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2026年1月17日土曜日

あの日から31年

浜松に向かう「ひかり502号」の車内で、この文を書いています。阪神・淡路大震災から31年が過ぎ、1月17日を特別な日として過ごす人は少なくなってきているのかもしれません。かつて大阪で暮らしていた頃は、決まって朝を神戸市中央区の東遊園地で過ごしていました。東日本大震災の後に京都で再び暮らすようになり、さらにはコロナ禍を経て、やや足が遠のいてしまいました。最後に5時46分を神戸で迎えたのは2020年1月17日で、その後は日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)による西宮市の慰霊碑の中継を拝見させていただくことが続いています。

一方、京都暮らしを続ける中で、左京区鹿ヶ谷の法然院で1月16日ないし17日に開催される「兵庫県南部地震物故衆生追悼の集い」に足を運ばせていただくようになりました。4年前の28回忌が最初で、今年の32回忌にも参加させていただきました。本堂での法要の後、参列者で鐘を撞き、庫裏玄関で友枝良平さんによる楊琴の追悼演奏というのが決まった流れです。かつて大阪市天王寺区にある應典院に身を置いたときに、お念仏と梵鐘を撞いていたことが懐かしく想い起こされます。(ちなみに、法然院での追悼の集いは、来年の33回忌を持って弔い上げとされるようで、その後の場のあり方は未定だそうです。)



そんな中、今年はキャンパスプラザ京都にて「災害ボランティアと地域防災がつながる1日!」(https://activo.jp/articles/121577)という企画がありました。話題提供者となる学生を推薦したこともあって、開会から終了まで参加させていただいたのですが、終了後、同じ職場のスタッフから「途中から口がへの字でしたね」と言われて、ハッとしました。確かに私は相当イライラしていたのです。進行役の方が時間ばかりを気にしていることが度重ねて口にされ、話題提供者や参加者が内容を深めることが軽視されているのではないかと感じていたため、そうした率直な感想を終了直前に4人程度のグループディスカッションをする際に同じグループになった方にも共有させていただきました。

プログラムの終了直前、参加者から自由に発言を、と会場にマイクが向けられた折に私と同じグループになった方で、神戸市出身の大学生が「30秒でもいいので神戸に祈りを」と投げかけてくれました。参加者の一部から「いいと思います!」といった声もあったのですが、全体で黙祷の時間が取られることはありませんでした。主催者として21時の退館を厳守したい、という気持ちはもちろん理解をするのですが、あの日、「おはよう」と言葉を交わせなかった方、「行ってきます」と言って「ただいま」と言えなかった方、また「行ってらっしゃい」と言って「おかえり」を言えなかった方、そうした方々に思いを馳せるべく、時間の流れを止めてもいいのではないか、と考えるうちに、への字口の表情となって出てしまっていたのでしょう。慌ただしく流れていく時間を止めて、言葉を発することなく今を丁寧に生きることを考える場を共に過ごす、そうした機会が大切にされることを願ってやみません。

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