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2026年2月9日月曜日

京都の真ん中でアメリカ風の喫茶店の角で待つ

立命館大学の成績登録の締切が近づいてきました。締切1日前にして、ほぼ完了の目処が立ちました。私が担当している立命館大学の科目は教養科目のみということもあり、試験のみでの評価は行わっていません。特に小集団科目では学びと成長のプロセスに関心を向けており、逐次提出された成績評価資料を根拠として、一人ずつ評価を定めていきます。

立命館大学では「レターグレード(Letter grade)」と呼ばれる方式でA+、A、B、C、Fの4段階での評価を行うのが基本です(https://www.ritsumei.ac.jp/pathways-future/examinations_grades/grade_evaluation.html/)。大学によっては素点を入力して、その点数に相当するレターグレードで評定される、という方式の場合もあります(私が近年担当した非常勤先では、大阪大学<2022年度〜2024年度>、京都大学<2023年度〜2024年度>、龍谷大学<2025年度>)。ちなみに立命館大学では成績発表後、成績発表日を含めて3日以内(土・日・祝日を除く)に「成績確認制度」(https://www.ritsumei.ac.jp/pathways-future/examinations_grades/notification_grades.html/)の申請ができるため、その場合に備えて成績評価資料をすぐに参照できるようにしておかねばなりません。なお、立命館大学では不合格を意味する「F(不合格のFではなく、FailureのF)の場合、成績証明書には記載されないという方針となっており、私の知る限りでは「助かる」という学生と「単位が取得できた科目だけが並ぶのがむしろ辛い」という学生と、それぞれの見方があるようです。


ということで、締切が厳格な成績評価の提出に目処が立ったということもあり、夜はまちへと向かいました。遠方からお越しの方との一献のため、でした。私は2月6日と心づもりをしていたのですが、先方のいくつかの調整もあって本日となりました。スターバックスがないまちからお越しなので、もしかしてご存じない場合のために「アメリカ風の喫茶店の角で待ち合わせしましょう、スターバックスというお店なのですが」などとお伝えしたところ、ピンと来られたようで「ああ、スターバックスね」と返ってきて、やや拍子抜けでした。

振り返れば私が学生時代から、30年ほどお世話になっているお店にお邪魔しました。私たち以外は皆さんお一人でお越しになられた方で、そのうちの一人は偶然にも学生だった私をそのお店に連れてきていただいたその人で、皆さん大将と女将との会話を楽しみにお越しになっていることがよくわかりました。私(たち)も少しだけ会話に混ざることがありましたが、それを前後して女将から若かりし私の様子を紹介いただく場面もありました。遠方からお越しいただいたお客さまにも、また大将・女将とも、またの再会を誓う一夜となりました。

2026年2月8日日曜日

法被姿の学生たちと

昨晩のうちに金沢に入り、朝から七尾市田鶴浜地区に向かいました。全国的な寒波の影響もあり、昨日は20時38分に京都を出て、22時39分には金沢に着いているはずが、運行径路が米原周りに切り替え(湖西線ではなく琵琶湖線経由)となったため、金沢駅には40ほどの遅延となりました。そのため、宿でチェックインを終えたのは23:30となったものの、前夜に参加させていただいた龍谷大学の白石克孝先生の退職記念パーティーでの知的な興奮も相まって、移動中の列車でも、そしてホテルの客室でも、修正を続けている11月のシンポジウムの原稿の整理に向き合いました。

朝は6時に金沢駅の「白山そば」での朝食で合流し、龍谷大学の大学院生と共に田鶴浜へと向かいました。昨年も田鶴浜の左義長に参加している大学院生ということもあって、何より2024年2月2日からの田鶴浜体育館での避難所運営をお手伝いするプロジェクトに当初から参加しているメンバーということもあり、ついつい現地に向かうあいだにも私からおせっかいな質問や助言を重ねてしまいました。現地に着くと、昨日に前日準備から参加していたお仲間の大学生たちの1人から、その大学生の様子を見て、「それで、ちょっとシュンとしてるんですかね?」と言われてしまいました。


田鶴浜の左義長は、七尾市の無形民俗文化財に指定されています(https://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_21862.html)。全国的には「どんど焼き」「どんと焼き」「とんど焼き」また新潟などでは「塞ノ神」や「賽の神」などと呼ばれている行事で、正月飾りのお炊き上げなどにより、無病息災を願うものです。「建具の街」で知られる田鶴浜は、正月は職人さんたちの繁忙期ということで2月の第2日曜日に行われるのが慣行とされている上、「御赦免(ごしゃめん)」と呼ばれる人形型で飾り付けられた竹を燃やすという特徴があります。今回は古民家を修復された新たな拠点「タツルエ」で、お祭りにあわせたイベント「タツルエ 冬も ヨバレンカ〜」(https://www.instagram.com/p/DTNOpmlkQcs/)が夏のお祭り(納涼祭)に続けて開催されていたのですが、そこでは御赦免は各家庭で作られているようで、家々の作り方がある、というお話も伺いました。

2022年2月15日の中日新聞の報道によれば、田鶴浜の左義長は「高校卒業後から三十七歳までの男性でつくる田鶴浜壮年会が担ってきた」ものの、地震の前から人口減少の傾向が顕著になってきたこともあり、2022年からは「田鶴浜区奉賛会が引き継ぎ、祭り運営委員会を設置」して継承に向けた工夫を図り、「各町会が協力し、地区全体で運営する形になった」とあります。(https://www.chunichi.co.jp/article/418338)昨年からは震災ボランティアで駆けつけた学生たちが、復興の先にある新しい日常に向けたお手伝いということで、左義長のお手伝いにもお邪魔するようになりました。今回は京都府立大学、東京大学、龍谷大学の学生16人と龍谷大学・立命館大学の教員が各1名、そして田鶴浜地区の地域おこし協力隊1名が入るグループLINEで頻繁にやりとりが重ねられました。一昨年は神社での開催がままならず、昨年は奉賛会のメンバーのみの開催だったものの、3年ぶりに8町内の協力のもとでの開催となったため、新聞各紙に加えて石川テレビの取材も入り、「能登半島地震から3年ぶり、七尾市田鶴浜で左義長復活 「復興に向けて大事な1年」と祈り」(https://www.fnn.jp/articles/-/999019)とテキストベースだけでなくYouTubeでも配信(https://www.youtube.com/watch?v=0Mux2lEot30)されています。

