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2016年4月21日木曜日

共に感じ苦しむ現場でのたたずまい

 労働(labor)と仕事(work)と活動(action)は違うことを、ハンナ・アーレントが『人間の条件』で示している。労働は嫌でも対価を生み、仕事は自ずと成果を生み、活動は後に物語を生む、という具合である。このことは既に2011年10月7日に「活動的生活」で動くより、考える「観照的生活」を増やしたい、とつぶやいた。この思いは今も変わらない。
 昨晩、塩谷集落の住民らによる活動団体「塩谷分校」の定例会では、活動の話よりも生活の話が多く語られた。それも日常生活ではなく、新潟県中越地震の際の避難生活が中心となった。渥美公秀先生が熊本の状況を報告されたのが契機となった。始めて触れる話に関心が向いたが、11年経った今もよく覚えておられることが印象的だった。
 長岡から京都に戻る途中、東京で降りた。久々に、八重洲ブックセンターに立ち寄ったのだ。立命館の広報課を通して、フジテレビの番組への電話出演の依頼をいただいたためだ。聞き手が国際政治学者の三浦瑠麗さんと聞き、何冊かを求めたのである。
 京都に戻ると、衣笠キャンパスにて、立命館大学サービスラーニングセンター科目の「全学インターンシップ」のオリエンテーションを担当した。その後、今後の打合せをして、番組出演に備えた。三浦さんの著書の冒頭で「コンパッション」が語られていたので、熊本や大分の支援でも共に苦しむことが大事、と示した。何をするかより、たたずまいを大事にしたい。

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