ブログ内検索

2014年4月5日土曜日

家捜しならぬ室探し

先般「ヤサガシしますね」と伝えたところ、不思議な間合いが生まれてしまった。ふと「どこにあるのか探してみますね」と伝えなおすと、そこで始めて合点がいったらしい。そして「引っ越すのかと思いました」と、言葉が重ねられた。なるほど「家捜し」は「イエサガシ」とも読むことができる。

モノにまつわる物語に固執する傾向もあって、私の身の周りは多くのモノにあふれている。捨てられない上に、新しものにも惹かれてしまうという両面により、モノはどんどん増えていく。ただ、scansnapシリーズの登場と進化、また紙のデジタル化だけでなくカセットテープやVHSテープの内容を専用機材の低廉化、さらには稀少金属の再利用を目的とした小型家電の回収プログラムの定着化などにより、微減ではあるが、目に見えるものは減りつつある。それでも、そうして次のサイクルに持っていく直前には、大抵の場合、そのモノにまつわる思い出を想い起こし、いっこうに片付けが進まない、という逆流現象が生まれる。

井上陽水さんの「夢の中へ」ではないが、今日は「家捜し」ならぬ「室捜し」に集中した一日となった。というのも、大学から充てていただいている個人研究室が、ダンボールの山になって久しかったためである。それはこの数年を振り返っても、2007年の大阪への引っ越し(京町家からマンションへ)、2011年の研究室の引っ越し(同志社から立命館へ)、2013年のキャンパス間での研究室の引っ越し(びわこ・くさつキャンパスから衣笠キャンパスへ)と京都への引っ越し(マンションから2軒長屋の1棟へ)と、モノの移動が頻繁に重ねられてきたことによる。しかも、それぞれの場所から場所へと移動させていく際に、微妙に部屋の大きさが異なっており、結果として「空けずのままの移動」や「仮の梱包のまま幾年月」となってしまってきたのだ。

幸いにしてもっとも捜し出したいものは見つかったが、捜索の過程で、整理魂に火がついてしまった。私の立ち居振るまいを知っている人には信じてもらえないところもあるだろうが、整頓は苦手でも、整理は得意な方である。こうして二つの言葉を厳密に区別して論じている時点でややこしい輩と思われるだろう。ともかく、乗りかけた船ならぬ、開け始めた箱ということで、いわゆる断捨離を続ける中、実に懐かしい絵(1997年頃)と再会し、やはり思い出に浸りながら、遅々として進まない片付けモードとなってしまうのであった。


0 件のコメント:

コメントを投稿