2026年2月7日土曜日

一流と一人前と

昨日のうちに、ある程度のデスクワークを進められたことから、今日はフィールドワークの日となりました。朝には昨晩までの仕事の内容に間違いがないか、確認の時間に充てました。特段のミスや不注意もなかったので、次の仕事のための段取りをつけた後は、荷物のパッキングを行いました。今日は昼前から外出して、そのまま金沢へと向かうためです。

お昼前からはフィールドワークと言いながらも、部分的にはノマドワークでした。まずは区役所に期日前投票に行きました。なかなかの混雑でしたので、一定の投票率は期待できるのかもしれません。有権者の方が、それぞれの権利を行使してもらえればと願うところです。とりわけ、シチズンシップ教育という観点から、模範的な市民としての態度の獲得をはじめ、社会や地域への参加を促してきている者として、投票権のある大学生たちの投票を期待しています。


投票を終えた後は昼食を取り、龍谷大学の深草キャンパスに向かった上で、コーヒー店にて原稿修正の作業をしました。15時から政策学部の白石克孝先生の最終講義があるためでした。白石先生とは、きょうとNPOセンターの運営委員としてご一緒させていただいたことに加え、私が大学コンソーシアム京都で勤務していた際にNPO分野のインターンシップを継続・発展していくための研究会に委員として参加いただいたことでご縁を深めさせていただきました。最終講義のタイトルは「龍谷大学人としての歩みを思い起こして—大学を変革の担い手とするために」(https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-17912.html)でした。

白石先生の最終講義は、龍谷大学に着任する直前に、母校(名古屋大学)の先生から伝えられた「一流にはなれかないかもしれないが、一人前に」というメッセージが今でもよく覚えている、というエピソードで始まりました。そして社会変革に貢献する上での大学の役割について、34年間の龍谷大学でのお仕事を振り返りつつ、お出会いした約30年前の雰囲気のまま、爽やかに語られました。終了後の退職記念パーティーにも参加させていただき、私にとっては懐かしい方々との再会の機会にもなったのですが、それ以上に企画された方々の気持ちが参加者にも十分に伝わる場で、あたたかい思いに包まれながら、金沢へと向かいました。今回、退職記念講義の企画・運営に携わった方々に感謝しつつ、何より白石克孝先生の今後のご健勝を切に願っています。

2026年2月6日金曜日

公への報せ

今日は終日、自宅でお仕事でした。猶予をいただいているシンポジウムの発言のまとめは終わりが見えてきました。ただ、それ以上に締切が厳格なのが秋セメスターの成績評価です。立命館大学は2月10日の正午が締切ということもあり、1科目ずつ、集中して進めていっています。

原稿の修正も評価資料をもとにした成績の評定も、共にパソコンで行うため、自宅で向き合う上では自分の都合で区切りをつけることができます。それゆえ、昼食や夕食が一つの区切りとなるように、時間を逆算して何をどこまで進めていくかを決めて進めました。昨日は外回りが多かったため、パソコン仕事があまり進みませんでした。一方で、今日はそれなりに見通しを立てることができました。


今日、自宅で過ごすことにしたので、期日前投票は明日に回すことにしました。本当は昨日に期日前投票に行く予定でした。ところが、かかりつけ医の診察待ちの時間が思いのほか長く、うまく回る時間を取ることができませんでした。そこで、明日のために「選挙のおしらせ」はがきを確認したところ、京都市選挙管理委員会では、選挙公報が全戸配布から新聞折込での配布となったことが大きく案内されていました。

京都市選挙管理委員会が選挙公報を新聞折込で届けることにしたのは、「参議院議員選挙における選挙公報の未配布事案」が発生したからでした。2025年9月24日の報道発表資料(https://www.city.kyoto.lg.jp/senkyo/page/0000346003.html)によれば、818,000部が用意されていたものの、7割程度しか配布がなされかった(廃棄部数からの推計では71.8%、102枚の業務日報に記載された部数の積み上げでは67.7%)と結論づけています。そして、配布を担った事業者が提出していた配布計画では「1日1人(6時間)1,000部の配布を想定し、当初787人の人員配置」で対応するとしていたものの、7月7日~18日とされた配布期間の「初日から配布が遅れ」たとのことです。これを受けて、今回の衆議院議員総選挙だけでなく、4月5日に予定されている「京都府知事選挙・京都府議会議員右京区選挙区補欠選挙」もまた、全戸配布ではなく、新聞折込を前提としつつ、ホームページでの閲覧、行政施設への備付け、そして希望者への郵送で対応(https://www.city.kyoto.lg.jp/senkyo/page/0000294980.html)とのことです。

2026年2月5日木曜日

モノと身体のメンテナンスデー

選挙が近づいています。時折、一方通行が多い自宅付近の道路を、候補者の名前を連呼しながら過ぎ去っていきます。なぜ名前ばかり言うのか、その根拠を探ってみたところ、公職選挙法(https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC1000000100)において、「選挙運動のために使用する自動車又は船舶で停止しているもの」でなければ「街頭演説」ができないとされていることによると確認できました(第164条の5の3)。そもそも、公職選挙法では第140条の2で「連呼行為の禁止」が定められていますが、ここでは「選挙運動のために使用される自動車又は船舶」は「この限りではない」とされているため、走行中の選挙カーでは「演説」はできなないが、簡単な挨拶や候補者名や政党名を「連呼」することはできるからしている、そうした事情のようです。

小学生の頃からオーディオ機器のカタログを集めに電器屋さん周りをしていたこともあって、なぜ選挙カーのスピーカーは音質が悪いのかを気にしていた時期がありました。あくまで私見ながら、2014年末からの「自由と民主主義のための学生緊急行動:SEALDs」(http://www.sealds.com)による街頭演説くらいから、いわゆる路上ライブのような雰囲気も相まって、さらには機材の進化も重なって、聴き心地が変わってきたような印象です。ちなみに、同じ時期から、演説の際にスマートフォンを片手に語る人が増えてきたように思われ、近頃は学生たちのプレゼンテーションでもスマートフォンの文章を読み上げる人が多いのが気がかりです。ちなみに、テレビ大阪のYouTubeで「選挙に欠かせないメガホンの進化!」という動画(https://www.youtube.com/watch?v=phRvn4stwJs)があり、黎明期のトランジスタメガホンからの技術発展が、災害時における避難誘導設備につながった、と紹介されていて感心しました。


そうしてご近所に選挙カーが走り回る中、午前中から外回りをしました。まずはヤマト運輸の営業所で、メンテナンスに出すギターを発送しました。「ギター輸送用の段ボール(新品でなくても構いません)に入れ、中でギターが動かないように緩衝材(新聞紙でも構いません)を充填して」と指定いただいたため、しかるべく準備しました。その後、かかりつけ医に行って、さらにはジムと、奇しくもモノと身体のメンテナンスデーとなりました。

