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2009年7月12日日曜日

dekigoto

"dekigoto":それは、無形のものづくり

 イベント屋、という言い方はあまり好きではありません。開催時期を見極めて、その場にどんな意味が生まれるかを考え、人脈を駆使して情報をとりまとめ、お金を工面し、ひととものをうまく集めていく、確かにそれが日々向き合っている仕事です。そうして時間をかけて組み立てている作業の意義が、「屋」ということばで片付けられるのが、感覚的に嫌なのです。その場が生まれた意味に対し、手配師として手柄を主張したり、各方面からの反応に奢ってはならない、そう考えているためでもあります。
 ともあれ、常々、イベントばかりに関わっております。関わりというのは、企画のみならず、お招きや出演をさせていただくこともあります。その他にも、一参加者としてお伺いさせていただくこともあります。ただ、それ以上に、告知をいただきながら、日程の調整がつかず、文字面を眺めて悔しい思いに浸ることも多いです。
 イベントという表現をカタカナ以外で伝えよ、と言われれば、迷わず「出来事」ということばを選びます。かたちある物に対し、かたちのないもの、それが出来事だと捉えています。しかし、そんな出来事をつくるのは人です。ある空間に、どんな時間を流すのか、その企てをする仲間と、その企てに乗る新たな仲間が、場の意味を織りなしていく、そう考えています。
 組織の中では立場が人を育てる、とも言われることに着想を得て、イベントがまちを育てる、そんな観点で「上町台地.cotocoto」と「上町台地.cotocoto+」という、イベントデータベースと地域資源データベースの構築にも参画しました。2006年度に大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所より研究費を頂いて行った仕事です。そこでは上町台地という地域にまつわるイベントが集約されることを前提にしていますので、このブログでは今後、私にまつわるイベントを紹介させていただきます。それぞれ、イベント名の前に、【出演】、【企画】、【運営】、【参加】、【告知】といった目印をつけていきますので、どうぞ、それぞれの「出来事づくり」に取り組んでいる方々に思いを馳せ、足を運んでいただければ、と願っています。

2009年7月12日執筆、7月12日更新。
以下、投稿一覧。

2009年7月7日火曜日

field

研究のフィールドとツール

 フィールドワークを通じて人間科学の研究に携わっている、と言っても何をどうしているのかまったくわからないと思います。ここでは、研究のフィールドを紹介し、それらにどのように向き合っているのかについて紹介します。

 具体的な研究の場と専門を紹介する前に、私が研究と言う時には何を指すのかについて、簡単に整理しておきます。簡単にまとめていますので、あまり興味を持てないということであれば、具体的な研究フィールドや、研究のキーワードからお読みいただいた方が関心を抱きやすいかもしれません。ですので、このページの目次を示します。



  • <私にとっての研究の枠組み>
    1. 実証ではなく実践としての研究
    2. グループ・ダイナミックスという理論
    3. グループ・ダイナミックスの理論と実践:協働的実践における文脈拡張による共同性の承認
  • <私の研究フィールド>
  • <私の研究のキーワード>


  • <(私にとっての)研究の枠組み>

    1.実証ではなく実践としての研究



     まず、私の研究が「実証的研究」ではなく「実践的研究」であることを示しておきましょう。参考にするのは、ケネス・J・ガーゲンというアメリカ合衆国の心理学者の書物です(Gergen,
    1994)。


    • ケネス・J・ガーゲン(著) 永田 素彦・深尾 誠(訳) 2004 社会構成主義の理論と実践:関係性が現実をつくる ナカニシヤ出版(原著:Gergen, K. J. 1994b Realities and relationships : Soundings in social construction. Cambridge, Mass. : Harvard University Press.)

