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2015年4月8日水曜日

古くて新しいもの

古いものと新しいもの、どちらかというと古いものを好んでいる。身の周りのもので言えば、今メインで使っているパソコンはMacBook Proの2011年2月のモデル(OSは10.6)だし、iPad miniのOSは未だに6.1、また携帯電話はモトローラのM702isであり、カメラはEPSONのR-D1sやソニーのDSC-R1やニコンのD40F3(レンズも1964年の東京オリンピックの頃に発売されていたオートニッコールのマルチコーティングのものを複数愛用)という具合である。住まわせていただいている京都の家も築90年ほどという2軒長屋の1軒で、自動車も初代カリーナED、オートバイはYAMAHAのZeaLだ。恐らく、どれもアンティークと言うには多少はばかられるもので、むしろ「ニュークラシック」という枠組みに位置づけられうるものを好んでいる気がする。

時代の変化と共に新しい技術が開発され、時間の経過と共に古いものは劣化する。人間の生産活動のためには、新しい何かをつくり続けていかねばならないこともあって、古いものが残されているのは、それだけで貴いと思う。実際、冒頭に挙げたものは、いずれも欲しいと思っても手に入らないものが多い。かといって蒐集家ではないつもりなので、それぞれに道具として使いこなしてこそ、価値があると思っている。「もう少し大切にしたら」という声が聞こえてきそうだが、私なりに大事に使っているつもりだ。

家具のお店が建ち並ぶ京都の夷川通に「井川建具道具店」がある。前の前の家の改修のとき、何度かお世話になったお店である。お店の看板にも、また運搬の車にも「新しいものと古いもの」と書かれているのが印象的だ。扱っているものも確かなのだが、それ以上に、新品と中古という区分けではなく、新しいもの、古いものと称しているところに、お店の姿勢や決意を感じとることができるだろう。

こんなことを想い起こしたのは、2013年の1月から通っている大阪・中之島での英語のクラスに足を運ぶ道すがら、同じ年に解体された大阪朝日ビルの跡地での建設が進んでいる風景を目にしたためである。既に東側にそびえたつ中之島フェスティバルタワーとあわせて、高さ200mのツインタワーが並ぶ光景が、この3年のうちに現れるのだろう。ちなみに今日の英語のセッションでは、3月1日のニューヨークタイムズに掲載されたUCバークレーのDavid L. Kirpによる「Make School a Democracy」が議論の素材となった。米国で生まれたジョン・デューイの方法論がコロンビアで活かされた、という話で、古典の中に根差した知見と、それを現代に活かす知恵が重要となることを再確認する機会となった。


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