午後から夜にかけてはデスクワークとなりました。メールの返信に加え、少し猶予をいただいた原稿の修正の他、年度末の出張に関する各種手配を行いました。夜には新潟県小千谷市塩谷集落の前町内会長からお電話があり、昨秋に解体となった地域の交流拠点に関する記念誌作成について、報告と相談をいただきました。塩谷集落は3mを越える積雪となっているようで、3月末にお邪魔する際には諸々の作業や調整を首尾良く整え、春の訪れと共に喜んでいただければと願っています。

2026年2月4日水曜日

どこに力を入れるか

水曜日ということで、今日は恒例の英語のレッスンでした。今日のお題はNATOとグリーンランドについて、でした。NATOはNorth Atlantic Treaty Organizationの略で、日本語では北大西洋条約機構と訳されます。しかし、米国の大統領がグリーンランドを購入したいと表明し、必要なら武力でも奪取する、と発言したことを受け、North America Treaty Organizationのような見立もできてしまうのではないか、そんな話題になりました。

1時間半のディスカッションの中で、政治家の外交に対する姿勢の分類について触れる時間がありました。今回のディスカッションの手がかりとした記事(https://www.nytimes.com/2026/01/23/opinion/trump-greenland-nato-europe.html)の著者の姿勢が国家間の権力闘争の上では軍事力の行使によって紛争の解決の手段であるとする「realism(現実主義)」とすると、その対極にあるのが他国との軍事同盟などは避けて自国のみでの安全保障を優先する「isolationism(孤立主義)」や「hegemonism(覇権主義)」だ、とされました。この両極のあいだに、realism側に位置づくのが武力介入の上では思想や理想が優先されるとする「Neo-conservatism(新保守主義)」、isolationism側に位置づくのが自由主義的価値観のためには多層的な手段により接近することとして軍事介入も容認するという「liberal interventionism(リベラル介入主義)」、そうした位置づけのもとで、国際関係について捉えていくことになりました。世界情勢が揺れ動く中、2月8日の第51回衆議院議員総選挙ではどのような結果が出るのやら、です。


英語の後はクラスのお仲間の皆さんとランチをして、京都に戻りました。途中、京都市役所近くのお店で買い物をしました。その途中、バス停と電話ボックスのあいだに、小さなベンチのようなもの置かれているのに気づきました。ベンチとしても使えると思われますが、家庭用のスチールラックで作られたもので、なかなか年期が入っていることが、全体の錆から伺えます。背もたれ部分と座面の前側には「京都市役所前駅周辺案内板」とあり、よく見れば2004年に作成されたもののようです。

今日の買い物は、今週末にお邪魔する七尾市無形文化財「田鶴浜の左義長」(https://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_21862.html)へのお土産でした。正確にはお土産というよりは、現地の方からのリクエストに基づくお使いでした。具体的には、お店と商品名もご指名の上で、かりがねほうじ茶を購入しに伺いました。京都に住んでいながら、これまで買うことがなかったのですが、また私も味わせていただけることを楽しみにしています。

2026年2月3日火曜日

最後まで手を入れる

今日の朝は千里阪急ホテル(https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/senrihh)で迎えました。昨日、民族学博物館を訪問した後、自宅には戻らなかった、という具合です。以前、関西にお迎えしたゲストの送迎で訪れたことはありましたが、宿泊するのは初めてでした。秋の夜にお連れしたこともあり、そのときには既に辺りは暗くなっていたものの、落ち着いたホテルという印象だったことはよく覚えています。

千里阪急ホテルは2026年3月30日の宿泊をもって閉館(https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/senrihh/contents/finale)となります。現在の浦辺設計による設計(https://www.urabesekkei.jp/projects/203/)で、1970年の大阪万博とあわせて開業した当初の建築は浦辺鎮太郎さん、1976年に増築された宴会場と1984年に新築された西館はお弟子さんの松村慶三さんによる設計(https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_1985_03_216-0)です。今回が最初で最後の宿泊になると判断して、できる限り当初からの雰囲気に浸ろうと、東館のラグジュアリーツインのタイプを選択いたしました。予約の後、記念グッズのプレゼントに加えて、希望者には実際に使用されたルームキーホルダーが閉館後に郵送される「フィナーレグッズ付き宿泊プラン」(https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/senrihh/contents/finale/stay/)が設定されていたことを知りました。


チェックアウトの前、ふと中庭を見渡すと、丁寧にお花の手入れをされている方が目に留まりました。カメラや車などの工業製品については型番や型式番号などで語ることができるのですが、こと花の名前には弱い私は、写真を生成系AIにアップロードすることで、丁寧にお手入れをされているのが紫のキンギョソウということがわかりました。そして、お庭の手入れだけでなく、昨夜に晩ご飯をいただいたカフェ&バイキング「シャガール」のスタッフの皆さん、さらにはフロントの方、などなど、全てのスタッフの皆さんが最後の最後まで、ホスピタリティあふれる対応にあたっておられることが深く伝わってきました。映画「タイタニック」でも組み込まれていた、沈みゆく船で最後まで演奏していた音楽家、ウォレス・ハートリーさんの逸話(https://ja.wikipedia.org/wiki/ウォレス・ハートリー)を引き合いに出すのは適格な比較ではないかもしれませんので、災害ボランティアにおける村井雅清さんの「最後の一人まで」(https://ngo-ayus.jp/activity/award/2024murai/)の姿勢に重なるように思われます。

あたたかい気持ちに包まれて自宅に戻った後、夕方からは立命館守山高等学校と立命館大学との高大連携による令和6年能登半島地震の支援についてのZoomミーティングでした。昨年末、12月23日から24日にかけて、現地を訪れたプログラムに続いて、2月ないし3月にも訪問できないか、という可能性を追求することになりました。23日は輪島市門前町の黒島地区に、24日には七尾市田鶴浜地区に(https://cms.ishikawa-c.ed.jp/taturh/plugin/bbses/show/80/91/462#frame-91)、それぞれ訪れました。極めて短い時間での調整となりますが、田鶴浜高等学校の皆さんとの交流も継続できれば、という声も出たので、ぜひ、細くとも長く続く関係が広がればと願っています。