    序文及び三重大学の永田素彦先生によるあとがきが、京都大学の杉万俊夫先生のウェブサイトにて参照できます。
    http://www.users.kudpc.kyoto-u.ac.jp/~c54175/research/theoretical_study/T-0015.htm


     これまで、特に大学院博士前期課程(修士課程)まで、取り組んできた自然科学の領域においては、研究とは「追試可能性」を前提にして、新たな発見を導くものとされてきました。追試可能性とは、結果の信頼性や妥当性、また状況の再現性などに関する普遍性を問題とする、ということです。

     こうした研究は、実証的研究とされています。たとえ、それが何らかの実践を通じた研究であったとしても、同様の問題に対して呈示した仮説を実際のデータを用いて証明するという様式ですから、実証的研究です。

     実証的研究の基本的な枠組みは、しばしば「仮説演繹法」と言われてきました。それは、観察-仮説導出-検証-仮説修正という4つの段階が際限なく続けられ、正確で、十分に明瞭で、妥当で、総合に関連する命題のネットワークが生み出されるのが理想とされます。

     ここで、命題のネットワークとは、学問体系の構成要素のことです。特に、理論とメタ理論、そして方法論の3つが相互に関連していることに着目して、それらの命題のネットワークを「中核的命題群(intelligibility nucleus)」と呼びます。

     一言で示すならば、実証的研究の中核的命題群は、「論理実証主義」をメタ理論にした行動主義理論により、実験的方法論が取られてきたということになります。特に、心理学の分野においては、心理学の場合、研究の中心は個人の行動であり、個人の行動は、現実世界の諸状況を先行条件とする帰結とみなされていました。ですから、研究者は、観察による検証を通じて、当初の仮説が信頼に足るものであるのか、修正されるべきものなのか、棄却されるものなのかを明らかにすることが「当たり前」になっていたのです。

     行動主義とは、人間の行動が、環境からの入力によって導かれ、統制され、刺激を受けた、一連の「反応」であると考える理論です。この理論は、この理論自体が、世界は機械的に関係する実体からなる秩序あるもの(仮説構成体)というメタ理論との相互関連性が深いものでしたから、ごく自然に実証的方法に頼ることができました。ここで実証的方法というのは、実験室実験を指します。したがって、刺激と反応との間の因果関係は実験によって明らかになるという考えに基づき、それらの実験から生みだされた結果が人間の行動を解明したものとされ、それらの研究成果が世界の事実を検証していく合理的、経験的な産物と位置づけられてきました。

     しかし、実践的研究では、世界は協働的関係の産物とする「社会構成主義」をメタ理論に、社会から個人に対する一方向的な因果関係(刺激→反応)の連鎖によって世界が構成されるのではなく、有機体はそれ自身の自律的な行動要因を持っているとする「生成力」に着目した理論によって、フィールド研究、質的研究、事例研究法、対話的研究法、など実験に代わる新たな研究方法が模索されてきました。繰り返しますが、実証的研究と実践的研究では、こうした中核的命題群(メタ理論・理論・方法論)が転換しています。社会実験などと称されるものは、仮説検証型の論理実証主義をもとにしているという点で、実践的研究とは言えません。

     このように、同じ科学の営みであるといっても、実践的研究とは、実証的研究とはまったく異なります。歴史的に見れば、実証的研究から実践的研究への転換がもたらされたと捉えることができます。このように、特にメタ理論と方法論に着目することによって、その研究がどのような枠組みであるかを検討することができます。一般に理論にばかり注目が集まりますが、それがどのような背景(理論ための理論:メタ理論)に基づき、どのような手段(具体的な研究の手法:方法論)によっているのかを見ることによって、その研究の枠組みについて検討することが可能です。

     この、実践的研究として取り組む学問の体系を、自然科学に対して人間科学として位置づけます。ここまでガーゲンの書物を参考にしてきましたが、日本における各種実践も交えながら整理した書物として、「このサイトの使い方」に掲げた書物が参考になります。ここに再掲しておきます。


    • 渥美 公秀 2001 ボランティアの知:実践としてのボランティア研究 大阪大学出版会
    • ウヴェ・フリック(著)  小野 博志・山本 則子・春日 常・宮地 尚子(訳) 質的研究入門:<人間の科学>のための方法論 春秋社 (原著…Flick, U. 1995 An introduction to qualitative research, 2nd ed. London : Sage. )
    • 楽学舎 2000 看護のための人間科学を求めて ナカニシヤ出版
    • 杉万 俊夫(編) 2000 よみがえるコミュニティ:フィールドワーク人間科学 ミネルヴァ書房



    2.グループ・ダイナミックスという理論



     では、実践的研究として、社会構成主義をメタ理論に、フィールドワークなどの方法論をつうじて質的研究に取り組む上での理論は何か。それは、グループ・ダイナミックスです。正確に言えば、人間科学としてのグループ・ダイナミックスです。人間科学としてのグループ・ダイナミックスと言っても漠然としていますから、生命現象や社会現象について扱っている「物語科学」として位置づけられ、さらに研究対象のあるべき姿を構想し、実践に結びつけていくという「設計科学」を志向する体系であるという表現を借りることにします。これは、私の指導教員でもある、渥美公秀先生の記述によるところです。


    • 渥美 公秀 2003 ボランティア研究の展開:物語の設計科学に向けた議論 大阪大学大学院人間科学研究科ボランティア人間科学紀要SYN, 3, 7-16.


