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2013年1月14日月曜日

翻って訳すか訳して通じ合うか

かねてより、「通訳」と「翻訳」は違う、と思ってきた。何が違うかと言えば、訳し方の違いである。その違いは、通訳者と翻訳者という具合に、人の存在を前に出すと際立ってくるだろう。それらの人がどのような場面に関わっているかと言えば、通訳者は人と人とのあいだで、翻訳者は何らかの作品とその享受者のあいだで、それぞれ媒介者となっている。

本日、應典院のコモンズフェスタでは3つの催しと2つの展示がなされていた。展示については、1階のウオールギャラリーでの福島などを撮影した冨田きよむさんの写真展が16日まで、2階の気づきの広場での前谷康太郎さんの映像インスタレーションが24日までだから、そうした会期の1日であるが、その他の3つは今日、その場でしか味わうことができない場である。当然のこと、としてよいのかわからないが、雨になると人の足は鈍くなる。ましてや三連休の最終日であったことも、人の行動に何らかの影響を与えそうだが、今日は3日間の公演最終日であった彗星マジックさんの舞台公演「アルバート、はなして」も含めて、どれも満場での開催となった。

特に、夜の「解剖!台湾雑誌『ビッグイシュー』」は、予約者の方が半分、当日参加が半分と、大盛況となった。内容については企画者で、当日の進行を担っていただいたOffshore山本佳奈子さんが「予習」と掲げた文章を記されているので、そちらを参照いただくことにしたい。簡単に内容をまとめると、1991年に英国で発祥した路上販売を原則とする雑誌「ビッグイシュー」は各国で展開されているが、2010年4月から展開されている台湾版は、販売エリアである地下鉄沿線では「ジェネレーションY(両親が第二次世界大戦後生まれの、概ね1975年から1989年生まれの人々)」が購入層になるとの見方から、当初から「stay hungry. stay foolish」を編集方針に掲げ、アートディレクションなどに創意工夫を凝らしていることが特徴である。今回、山本さんが進行役となり、大阪で「ローカル・カルチャー・マガジン『IN/SECTS』」の松村貴樹編集長をゲストに、台湾版の特徴を紐解きながら、後半の約1時間を、RinRin(林品佑)さんの通訳もと、skypeによりFines Lee編集長(とスタッフの皆さん)と大阪のお寺に集った皆さんとのやりとりがなされた。

今日の催しで、改めて「通訳」とは「言葉を選びながら通じ合う」ようにすることであり、「自分たちの世界に翻って言葉を変える」とでも言えそうな「翻訳」とは異なるものであることを実感した。かつてフィリップ・トルシエ氏がサッカー日本代表の監督を務めたとき、通訳を担当したフロラン・ダバディ氏が、相当の意訳をしている、と各所で指摘されたが、文脈があって成り立つ会話では、直訳をするだけでは相手の思いは伝わらず、互いの思いは通じ合わないだろう。ちなみに今日は昼にパドマ幼稚園の講堂をお借りして、坂出達典さんと梅田哲也さんによるサウンドパフォーマンス「美しいノイズの世界〜陽だまりに羽虫の音のかすかなり~」も開催されたが、それこそ言葉や音の世界に、曇りや澱みをなくしてしまっては、逆に違和感ばかりが際立つのではないだろうか。「ふわっとした民意」などと評される政治の世界にはいささか辟易としているのだが、それでも、ノイズなき、直訳に近い作品になってしまった、フルデジタル作画により、セル画制作の時代に感じていた「ぶれ」や「にじみ」によるあたたかさが皆無になってしまった『サザエさん』に無念を抱く、成人の日であった。

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