2026年2月2日月曜日

請われれば一差し舞える人物に

今日は午前中に立命館大学地域健康社会学研究センターの研究会でした。話題提供は明治国際医療大学看護学部の大倉和子先生でした。テーマは「保健師の実践知の継承ー災害時の保健活動にふれながら」 で、長年にわたる保健師としてのご経験のもと、コロナ禍に大学院に進学して展開した実践的研究の内容が報告されました。西日本豪雨災害での保健師の皆さんの取り組み、日本看護系大学協議会の災害支援対策委員会による2023年度「災害に関するアンケート調査」(https://doi.org/10.32283/rep.746f53af)の結果概要報告、さらには保健師の皆さんが地域活動を積み重ねた後に多様な関係構築が図られることで中堅から熟達を遂げてマネジメント能力を獲得していくという成長プロセスの解説など、多岐にわたるものでした。

研究会の後には、国立民族学博物館に向かいました。1月22日に続いての訪問ですが、今日は私も図書室まで入りました。立命館大学は国立民族学博物館のキャンパスメンバーズ(https://www.senri-f.or.jp/minpaku_associates/about/campus_members/)となっているため、展示の無料観覧ができるものの、図書室に行くときには1階の受付で「来客」としてのカードを発行いただきます。また、そもそも国立民族学博物館は万博記念公園の有料区域内にあるため、ゲートの有人窓口で大学のID(学生は学生証、教職員は教職員証)で渡される「公園通行証」を首にかけて入らねばなりません。


公園通行証・教職員証・来客証、これら3つを携えながら、国立民族学博物館の図書室では初代館長である梅棹忠夫先生の業績に触れさせていただきました。私が担当する立命館大学教養C群科目「現代社会のフィールドワーク」では、授業の最後回(2024年度までは第15回、2025年度からは第14回)で2008年3月23日に放送されたNHK教育テレビ(当時)のETV 特集「フィールドへ! 異文化の知を拓く~国立民族学博物館の30年~」(https://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2008/0323.html)の内容から、フィールドワークの特徴について紹介しています。この番組では鷲田清一先生も出演されており、「深く付き合うほど、交われば交わるほど、お互いのあいだの差異がもう細部にわたって際だってきて、あれ、同じものを見ているのに、あるいは同じ場所にいるのに、この人、こんな風に感じるのか」という具合になるのが異文化理解を深めるということ、と語っておられます。

その後、夕方にはこの夏の大船渡での「盛町灯ろう七夕まつり」への立命館大学の関わりについて、令和7年度の実行委員会の皆さんとやりとりすることになりました。2012年から継続して関わってきたお祭りですが、来年度は私が学外研究のため、業務で携わることができません。2017年度にデンマークでの学外研究を担った際には、サービスラーニングセンター内での調整ができたのですが、来年度はそれがままならず、相当の工夫を重ねなければなりません。グループLINEにて即座にお返事をいただいた内容を見返す中で、震災直後にTwitterで目にした2011年3月24日に開催された大阪大学の「平成22年度卒業式・学位記授与式 総長式辞」(https://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/president/files/h23_shikiji.pdf)のことを思い出し、さらに、その中で梅棹先生の遺された「請われれば一差し舞える人物に」と紹介されていることを改めて確認し、こんな私でもできる最大限の貢献をしようという衝動に駆られました。

2026年2月1日日曜日

50での誓い

6人が参加する「関西組」と名付けられたLINEのグループに入っています。共通するのは高校時代のお仲間で、今、関西に住んでいることです。3年間のあいだ、全員が同じクラスになったことはないものの、例えば同じ塾に通っていた、といった具合に、何らかのつながりのもとでスキーツアーに行ったりした友人たちです。卒業後も何度か会うことがあり、電話やメールやショートメールなどでやりとりして日程調整などがなされていましたが、今はグループLINEでつながっています。

今日はそのお仲間での久々の飲み会でした。場所は各所から出やすい梅田となりました。2日前までは18時30分開始の予定だったものの、「せっかくなので」と、16時スタートに変更となりました。過去の写真を確認すると、以前に同じメンバーで集まったのは2016年1月24日で、ほぼ10年ぶりの再会でした。



会計を終えてお店を出たのは21:30ごろでした。約5時間半、日本酒をちびちびと飲みながら、この10年を、また約30年前の高校時代を、さらにはこれからの人生についておしゃべりしました。10年前に子育ての奮闘を語ったお仲間からは、既に働き始めている、大学に在学中、中学・高校に通っている、それぞれの成長が語られました。一方、こどもがいない人は、仕事のこと、また健康のことなどを語りました。

会計の直前、全員が50歳を迎えてはいないものの、50歳をどう過ごすかの誓いを立てることにしました。(お仲間の1人が100円ショップで5と0のロウソクを探したものの、奇しくも売り切れだったようです。)具体性の度合いは異なるものの、それぞれに新たな挑戦や自分に正直に生きていくことへの決意が述べられました。次は10年後ではなく、また近いうちに、ということになりました。来年度、私が能登で過ごす時間が多いこともあり、能登で会いましょう、という流れになったので、そのときを楽しみにしています。

2026年1月31日土曜日

初のQuestion

京都・河原町御池の交差点に「QUESTION」(https://question.kyoto-shinkin.co.jp)というビルがあります。ウェブサイトの案内には「様々な人の「?」が集まり、 つながる場所。京都信用金庫が運営する、コワーキングスペース・レンタルスペース・コミュニティキッチンが利用可能な共創施設です」と説明があります。京都信用金庫の河原町支店の建て替えに伴い、2020年11月2日にグランドオープンとなりました。1階にはATMが、6階には河原町支店が置かれていることから、銀行(信用金庫)のビルではあるのですが、京都市役所の筋向かいという立地もあって、多様な用途で活用されることが企図されています。

今日はこの「QUESTION」に初めて伺わせていただきました。コロナ禍にグランドオープンとなったこと、さらには日頃の生活・活動環境から離れていること、それ以上に昨今の京都におけるソーシャル・ビジネス関連との関わりが薄いこと、これらが相まって、オープンから5年あまり経っての初訪問です。多くのお仲間の皆さんが活用していることはSNSなどでも目にしていたのですが、やはり現場に足を運ぶと、その場の意味や価値について深く実感することができます。ちなみに4階にお邪魔したのですが、エレベーター脇におられる警備担当のスタッフの方が、いわゆる「警備員の服」ではなくポロシャツでいらっしゃって、Apple Storeと並んで、来訪者への威圧感や圧迫感を軽減を図ろうとしているのでは、と想像しました。


