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2007年2月7日水曜日

パブリック・アクセスを学ぶ人のために

 「京都三条ラジオカフェ(FM 79.7MHz)」というコミュニティFMの番組審議委員をさせていただいている。コミュニティFMというと、自治体がお金を出して放送している放送局、と思われがちなのだが、この放送局は違う。放送局の免許を有しているのは「特定非営利活動法人京都コミュニティ放送」という組織だ。そう、この放送局は全国で初めてのNPO立FM局なのである。

 全ての放送局は「電波法」の制約を受ける。したがって、NPOがやっていようが、自治体が出資した放送局であろうが、番組審議会なる第三者機関を設けなければならない。上京区に居を構える私は、きょうとNPOセンターの立場からこのFM局の設立に携わったことも重なって、開局間もなく、番組審議委員に就かせていただいた。概ね月1回程度、審議会を行い、そしてその内容を「番組審議会レポート」なる番組として放送することで、「公共の(空間を飛ぶ)電波」を流している側の責任を果たす、という原理原則に立っての取り組みである。

 ちょうど、テレビ局による事実の「捏造」や「歪曲」が問題となっているが、そこにスポンサーが無関係ではない。NPO立の放送局である「京都三条ラジオカフェ」は、広告主という意味でのスポンサーによって支えられるという考えを持たず、多くの人が「協力」しあって、市民のメディアを共有するという立場を取っている。コンセプトは「お小遣いで番組ができる」放送局である。京都市内中心部しか聴取範囲ではないものの、500円あれば、1分間、自分のメッセージが電波に乗って飛んでいくのだ。

 通常、FMラジオはマスメディアとされているものの、こうした市民メディアとしてのFM局は、伝える側と伝えられる側、さらにはそれらを支える側やそもそも環境をつくる側、それぞれの関係構築が絶妙である必要がある。私はこのことについて、「listener(リスナー:聴く側)」重視を謳った放送局側の論理から脱却し、「listenee(リスニー:聴かれる側)」の自覚と責任に基づいた良識ある放送の実現である、と述べたことがある。別の言い方をすれば「伝える」こと(行為)よりも「伝わる」こと(成果)、また「伝えている」こと(内容)こそが大切だ、ということだ。そんなことを思いながら、「歩いて暮らせるまち」と謳っている三条通を抜けていくと、アイドリングストップをしているオートバイに出会ったのだが、ここにも、何気ないメッセージの発信があるように思え、市民の立場で物事に取り組む意味を見つめ直した一日であった。





パブリック・アクセスを学ぶ人のために

日本NPO初の放送局運営(抜粋)




 一九九二年にはじまったコミュニティFMの制度では、資本金や施設をもたないNPOによる運営に前例がない。法人としてのNPOを認証する特定非営利活動促進法は、阪神淡路大震災を契機に誕生した法律である。(中略)

 京都コミュニティ放送では運営はNPO(京都コミュニティ放送)、営業は株式会社(京都三条ラジオカフェ)の二本立てにしているのでやっていけそうだと、きょうとNPOセンター理事でもある中村正理事長は放送免許交付に期待を寄せる。また財政基盤をつくるため「公共空間としての放送局を支えませんか」と会員やサポーターを募集し、最低五、〇〇〇万円程度をめざして資金募集をしている。心配される放送設備だが次世代企業のベンチャーオフィスが集積し、技術的なバックボーンのある京都リサーチパークの応援を得る。ラジオカフェから電話回線でそこに音声を送り、電波を出す(後略)。



津田・平塚(編)(2002) p.309

《松浦 さと子 2002 パブリック・アクセスにおけるNPOの役割 津田 正夫・平塚 千尋(編)pp.291-312》







<新版>





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