     グループ・ダイナミックスの実践的研究は、現場の人々とともに「協働の目標に向かって物語を紡ぎ出す(渥美, 2003:p.35)」協働的実践として、誰と、どのような目標に向かって物語を展開しているのか、その言語化を丁寧に行っていかなければならないとしています。つまり、グループ・ダイナミックスの研究における成果(物)は、研究者と実践家とともに紡ぎ出す「エスノグラフィー(民族誌)」となります。

     しかし、このような枠組みでのグループ・ダイナミックスは、先述のとおりに「第三世代」なのです。ここで、日本におけるグループ・ダイナミックスの発展の経過をまとめた論文を手がかりに、その背景を整理しておきます。なお、以下の論文では、第二世代までが示されていますが、それを経て第三世代にある、というような意味合いで捉えていただければと思います。つまりは、アメリカ合衆国での研究を導入した黎明期を第一期、論理実証主義をもとにした第二期、そして社会構成主義をもとにした第三期、という整理です。この整理は、渥美公秀先生によるところです。


    • Sugiman, T. 1998 Group Dynamics in Japan. Asian Journal of Social Psychology, 1(1), 51-74.

    全文が京都大学の杉万俊夫先生のウェブページから参照できます。
    http://www.users.kudpc.kyoto-u.ac.jp/~c54175/research/theoretical_study/T-004.htm


     日本におけるグループ・ダイナミックスの黎明期は、ドイツ系ユダヤ人のクルト・レヴィンによって創設された集団研究を輸入したものです。レヴィンは社会科学に軸足を置いて、パジャマ工場の生産性向上やB29に何人乗るのがよいのかなど、実践的な問題を取り扱っていました。そうした学問が、第二次世界大戦直後に日本に輸入された目的は、日本社会における民主主義の制度や機関をもって権威主義の伝統をとって変えようとするものであり、三隅二不二や佐々木薫が担い手となってリーダーシップや集団意志決定の研究や、林知己夫による多変量解析方法などを用いた質的データの数量化方法によって、教室におけるソシオメトリック地位や犯罪者の仮釈放基準など、グループに関する本質的・実際的な研究が行われました。

     その後、日本のグループ・ダイナミックスは、論理実証主義をメタ理論とした社会における個人研究(Individual Phycology in a society)の隆盛という第二段階へと移行します。フランスではデュルケムなどにより集合的な社会主義に傾倒していく1950年代~60年代に、アメリカの影響を中心的に受けながら、集団の行動に「人間の脳」を見立て、心身二元論が支配する段階でした。ただし、このような認知主義の時代が到来した中で、先ほどのガーゲンはこの段階(第二段階)を「やっかいな状況」であると示します。それは、認知主義とは、外界からの刺激に反応すると捉える行動主義に対する批判から生まれたものの、自分がそもそももっているスキーマと合致するように解釈してしまうことが象徴するように、メタ理論としての論理実証主義と方法論としての実験という手法から転換できていなかったためです。

     そして現在、日本のグループ・ダイナミックスは、廣松渉の共同主観的認識論などによる哲学や、大澤真幸の社会学的身体論などの社会学をの影響を受けた、第三段階にあります。特に、1990年代になって、再びグループとは、ということを本質的に取り組み始めました。同時に、学問体系における心理学という部分集合を飛び出し、メタ理論を社会構成主義へと転換したのです。生成力のある理論としてのグループ・ダイナミックスの中に、社会学と心理学が入り始めたとも言えます。さらにその研究方法は、言説の交流の場への参与観察に基づくものとなりました。

     この、第三段階のグループ・ダイナミックスこそが、私が採用している研究の枠組みです。ここまでの説明でまだピンと来ないという場合には、同じくガーゲンの著作をお目通しいただきたいと思います。特に、社会心理学とは社会の事柄に関する個人の心理学を取り扱うものではないということが、平明に述べられています。