今回、足を運んだのは、NPO法人インビジブルによる「FUKUSHIMA inVisible Journey」(https://invisible.tokyo/fij)のトークイベントに参加するためでした。トークイベントは事務局を東京と福島に置いているNPOにより、福岡と京都で、それぞれ複数日にわたって行われている企画の一部でした。代表の山本曉甫さんは立命館アジア太平洋大学のご出身で、在学中に「清島アパート」でのアートプロジェクトなどで知られるBEPPU PROJECTに携わっていただこともあり、2018年から福島県の太平洋側の地域(浜通り)でアートプロジェクトを展開されてこられました。京都で、そしてQUESTIONで開催となったのは、QUESTIONの運営にも携わる株式会社ツナグムの代表である田中篤史さんが山本さんと学生時代からのお仲間ということもあって、とのことでした。

私が参加を決めたのは、今日のトークイベント「だからここに生きる」に登壇となった鈴木みなみさんからのお誘いを受けたからです。鈴木さんとは立命館大学による東北でのプログラムに参加したいという相談を受けて以来のご縁で、その後は岩手県宮古市での活動、さらには「そよ風届け隊」の設立時から運営メンバーとして参画、さらには台湾の淡江大学との交流プログラムへの参加をはじめ、多くの場を共にしてきました。今回は2013年9月から1年間の福島でのインターン、2015年9月から3年にわたる現地NPO事務局への参加、それらを経て2019年2月に福島県富岡町で設立した子育て支援などの団体「cotohana」(https://cotohana.net)の活動の紹介がメインでした。改めてこれまでの思いに触れ、各種の活動に敬服する中、2025年から「この町で死んでいく。富岡で死ぬ前にお茶飲みできる友達がほしいんだ。」という70男性からの声に応えて始めたという「みんなで茶の間」の取り組みが印象的に残りました。

2026年1月30日金曜日

行き来して

今日は朝から事務仕事でした。月末締めの書類は午前中までに作成を終えることができました。ただ、1月末が締切とされたものが、あと2つ残っています。1つはフィールドワークのまとめを共同研究者の皆さんに、もう1つは11月にお招きをいただいたシンポジウムの文字起こしの返却です。

午後はいくつかパソコンでのデスクワークをして、立命館の朱雀キャンパスに向かいました。学校法人の本部が置かれた朱雀キャンパスには、東日本大震災の後、災害復興支援室のお役目をいただいたときには週1回のペースで通うこともありましたが、最近はすっかりごぶさたでした。今日の用務は、7月に学生たちと訪問した能登での調査の報告会でした。食マネジメント学部の和田有史先生を通じて、全日本・食学会(https://aj-fa.com)から投げかけていただいた「震災被災地における「食のウェルビーイング」調査報告と提言」について、学生代表からの高岡副理事長・前田理事・秋本事務局長に説明させていただきました。



朱雀キャンパスでの用務が終わると、すぐに立命館大学の衣笠キャンパスに向かいました。地域の皆さんと2021年から取り組んでいる「嵐電沿線フジバカマプロジェクト」(https://www.fujibakaman.com)のミーティングのためでした。今日の主な議題は2025年度の総括と2026年度の事業計画でした。終了直前には2022年度から4年間にわたって活動してきた学生たち2名にメッセージを述べる機会が設けられ、地域の代表さんから労いの言葉が返されました。

2つのキャンパスを渡って、それぞれ学生たちが述べた言葉が印象的でした。能登での報告会では、2024年1月27日から29日まで、能登島と田鶴浜を訪れた学生から「4月から東京で教師となるので、こどもたち伝えていきたい」と語りました。フジバカマの会議で最後に思いを語った2名からは、それぞれ「4年の間、活動が大きく広がった」感慨と、「地域の方々と接して楽しかった」といった感想が語られました。学生時代に多くの時間を地域に割いてきた学生たちの言葉を受け、地域の皆さんを代表して立命館大学の大先輩から、立命館大学の教学理念に触れた上で「グリーンを広げて平和な社会を」とメッセージが返され、会場はあたたかい拍手に包まれたのが印象的でした。

2026年1月29日木曜日

迫りゆく苦手なもの

いくつか苦手なことがあります。事務仕事は比較的得意な方ですが、このところ、あらかじめ提供されているMicorosoft WordやExcelに入力をしてまとめるのが苦手になってきました。特にA4判1ページに収まるようになっているものを、きちんと1ページに収まるようにするのに苦戦することがあります。というのも、普段使っているのがMacということもあって、Windowsで作られた書式の場合に、ボールド(太字)になっている箇所や行間の設定などによって、相当の調整が求められることがあるためです。

とりわけ、今月は31日が土曜日ということもあって、月末締切の書類を30日までに提出することが求められています。そんな中、締切を守るのが苦手などと言っては倫理観に欠けることを自白するようなものです。実際、いくつか、ご迷惑をおかけしてきたことは自覚しています。少なくとも、明日、1月30日を締切といただいている複数の書類はしかるべく整えて臨みます。


今日の午後は少しの間、お借りしていた車をお返しにあがりました。ご厚意のお礼に、ガソリン満タンの上で、水洗い洗車をさせていただきました。実はこの自動洗車機が若干苦手です。迫り来るブラシを回避しないと、という具合に、動きを錯覚してしまうのです。

夜は石川県七尾市の田鶴浜地区での「たつるはま未来会議」のミーティングでした。1月1日の「たつるはまのつどい」の決算と総括、そして次年度事業の企画検討でした。私はオンラインで参加させていただいたのですが、現地は大雪ということも相まってか、あまり参加人数は多くありませんでした。来年度は学外研究制度のもと、現地での滞在型のフィールドワークに時間を充てますので、雪の能登も含め、現地の生活文化に浸りながら、対面での対話を通じて復興に貢献して参ります。

2026年1月28日水曜日

温かい環境でクールなコメントを

水曜日ということで、今日は英語のお勉強デーでした。お題は「中国のフランケンシュタイン博士?」(https://www.nytimes.com/2026/01/13/world/asia/china-gene-edited-scientist-he-jiankui.html)でした。2018年にゲノム編集をした双子の女児を誕生させたJiankui He(賀建奎)博士が3年の刑期を終えた、という話題を取り上げたものです。タイトルの「フランケシュタイン博士」とは、周りの人が揶揄して言った言葉のようですが、ご自身のx.comのアカウントでの説明文にも用いていた時期があったようです。今日はニューヨーク・タイムズの記事の結びにあった「“I like the name now,” he said, because it shows “I have superpower.”」(彼は「今ではそう呼ばれるのが気に入ってるんだ」と理由を「私には超能力がある」ということだから、と述べた。)という部分が主な論点となりました。

