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2014年7月23日水曜日

ファンとメンバーのあいだ


大阪の天王寺区の北の端にある應典院に職を得て、あと1年半で10年になる。静岡を出てくる際には、大阪で働くようになるとは思いもよらなかった。加えて僧侶の立場となるなど、想定外もいいところである。ボランティアの世界にどっぷりと使った大阪ボランティア協会の早瀬昇さんに対し、早瀬さんのお母さまが「お地蔵さんになったと思って」とお父さまに諭したという逸話があるのだが、これを大学時代には『基礎から学ぶボランティアの理論と実際』の冒頭部分で目にし、2010年12月の寺子屋トークで耳にし、それぞれに笑ったことをよく憶えている。

應典院の特徴は枚挙にいとまがないものの、その一つに開かれたお寺であり続けるために、事業部門を應典院寺町倶楽部というNPOが担うという構図がある。NPOと言ってもNPO法人ではない。お寺を支えたいと思ったとき、通常であれば宗教団体に「入信」するという手続きが必要となるのだが、應典院の場合は市民団体に「入会」すればよいのである。無論、別に入会しなくても多くの事業に参加することはできるので、各種事業を展開している組織に所属したいかどうかが、判断の分かれ目となる。

今日の午後、グランフロント大阪のナレッジキャピタルにある北館8階のカンファレンスルームタワーCで開催された「ふくしまから はじめよう。サミットin大阪」に参加させていただいた。蛇足だが、この「カンファレンスルームタワーC」は、JR大阪駅からの連絡デッキからでは辿り着くことがほぼ困難であり、複数ある2階のエレベーターを何機もさまよい、結果として諦めて帰ろうとしたとき、ちょうど1階ロビーにて案内されていた「生誕80周年記念 藤子・F・不二雄展」 のドラえもんをきっかけに、アクセスルートを発見することができた。ともあれ、このサミットでは、「経験したからこそできることがある」(元兵庫県庁・辻さん)、「技術があっても人がいなければどうしようもない」(三進金属工業・新井さん)、「チアリーダーがリードできるところがある」(クラップスチアリーダーズ・石河さん)、「福島はカタカナで語られ続けてしまっている」(内堀副知事)など、合点がいく発言が多かったが、特に後半のパネルディスカッションのコーディネーターを務められた福島大学の丹波史紀先生が、「関心人口」を増やさないといけないと議論を締めくくったのが印象的であった。「簡単に言えばファンです」という言葉もあわせて、である。

福島のサミット終了後、應典院での「仏教と当事者研究」プロジェクトの一環での読書会に向かった。北海道浦河町の実践に学ぶべく、『べてるの家の「当事者研究」』、『べてるの家の「非」援助論』と読み進めてきたシリーズは今回が区切りとなり、6月の現地でのフィールドワークを経て『技法以前』を深めるという機会であった。2時間あまりの議論の中で、最後には「べてるの家」のファンは「べてるの家」のメンバーの方々と関わりながら誰の何を支えていくのかという議論となり、転じて應典院寺町倶楽部が「ファン」であり「メンバー」によって支えられること、そして應典院というお寺を開く実践では「サポーター」が鍵となることを痛感した。必ずしもファンがサポーターとなり、サポーターがメンバーなるとは限らないからこそ、好意的な関心を寄せていただける方々が、実際に誰かの何かを支援する取り組みを通じて、場の担い手になっていく、そんな組織と事業の有り様を理想に掲げ、もう少しがんばってみたいと思う一日であった。

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