    • ケネス・J・ガーゲン(著) 永田 素彦・深尾 誠(訳) 2004 社会構成主義の理論と実践:関係性が現実をつくる ナカニシヤ出版(原著:Gergen, K. J. 1994b Realities and relationships : Soundings in social construction. Cambridge, Mass. : Harvard University Press.)

    http://www.users.kudpc.kyoto-u.ac.jp/~c54175/combine-gaiyo.htm



    3.グループ・ダイナミックスの理論と実践:協働的実践における文脈拡張による共同性の承認



     ここまで、私の研究は実践的研究として(第三世代の)グループ・ダイナミックスを理論的枠組みに据え、社会構成主義をメタ理論に、限定された時期に、限定された場所で、限定された人々とともに行われる「ローカルな協働的実践」(実践家との局所的な共同研究)であることを述べてきました。人に依存する「アイデア」や「人脈」などについて、取り組みの地域間で差異が出ることは必然ですから、実証ということばがそぐわしくないことは、感覚的にも伝わるのではないかと思います。とはいえ、それがなぜ研究と言えるのか、具体的にグループ・ダイナミックスは何をどうするという理論なのか、その疑問がわくのではないでしょうか。ここでは改めて、第三段階のグループ・ダイナミックスとは何かを、渥美公秀先生の著作を要約することで、大まかに掴んでおくことにします。

    渥美 公秀 2001 ボランティアの知:実践としてのボランティア研究 大阪大学出版会
    (12ページから21ページの部分要約)


     グループ・ダイナミックスは、人間の集合体を一つの全体としてとらえ、その全体的性質(集合性)のダイナミックスを明らかにする学問である。グループ・ダイナミックスは、「研究者と研究対象との間に一線を画すことはできない」ということを公理とし、「よい理論ほど実践的なものはない」という姿勢を堅持しながら研究を進めていく。(pp12-13)

     グループ・ダイナミックスは、客観的事実についての理論を実証的方法で検討するという論理実証主義研究スタイルを棄却する。理論の価値は、実在すると想定される客観的事実を描写することにあるのではないと考える。そして、研究は価値中立的ではありえず、研究の成果として"真なる知"が時代を超えて蓄積されたりはしないという立場を採る。(pp14-15)

     外在的な現実が客観的に存在するとは考えないグループ・ダイナミックスは、理論のもつ生成力によって理論を評価する。生成力とは、社会の前提そのものを疑い、その結果、社会の中に新鮮な代替案を生みだす能力のことである。(p15)

     グループ・ダイナミックスにおいて「よい理論ほど実践的なものはない」という際の「よい理論」とは、生成力を持った理論である。優れた理論とは、外在的現実(なるもの)との照合によって実証されるものではない。理論に「表現力を与える」事例をもって例証され、新たなる実践を生成する理論が高い評価を得る。(pp15-16)

     まずは、予測したい結果や制御の結果得たいと考える現実が構想される。そして、先取りされた予測・制御結果に向けて、現実を、いや過去をも構成していくのである。言い換えれば、実践の現場においてこうあってほしいという価値観が先に存在する。そして、その目標のために、さまざまな言説を通して、ある時は目標を意図的に隠して、現実を社会的に構成するのである。(p17)

     社会構成主義の立場から生成力に配視するならば、理論の例証となる表現力をもった事例を提示できるような方法が必要となる。そのために、研究者は、当事者の構成した現実にどっぷりとつかりながら、"かつ同時に"、その現実から離れて研究者の構成する現場に自らをずらし、相異なる構成的現実からこそ見えてくる世界を把握する。(p17)

     ただし、研究者だけが何らかの基底的・原理的な知識を独占し、研究者にとって外在する当事者の世界に対峙するのではない。また、当事者だけが現場を知っていて、研究者は当事者にとって外在的に関与するものでもない。互いに相異なる世界に住みながら、互いの言説を交差させ、対外の世界に変化をもたらす。この過程が協働的実践である。(p19)

