夏休み明けに持ち寄っては?」「一般名詞で語らず固有名詞で名付ける」「身内を敵にしない」などと、キャッチフレーズ風に今の膠着状態を解くべくフレーズを投げかけ、最後は「悪知恵とは経験値だ」などと結んでみたものの、この夏の学生たちの伸びしろを期待してやまない。

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