人と出会い、人と語り、そして人と学ぶことが生き甲斐だと思っている。だからこそ、「呼べば応える」生き方を生きているつもりだ。予定も公開しているし、電子メールも「Re:」という標題で届いた返信以外には「ほぼ」返信しているつもりである。また、報酬の如何は問わず、予定が空いている限り、仕事の依頼は断ることなく勤めさせていただいてきた。
しかしながら、最近、身体がついてこない感覚に浸ることが増えてきた。自らの身体に対する「老い」と同時に、自らの社会的役割の変化も実感している。「選択と集中」が経営戦略のキーワードとして注目されるようになって久しいが、私の仕事や生き甲斐には「共感的理解」をとおして先方と合意した「選択と集中」が必要だと考えるようになった。言うまでもなくその背景には、僧侶(B)としてお寺で働きながら、程なく住居も変える決断をしたこともある。
「いのちのことを扱うのが究極のアートだ」と、大蓮寺・應典院の秋田光彦住職は言う。本日、應典院に来山いただいた町田宗鳳さん(広島大学教授)とミナミの「坊主バー」でご一緒したのであるが、日本の仏教には芸術性が足りない、と仰っていた。そんななか、劇場寺院としての應典院、アートNPOとしての應典院寺町倶楽部と、幸いにして私が働くお寺においてはアート、芸術を扱う素地は多い。だからこそ、アートや芸術を扱うことがいかに宗教的か、そうした両者からの論理展開ができるよう、多くの場所を移動しつつも、「仏教の可能性」と「仏教の不可能性」の両面に向き合っていきたいと思っている。
がんばれ仏教!:お寺ルネサンスの時代
第3章 魅力ある寺・僧侶とは
1 秋田光彦−−寺よ僧侶よアーティストたれ!(抜粋)
第3章 魅力ある寺・僧侶とは
1 秋田光彦−−寺よ僧侶よアーティストたれ!(抜粋)
寺は、「学び・楽しみ・癒し」の場であり、人間の生活の質、生き方の質を支え、変革していく「社会的芸術」の場でもあるのではないか。そして、家が寺だからといった、職種と条件のマッチングだけでは僧侶の本当の「やりがい」は得られない。明確な職業観を養い、自分らしいモチベーションを高めなければどうにもならない時代なのだ。さらに、「寺壇」組織の単なる歯車としての�労働�ではなく、自身の創造性を発揮できる寺の創出が必要なのではないか。
私たちが生きていく中で、そして生き死にの中での「困難な課題を巧みに解決し得る熟練した技術」を持つ者、それがまさに日本文化における僧侶の役割ではなかったか。そしてまさに、「小さくてもいい、地域の人々の生活や生き方の質を高めていける『持続可能な寺』」が今求められているのではないだろうか。
アーティストとは、日常生活に埋没している私たちの目には見えなくなっている「光」や「影」を見ることのできる人たちである。その表現によって、私たちを目覚めさせ、生きることの新しい意味に気づかせてくれる。生きる力に気づかせてくる。そんな「社会的芸術家」としての寺が、僧侶が、今求められているのではないか。
そして、日本仏教の開祖たちを思い返してみても、彼らは皆「社会芸術家」だった。空海、法然、親鸞、一遍、道元、日蓮……、誰もが皆アーティストである。それも、掛け軸用に書をしたためるといったレベルのアーティストではなく、社会というキャンパスいっぱいに雄渾な絵を、いのちを込めて描ききったアーティストではないか。
寺よ、僧侶よ、アーティストたれ! それが應典院、秋田の仏教界へのメッセージなのだ。
上田(2004) pp.128-129
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