遺伝子組換え(GMO)食品でさえ慎重になっている今、遺伝子編集(今回の事例ではCRISPR/Cas9)による赤ちゃんの誕生に、倫理的な側面が問われるのは言うまでもありません。それに対して、「超能力」といった比喩や揶揄を好意的に受け入れて自認するのは、あまりに傲慢な態度ではないか、という方向で議論が盛り上がりました。議論のあいだには、ギリシャ神話では人類を創造しつつも後に人類から火を取り上げたとするプロメテウスの話題にもなりました。ともあれ、この内容については今後も世界的に論争が続くと思われますが、現時点で日本語で紹介されている記事としては、Natureダイジェスト2019年2月号に掲載された「ゲノム編集ベビー誕生の報告に非難殺到」(http://doi.org/10.1038/ndigest.2019.190207)が参考になります。



英語のクラスから自宅に戻る途中、灯油のポリタンクが並べられているお宅が多いことが目に留まりました。そういえば先週、「♪雪やこんこ〜」の曲を流しながら走る車が通過したな、という記憶がありました。そして今日、同じ色と形のポリタンクが何軒も並んでいる風景に触れたことから、私の自宅のエリアは水曜日が巡回販売の日なのだということがわかりました。通常、秋セメスターの水曜日は授業日で家にいることは少ないので、11月から開始されている灯油の巡回販売サービス(https://www.shu-wa.jp/service/kerosenesale/)は今日まで出会うことがなかった、という具合です。

ちなみにこの冬から、主な暖房をガスのストーブにしました。ファンヒーターではなく、対流式のものです。今日は夜に同志社大学の大学院生たちが立ち上げた「Coda school」(https://codaschool.com)のオンライン発表会でコメンテーターを、と依頼されたので、こちらはコタツに入ってコメントをさせていただきました。温かくさせていただいたのので、はてさて、クールなコメントができたかどうかは定かではありませんが、中学生・高校生たちの精力的な研究を後押しすることになれば、と願っています。

2026年1月27日火曜日

場の担い手に手法を委ねるか自らが場を担うか

「きくかくラボ」というグループに参加しています。2007年8月24日に京都新聞朝刊に掲載された記事「今こそ地域力再生 相互補完の関係づくり必要」で取材をいただいた石﨑立也さんと、2019年に同志社大学大学院総合政策科学研究科で私が担当する科目を受講いただいた奥野美里さんからの呼びかけに応えたものです。私が最初にお招きをいただいたのは2023年の7月14日で、同志社大学近くのバザールカフェでの集まりでした。文字通り、「きく」ことと「かく」こと、とりわけ取材や場づくりなどで各種のファシリテーションに取り組んでいる方々が、各種の実験的な取り組みをする「ラボ」を展開していくので、顧問の先生のようにアドバイスが欲しい、と投げかけていただいたのでした。

呼びかけに応えるにあたり、私はあえて二極化した軸を複数示し、今後の取り組みの方針を定めてはどうか、とお返ししました。まずは「単発——連続」、「個人——集団」、「異質——同質」といった具合です。その上で、新たな活動の検討のために問いを発見して「モヤモヤ」する方がいいか、日常の見つめ直しで答えの整理をして「スッキリ」する方がいいか、こちらも提示しました。さらには対話を通じた成果物として、個別性を重視した料理本のようなハンドブックをつくるか、汎用性・普遍性・一般性を重視したレシピ集のようなマニュアルをつくるか、といったことも投げかけました。


その後、2023年には8月28日に四条烏丸のKOINにて、12月11日には同志社大学にて、という具合に転々とする中で、2024年からは堀川団地にあるKnoks! horikawaが定例の場所になりました。Knoks! horikawaでの最初の会となった2024年1月30日の集まりでは、「名刺を使わないコミュニケーション方法」というお題に対して、それぞれがどう接近するか、ちょっとした大喜利のような時間を過ごしました。そして、それぞれの得意料理というよりは旬の食材を自信のある調理法で取り扱ったレシピ集、すなわちコミュニケーションやファシリテーションの「道具箱」をつくってはどうか、という展開になりました。そこから1年半ほど、レシピ集としてまとめあげるための共通フォーマットをつくり、それぞれに整理していったのですが、やや煮詰まってしまいました。

レシピ集づくりのあいだはZoomミーティングが多用されてきたのですが、2025年9月19日、京都市役所前で集った際に、いったん動きを止めることを提案しました。レシピ集をまとめあげることができない背景として、私は「自らの手法を他者に手放していく構えができていないから」ではないかと見立てました。取り組みの初期、2024年8月2日に第29回NIE全国大会京都大会で「きくかくラボ」についてのポスター発表がなされたことも踏まえ、今後、そうした共同の何かに取り組むのかどうか、僭越ながら私から各々の姿勢を確認させていただきました。結果として、既に各々に所属があることを踏まえ、いわゆる「この指止まれ」方式でテーマとメンバーを呼びかけ、お悩みを紐解くお仲間会としてつながり続けていく、ということになりました。

2026年1月26日月曜日

忘れたり・落としたり・亡くしたり

よく物をなくすという自覚があります。これでも最近は少なくなってきた方です。人生100年時代としても既に半分以上が過ぎたことになるので、残りの人生を思うと物は減らした方がいいことは「終活」の2文字が教えてくれます。どうしても増えてしまうものもありますが、徐々に減らしていく準備をしています。

物を減らすことと結果として物が減ることは大きく異なります。あいにく、12月には長く愛用してきた万年筆が2本入ったペンケースを落としてしまいました。口が開いているトートバックに入れて移動していたことが原因でした。同じようなミスは、2023年9月15日の東京駅で経験しており、大雨による新幹線の運行ダイヤの乱れにより、すし詰め状態になったコンコースで、予備の眼鏡を落とし、亡くしてしまったのでした。



そんななか、先日、しばらく見つからなかった骨伝導のイヤホンが見つかりました。12月16日のランチで訪れたお店で忘れてしまっていたようです。最後に使ったのは立命館大学衣笠キャンパスだったこともあり、キャンパスインフォメーションの窓口、さらには全国の都道府県警に対する統一システムで運用されるようになった警察庁の「落とし物の届出・検索ページ」(https://www.npa.go.jp/bureau/soumu/ishitsubutsu/ishitsu-todokedekensaku.html)でも確認したものの見つからず、半ば諦めていたのでした。久々に、てんとう虫コミックス版「ドラえもん」第18巻に出てくる「なくし物とりよせ機」があれば、と思い出したのですが、これもまたご縁ということで、有り難く使用を再開することにしました。