     研究者は、協働的実践のプロセスを書き留めた記述としてエスノグラフィーを記していく。研究者は、協働的実践を行う過程で、随時記録をとり、さまざまな資料を収集する。また、研究者自身が受けた印象や、協働的実践を進めていくうえでヒントとなるような事柄や展望をメモに残したりする。こうした一連の記録は、フィールドノートと呼ばれる。研究者は、研究室と現場を往復する中で、折に触れフィールドノートを整理する(これをフィールドノーツという)わけだが、エスノグラフィーは、こうして蓄積されたフィールドノーツをもとに、協働的実践の過程を理論的な関心から、再整理して綴られた文章のことである。エスノグラフィーには、いわゆる現場の資料とともに、研究者の経験や理論的な考察(の糸口)が、整理して記述されることになる。(pp20-21)

     エスノグラフィーには、淡々とした記述もあれば、小説のように人々の生きざまを縷々綴っていくという形態もある。ただし、インフォーマントからできるだけ正確な情報を入手し、その情報に基づいて客観的に記述するというスタイルではない。このようなスタイルでは、インフォーマントが"真なる"現場"を独占的にしているという構図を厳密には免れないからだ。(p21)

     特定の現場に立つ研究者と当事者が織り成す言説としてのエスノグラフィーは、通常、時間的にも空間的にも局所的であり特個的である。その言説は、そこに含まれる理論が真理を突いているから一般性をもつのではない。また、当事者の経験が生き生きと綴られているから影響力をもつわけでもない。エスノグラフィーは、抽象化された言説=理論を含んでこそ、時間的・空間的に離れた世界にも影響する。このように導かれた研究結果=実践結果は、現場とは直接に関係をもたない人々の何を妥当な解釈とし、何を妥当な解釈としないかという解釈の枠組みに流れ込む。研究結果は、人々の解釈の枠組みにおいて、真実味をもって迎えられたならば、生成力のある研究成果となるのである。(pp21-22)

     整理すると、(第三段階の)グループ・ダイナミックスは、社会構成主義をメタ理論とし、生成力のある理論をもって、言説の交流の過程を追う実践を、参与観察という方法をもって、エスノグラフィーを成果とする研究です。集合体の動態(グループのダイナミックス)に着目し、研究者であれ実践者であれ、現場における発言者の意味を巡ってその意味を(場合によって否定することを)承認しあうという共同性を承認すること、それが新しい現実を、あるいは過去を構成していくことになります。少し難しい表現を使えば、現場における共同性の承認の過程を追うということは、協働的実践において、研究者と実践家の双方における文脈拡張を行っていくということです。つまり、相互理解を進めていくことや、あるいは相互理解を求めること、このことが研究者と実践家の間に一線を画さないという意味です。そして、双方に現前する問題を協働で解決していくとき、新たな理論が生まれていきます。こうして現場から生まれた生成力が「中範囲の理論」であるとされ、それらを生みだした理論がグループ・ダイナミックスであると考えます。もちろん、そこには現実は社会的に構成される、という社会構成主義というメタ理論があります。

    <私の研究フィールド> 



     こうした研究の枠組みに基づいて、以下のような現場を、研究の場としています。それぞれの研究テーマも簡単に掲げておきます。こうしたフィールドをまたぎながら、人は問題解決のためにどのような組織をつくるか?、課題を問題として認識する過程に普遍性はあるか?、学生はコミュニティの一員としてどのように機能するか?、地域において大学とはどのような資源として機能するか?といった問いに向きあっています。 


      • 「規範の伝達」からとらえた教育・人材育成プログラムの効果の検討
      • 産官学地域共同研究の基盤整備による問題解決ネットワークの構築

        (事務局員として、2000年度より勤務しています。2004年度より研究主幹となりました。)

      • 都心部におけるネットワーク型まちづくりのグループ・ダイナミックス

        (発会以前よりオブザーバーとして関わってきました。2004年度より事務局長となりました。)

    • ecostyle.net(中華人民共和国内モンゴル自治区バイアールイエ沙丘)
      • 状況的関心で望む環境学習プログラムを通した環境問題解決のインターローカリティ

        (2001年3月より4回の現地訪問を行っています。大学生たちによるエコツアーの引率等も行っています。)

      • 超越性のある「声」を用いた地球温暖化への気づきを喚起する環境教育の実践

        (1997年のCOP3時には前進の「気候フォーラム'97」の事務局員でした。その後1998年に「地球へのお手紙・地球からお返事」という環境教育プログラムを導入しました。)

      • 理事及び実務者に対する専門的研修パッケージの開発

        (法人設立前より運営委員として関わってきました。その後常務理事を務め、法人の管理・運営に関わるとともに、各種研修内容を企画し、実践しています。)

