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2014年4月6日日曜日

懐かしい顔に会う

日付が変わるまで、「見つけにくいもの」を「捜した」昨日から一転、今日は懐かしい顔に会いに出かけることにした。場所は丹波ワインハウスである。京都市内から車で1時間ほどの旅路であった。途中、国道9号線の千代原口交差点の立体交差化、さらには京都縦貫道の整備など、随所にコンクリートによる地域の変化を感じた。

丹波ワインに訪れることが懐かしい顔と再会することになるのは、2006年から2011年まで同志社大学院総合政策科学研究科のソーシャル・イノベーション研究コース(現在は「ソーシャル・イノベーションコース」)に職を得ていた際に、食文化の観点から関わりを重ねていたためである。具体的には、産官学地域連携の窓口となる「リエゾンオフィス」を中核に同志社大学が設立したNPO「NPO法人同志社大学 産官学連携支援ネットワーク」によるプロジェクトの代表をさせていただいていたのだ。プロジェクトは京都府の地域力再生事業に採択され、「京丹波特産品のブランド化による地域活性化〜農畜産物生産者と若者による食文化ネットワークの構築」 と題して活動を重ねてきた。特に初年度の内容について、プロジェクトの中心を担っていただいた院生の方(西村和代さん)が「地域の活力を生み出す農畜産品ブランド化と食文化の発信へ―京丹波プロジェクト「1年目の挑戦」―」 にまとめてくださっている。

「金の切れ目が縁の切れ目」という物言いがあるが、私にとって京丹波は「所属の切れ目が縁の切れ目」になってしまった感があり、自責の念に駆られつつの訪問となった。今回も「同志社でお世話になった…」という枕詞を掲げて、多くの方にご挨拶をさせていただいた。行政による予算執行に対して批判を唱える研究者が多いことを思うと、大学による地域連携において所属の断絶が予測される人材を中軸に地域の方々を巻き込むことは、大学もまた社会システムの一要素として負の側面を安定的かつ再帰的に作動させてしまっているのだろう。そうした中、京丹波と私の縁は、所属の変化に関係なくつながってきた仲間が、「京都地域創造基金」による「若年性認知症サポートファンド」などの形で、一方的な「供給と消費」や「提案と応諾」という関係ではなく、多くの他者を巻き込んだ動きへと導いていってくれた。

今日はあいにくの雨と風により、桜が舞う中でワインハウスへ向かうことになった。ちょうど、クラシックカーフェスティバルが開催されていたので、人の再会を懐かしむだけでなく、「フロントマスク」などと擬人化される車にも懐かしみの感覚を寄せる日となったが、例のプロジェクトの後に体調を崩された方がおられたこと、あわせて当時に重ねた関係のいくつかは切れてしまっていることを知ることになった。ともあれ、挨拶を重ねた多くの方に憶えていただけていたのがうれしく、はずかしく、また5月の連休にお邪魔することに決めた。車でワイナリーに行くと飲めない、というモヤモヤが残るのだが、この3年ほどのモヤモヤに向き合った一日は、選挙に行った後に実家との電話でさらなるモヤモヤに包まれつつ、赤のフルボディを妻と共に一本飲み干してしまった。


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