今日はそのイヤホンで大小5つのオンライン会議に出席しました。それ以前に使用していたモデルでしのいでいたのですが、先日亡くしたモデルは骨伝導に加えてミニスピーカーが内蔵されているため、よりクリアかつ自然な音質で聴き心地が良いのです。骨伝導を好むのは、難聴のリスクが経験される、というところも鑑みて、です。一方で古いモデルは骨伝導のみということもあり、水の影響を受けやすいミニスピーカーがない分、お風呂場をメインの使用先として今後も活用していくこととします。

2026年1月25日日曜日

雪の初天神

1月25日、北野天満宮の初天神は雪の朝となりました。これは天満宮に祀られている菅原道真公が25日に生まれて25日に亡くなったことを受けて、25日が縁日となっていることによります。落語の演目にもなっているように、1年の最初の縁日に天満宮をお参りするのが初天神、という具合です。上方落語では大阪天満宮が、江戸落語では湯島天神が、それぞれ舞台とされ、中川家のコント「自動車教習所」で上方・江戸の演じ分けされたときには爆笑しました。
(コント「自動車教習所」は公式「中川家チャンネル」にもアップロード https://www.youtube.com/watch?v=KxSRkb_qEtM されています)

京都に住み始めたのは1994年からですが、このところ、めっきり雪が積もることは減ってきました。雪が積もったであろう日は、金閣寺の雪化粧などを収めようとしているのか、ヘリコプターの音が響くことがあります。ただ、今年は既に1月の3日に降ったからなのか、あるいはヘリポートまでのアクセスも難しかったのか、はたまた経費の問題か、単に私が気づかなかったのかわかりませんが、少なくとも空での取材合戦はなかったように思われます。静寂がまちを包む中、私はそっと近所の景色を撮影してみました。


結局一歩も出ずに家で過ごした一日、夕方に実家の母から電話がありました。スマートフォンのOSがアップデートされたため、どうしたらいいか、というのが最初の話題でした。そこから薬の話、そして病院の話、さらにはご近所づきあいの話、マイペースで話題が展開していきます。母は論理的に整理されることを嫌うので、1回の電話が終わると、こちらがヘロヘロになります。

そこで電話の後は気分転換に、先日アーカイブ配信のチケットを購入したライブ、1月18日に東京のAPIA40で開催された「新春!友川カズキワンマンライブ」の配信を観ることにしました。友川カズキさんは「3年B組金八先生」の第1シリーズで知りました。第1シリーズはリアルタイムではなく、再放送で観たのですが、最初に観た小学生5年生くらいのとき、主題歌の「贈る言葉」はもちろん、上条恒彦さんによる「出発の歌」など、その後も印象に残る曲が多々あったように思われます。中でもオフコースの「さよなら」が大変印象的だったのですが、実家の母との電話も重なって、近所のレコード店(磐田駅前の銀三会商店街にあった「サウンドマツオカ」だったと記憶していますが、ややうろ覚えです)で買った赤いカセット「BEST NOW OFF COURSE VOL. II」をラジカセやカーステレオで聴いたことを懐かしく思い出しました。

2026年1月24日土曜日

背伸びの場所

立命館大学衣笠キャンパスの南西角を下がったところにYourという場所があります。現在の名前は「スウィングキッチンYour」(https://www.swingkitchenyour.com)です。かつての名前は建物の外観に残っていますが「JAZZ & LANCH Your」でした。いわゆるジャズ喫茶として長く営まれてきた場所で、店内には大型スピーカーとアップライトピアノが置かれています。

私がYourに最初に足を運んだのは、確か1994年の秋だったと思われます。衣笠キャンパスで開催された第3回アジア・太平洋NGO環境会議の学生スタッフ(APNEC-YOUTH)として活動したことがきっかけで、政策科学部の仲上健一先生にお連れいただいたと記憶しています。学食よりも価格帯は高いということもあり、ちょっと背伸びをして伺う場所でした。日替わりランチも美味しくいただきましたが、ランチがない時間にはエビカレーとオムライスを好んでいただきました。


その後、2022年7月にマスター(小塚剛正さん)が急逝された後、有志のメンバーがシェアキッチンとして運営されてきました。今日の夕方は、α-STATIONの愛称で知られるエフエム京都の杉本雅士会長のお仲間で集う会がありました。この1月で「スウィングキッチンYour」としての運営は終了することもあり、ここでのお仲間の会は最後となるでしょう。今後、この場所がどうなるかは不明ながら、お店のシンボルの一つになっている宮本貞治さんによる長机と長椅子は、一澤(信三郎)帆布さんのところで新たな歴史を刻まれるようです。

立命館大学から近いということもあって、長く立命館大学の教職員におなじみの店の一つでした。シェアキッチンのプロジェクトも、立命館の職員が中心となりました。今日の会では以前にマスターのお連れ合い(久枝さん)から教えていただいたエビカレーが再現されて振る舞われました。ちなみにエビカレーに続いて好んで食べていたオムライスは京都市役所の西にあった「アローン風」*で、そうした懐かしい記憶を想い起こさせてくれた「スウィングキッチンYour」のプロジェクトメンバーの皆さんに敬意と感謝を表します。

*(ただしサイズは小ぶりにアレンジされたもので、Yourよりも早くに閉店となった本家「グリルアローン」<https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26000645/>のオリジナルサイズのものは、)で、そちらは喫茶マドラグの藤井大丸店<https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26034136/>で今も味わうことができます)

2026年1月23日金曜日

ミーティングとリサーチと

今日は朝から立命館大学衣笠キャンパスで、韓国からの国際比較調査チームのヒアリング対応でした。特に高齢者を対象とした大学の地域連携に関する調査を行っているようで、チームメンバーの学生さんが立命館大学サービスラーニングセンターのウェブサイトを見つけて、センターの代表メールに連絡をいただきました。何名で訪れるかは不明でしたが、代表の先生と学生3名の4名でのご訪問でした。

インタビューは英語で、とのことでしたが、立命館大学サービスラーニングセンターの学生スタッフ(学生コーディネーター)のうち、OIC所属で韓国から留学している学生が通訳の協力をいただけるということで、大変助かりました。そもそも、私は高齢者との世代間交流などのプロジェクトを担当していないこともあり、ヒアリングに際しての話題提供は小辻寿規先生にいただくこととしていました。ただ、学生のうち1名はインドからの留学生ということで、部分的には英語での対応も行いました。帰り際のバス停で明らかになったのですが、いわゆる課外活動での展開は着手しやすいものの、いかにして授業として組み立てるかに関心がおありだそうで、立命館大学の前には国際基督教大学のサービス・ラーニングセンターを訪れたそうです。


