ブログ内検索

2014年8月30日土曜日

新潟・小千谷の山あいで踊り明かす夜

気仙沼、大船渡をめぐった8月の末、新潟の小千谷にやってきた。前日まで花巻にいたので、うまく移動ができるとそれほど遠くないのだが、飛行機の直行便がないこと、また変更不可の往復チケットで予約していたこともあって、一旦、伊丹に戻っての移動である。飛行機は新潟付近を通過するものの、飛行機に途中下車はないので、自ずとそうなる。

小千谷にやってきたのは「二十村郷盆おどり」への参加のためである。これは7年前から始まった、4つの集落による合同の盆踊り大会だ。今年は新潟県中越地震から10年を迎えることから、地震の後で始まったことは明らかである。復興の過程で、同じ節まわしで踊る集落の持ち回りで、1つの場をつくる取り組みが始められたのだ。

今年は荒谷という集落での開催であった。私は塩谷集落で実施されている、田植えや稲刈りや学習会や見学会などを通じた地域間交流の取り組み「塩谷分校」の関わりで、塩谷から参加させていただいた。田植えや稲刈り等で塩谷を訪れる、また訪れてきた学生たちも、浴衣や法被姿で参加した。大阪大学から2名、関西学院大学から5名、そして立命館大学から4名、という具合である。

集落ごとに異なる法被をまといつつも、皆さんの身体は馴染みの節回しで自然と動いているもようであった。転じて、大阪大学の渥美公秀先生のもとで学んで京都大学防災研究所に在職中の宮本匠くんや、関西大学の草郷孝好先生など、日頃はなかなか会えない方々にも再会したことが、不思議なようで不思議ではなかった。あいにくの雨模様で一時中断を強いられたものの、「次に降ったらやめましょう」という長の決断のもと、太鼓と歌にのって、予定の時間を超えて踊り明かすことになった。中断して程なく小千谷高校3年生の生徒さんから「太鼓、どうでした?」と満面の笑みを浮かべながら訪ねられたときの彼女のその明るい表情、加えて来年の梶金集落の長の「ちっこい文化を大事に」「がんばっていきましょう」という呼びかけから、隣り合う集落との一体感のもと、踊り明かすという楽しみは、やはりその場にいないとわからないと痛感したのであった。

0 件のコメント:

コメントを投稿