      • 地域通貨の導入による地域活性化

        (地域通貨「おうみ」システムの企画立案に取り組んできました。特に諸外国の事例の調査を担当し、理論的枠組みを精緻化していくための貢献をしてきました。)


    <私の研究のキーワード> 



    • グループ・ダイナミックス
    • 社会構成主義
    • 質的研究
    • 言説戦略
    • NPO
    • インターンシップ
    • コミュニティ・ソリューション
    • コミュニティ・シンクタンク
    • コミュニティ・ビジネス&サービス
    • 地域通貨
    • ソーシャルキャピタル
    • エコツアー
    • 状況的関心
    • 構造的関心
    • 超越性
    • 規範の伝達
    • 共同性の承認
    • 文脈拡張
    • ネットワーキング
    • メタファー
    • 教育・人材育成


    2005年2月24日最終更新

    toolbox

    私が活用しているこだわりの「道具」を紹介します。


    • コンピュータ
      • MacBook Pro 15インチ
      • MacBook Pro 17インチ
      • Let's Note CF-R6(プレミアムエディション)
      • Canon PIXUS 80i

    • カメラ
      • ニコン F3
      • ニコン F801s
      • ニコン D40
      • ニコン Coolpix P50
      • SONY DSC-R1
      • Pentax Optio 43WR

    • 電話
      • iPhone 3G(16インチ・白)【現役】
      • Motorola RAZR V3 Maxx(オレンジ)【引退】
      • NTT DoCoMo M1000(Motorola製)【引退】
      • NTT DoCoMo ムーバM(Motorola製)【引退】

    • カバン
      • 信三郎帆布 H-04(薄茶×うぐいす)
      • Munekawa フルオーダーボストンバッグ
      • ビジィ・ビーバー サイズアップスリーウェイショルダーバッグM(ブラック)
      • DIME別注 ビジィ・ビーバー マグタスナイロンバック
      • DIME別注 吉田カバン バックパック
      • BREE ELCH

    • のりもの
      • ビゴーレカタオカ スタンダード(黒)
      • ブリジストン トランジット(青)
      • ヤマハ ZeaL(白)
      • スズキ ジムニーSJ30(オレンジ)【引退】
      • プジョー 205 Automatic【引退】
      • ダイハツ ハイゼット電気自動車 GD-S200V(改)【モニター使用】
      • <環境省からのモニターでした>
        • 京都他、いくつかの都市での実証実験でした。
      • ニッサン シルビア S13 Q'z(後期・黒)【引退】
      • <大学の先輩から譲っていただきました>
        • 大学の同級生に譲りました
      • ホンダ アクティストリート S13 Q'z(あずき色)【引退】
      • <バイト先の先輩から譲っていただきました>
        • 深夜2時頃、自宅から100m程のところで事故、廃車となりました。
      • トヨタ スプリンタートレノ AE86 GT APEX(前期・白黒)【引退】
      • <大学の先輩を通じて譲っていただきました>
        • マンガ「頭文字D」がはやる前に乗り始め、大流行の頃に滋賀県で中央分離帯に激突、廃車となりました。

    • オーディオ・ビジュアル
      • YAMAHA CX-1
      • YAMAHA B-6
      • YAMAHA T-2
      • YAMAHA NS-10M
      • Bang & Olufsen Beogram RX 2
      • EIZO HD2452W(ブラック)
      • YAMAHA YSP-600
      • SONY MDR-CD900
      • TOSHIBA RD-XV44
      • SONY MDIO ZS-M5

    • 時計
      • Hamilton「Kahki King Automatic」
      • カシオ G-Shock「AW-5ooUA」

    • 白物
      • 良品計画 ノンフロン電気冷蔵庫・375L「M-R38A」
      • 三洋電機 ドラム式洗濯乾燥機「AWD-AQ3000R(W)」 



    まだまだ、こだわっていきます。

    2005年1月1日、.Mac上に開設、7月7日、Bloggerに以降。

    works

    山口 洋典(やまぐち・ひろのり)

     業績一覧


    著書 (著者及び共著者名、年、分担項目名、編著者名、書名、発行所、初頁~終頁)


    山口 洋典 2010 コミュニティ・アクティベーションの視点:イタリア・ミラノにおけるメディアの重層性から 松浦さと子・川島隆(編) コミュニティメディアの未来:新しい声を伝える経路  晃洋書房 98-110.