午後は京都大学の防災研究所にお邪魔しました。まず、来年度に私学研修員として受け入れていただく松田曜子先生とリサーチミーティングをさせていただきました。ふと、2001年に大阪大学の渥美先生のもとを訪れ、社会人入学の後にどのような研究計画で3年を過ごすか、ということを打ち合わせしたときのことを懐かしく思い出しました。学部と修士は土木工学を専門としていたので、改めて工学的なアプローチで復興や防災について深める時間にしたいと、改めて決意を固めるひとときになりました。

ミーティングの後には、京都大学防災研究所による総合防災セミナーに参加させていただきました。通算第109回で、「能登半島地震からの復興まちづくりの現状と課題」をテーマに東北大学災害科学国際研究所の姥浦道生教授が話題提供されました。七尾・田鶴浜にもご縁がおありとのことで、先日、1月18日に北國新聞に掲載された新聞記事も話題に取り上げていただきました。多々納裕一先生にも久々にお目にかかり、来年(から)の研究が一層楽しみとなりました。

2026年1月22日木曜日

55年前のレガシーに触れて

ささやかに、開始時間をすっとばしてしまった今週火曜日の打ち合わせが尾を引いています。改めてメールを見返して、その他の抜け、漏れがないか、チェックもしてみました。ただ、そうした時間の問題だけではなく、火曜日には特段のメモもない中で、長年にわたって展開されてきたプログラムの方針が大転換されることが、じわじわと私を重い気持ちに追い込んできている気がします。お世話になってきた方々にどう伝えるか、今朝はそのことに思索を巡らせました。

10時からはZoomミーティングで、第24回京都学生祭典の第1回企画検討委員会でした。私は今年度末まで大学コンソーシアム京都の学生支援事業部長というお役目をいただいているため、3月までは企画検討委員会の副委員長に指名をいただきました。先日から、京都国際学生映画祭のプレイベントも、障がい学生支援事業企画検討委員会も、この大学コンソーシアム京都の学生支援事業部長というお役目です。大学コンソーシアム京都は、私が2000年度から2006年度まで在職した古巣ということもあり、コロナ禍に見舞われた2021年の4月から5年にわたる任期を通じて、もう少し積極的な貢献をする余地もあったと反省する今日この頃です。


午後はジムで身体をほぐしつつ整えて、大阪・吹田の万博記念公園まで足を運びました。妻が国立民俗学博物館に行く用事があるということで、そのお供でした。日本庭園の駐車場に車を停めると、太陽の塔の背面と、一部が保存された大屋根が目に留まりました。1970年の大阪万博の際には生まれていなかったものの、関係者からのお誘いで足を運んだ2025年の大阪・関西万博の場所が55年後にはどうなっているだろう、と、恐らく私はこの世から去っているであろう世界のことを夢想しました。

そうして小さなリフレッシュはできたものの、今日の17時に締切の報告書が提出できず、これまた小さな自己嫌悪に陥りました。授業が終わった今、成績登録や学会発表のエントリー、また補助金の審査など、いくつか締切が厳格なお仕事が続きます。一方、21:30〜8:30はデジタルデトックスに努めることにしています。加えて、送信先の執務時間以外にはメールを送信しないようにしていることもあり、報告書の遅延のお詫びのメールは明日の朝9時の送信予約とさせていただいて送信すること、ここに記して謝意を表します。

2026年1月21日水曜日

金箔が金に貼られるような時代に

2013年の1月から、毎週水曜日の朝は英語のレッスンの時間としています。きっかけは2012年の10月から、英語で開講する専門科目群「Japan and World Perspectives Program(JWP)」の1つとして開講された「Service Learning」を共同で担当することになったためです。JWPは衣笠キャンパスにあった学部(法学部、産業社会学部、国際関係学部、政策科学部、文学部)に所属する学生が国際社会へ進路の共通目標を設定して学ぶ教育システムである「国際インスティテュート」(2000年開設)のアドバンスト・プログラムとして、2005年に開設されました。国際インスティテュートは、国際関係学部では2011年に、その他の学部は2012年に募集停止となり、英語科目「Service Learning」も2014年度をもって閉講となりました。

私が通っているのはニューヨーク・タイムズ(The New York Times)を教材に、グループで対話するというクラスです。そのため、既に英語の科目を担当していないものの、時事問題に触れること、また英語での対話のファシリテーションの参考にと、今まで受講を続けてきました。今朝の京都は夜のあいだに降った雪がまだ残っていたため、出町柳界隈まで出向いた際に賀茂大橋から出町の三角州を見たとき、いつもよりも凛とした雰囲気のように感じました。そこで、ふと、手持ちのカメラでその空間を切り取ってみました。


ちなみに今日のお題は「There Is a Way Out of This Mess(https://www.nytimes.com/2025/12/31/opinion/trump-gilded-age.html)」、意訳するなら「この混乱からも抜け道はある」です。著者はスミソニアン国立アメリカ歴史博物館の政治史キュレーターのジョン・グリンスパンさんでした。そのため、南北戦争を経て奴隷解放の後に訪れた自由と繁栄の黄金時代(Gilded Age)がもたらされたものの、それは単に束縛からの解放が実現されただけで、むしろ安全軽視のインフラ整備、政治の腐敗、地域コミュニティの崩壊を生み出したと指摘します。その反動として1900年から1960年代まではむしろ各種の法制度などによる規制・抑制によって社会保障を実現する方策が採られたが、現在は各種の規制緩和を経て、新たな格差社会がもたらされている、という記事でした。

なかなかややこしい記事でしたが、特に印象に残ったのが、先に示した自由と繁栄の黄金時代(Gilded Age)について、作家マーク・トウェインが親友(チャールズ・ダドリー・ワーナー)に宛てた1873年の手紙で引用していたシェイクスピアの『ジョン王(King John)』からのエピソードでした。それは「金に金箔を貼る(gild refined gold)」というもので、見方によっては贅を尽くした趣向、冷静に考えれば過剰な悪趣味、そうした意味を提示する表現です。ちなみに記事で使用されていた写真は、トランプ大統領の好みで改修された大統領執務室(The Oval Office)の拡大写真でした。著者が置かれたている社会的・文化的背景も含めて、その本質を読み解く時間となりました。