    • 第7章として所収された原稿は、第II部「社会運動とコミュニティメディア」の1つとして所収されている。人物、空間、情報技術の効果的な利活用が、人々のコミュニケーションを豊かにすることに着目し、イタリア・ミラノの事例から、特に日本初のNPO法人によるコミュニティFM局が設立された京都地域を具体的な対象地として、今後のコミュニティ・メディアの展望を述べた。


    山口 洋典 2009 ネットワーク型まちづくりでつながる・まとまる・ひろがる 上町台地コミュニティ・ビジネス研究会(編) 地域を活かす つながりのデザイン:大阪・上町台地の現場から  創元社 140-163.(第6章本論)

    • 第6章のメインテーマ<いとなみを結ぶ>に即して、上町台地界隈で展開されているネットワーク型まちづくりの活動主体「上町台地からまちを考える会」の事例を紹介した。また、事例に対する考察を、メタファー論を用いて行っている。


    山口 洋典 2009 現代におけるコモンズとしての宗教施設の可能性 上町台地コミュニティ・ビジネス研究会(編) 地域を活かす つながりのデザイン:大阪・上町台地の現場から  創元社 131-136.(第5章補論)

    • 第5章のメインテーマ<いのちを見つめる>に即して、本論で紹介された「お寺の資源力を活かす」という視点に対し、特に日本において近代国家の成立後、宗教施設がどう位置付いてきたかについて論じた。とりわけ、人々がまちに重ねるイメージ、すなわち「風景」の観点からお寺の有り様に接近した。

    山口 洋典 2008 文化創造拠点としての宗教空間:コミュニティとNPO,そして場としての寺院 井口貢(編) 入門・文化政策:地域の文化を創るということ  ミネルヴァ書房 213-226.(第13章)

    • 宗教法人と公益について、大阪市天王寺区の「應典院」を事例に取り上げ、論じた。とりわけ、歴史的にコミュニティの核であることに着目しつつ、寺院が現代においてもコミュニケーションの場として成立するためには、「スピリチュアリティ」を批判的な側面も含めて取り上げていくことが必要であることを示した。

    山口 洋典 2006 ネットワークからニットワークへ 佐々木雅幸(編) CAFE:創造都市・大阪への序曲 法律文化社 74-82.

    • 上町台地からまちを考える会の設立の経緯と経過を、地域内のネットワークの拡大という観点から述べた。とりわけ、地域内のネットワークを拡大していく際の外来者の視点の大切さを明らかにするために「ニットワーク(編み物作業)」ということばを導入して、協働のあり様とあり方を述べた。

    山口 洋典 2005 情報化とNPO、NPOのネットワーキング、NPOスタッフの教育・養成、NPO・ボランティア教育、中国のNPO・ボランティア 川口 清史・田尾 雅夫・新川 達郎(編) よくわかるNPO・ボランティア (やわらかアカデミズム「わかる」シリーズ) ミネルヴァ書房 (各2ページ) 

    • 見開きによる2ページにわたって一つのテーマを簡潔に説明した。また、章と章の間の「活動の現場から」の写真とコラムも担当した。

    山口 洋典 2000 大学と地域が協働で取り組むNPO人材養成 特定非営利活動法人きょうとNPOセンター・財団法人京都新聞社会福祉事業団(編) 京都発NPO最前線―自立と共生の街へ 京都新聞社 95-105. 

    • 本書自体の制作の契機となった「NPOスクール」の黎明期について、学生の受入団体の声も交えて詳説した。インターンシップ・プログラムは、学生の教育プログラムに留まらず、分野と地域を越えた団体間連携をも導くことを明らかにした。なお、制作にあたっては本文写真と表紙デザインも担当した。


    学術論文(著者及び共著者名、年、題目、誌名、巻、初頁~終頁)



    山口 洋典 2009 自分探しの時代に承認欲求を満たす若者のボランティア活動:先駆的活動における社会参加と社会変革の相即を図る「半返し縫い」モデルの提案 ボランティア学研究(9), 5-54.

    • 自分探しという表現は、時に否定的な言説として用いられるが、ありたい自分を探していくということは、根源的に否定されるべきものではない。そこで、本稿では、中華人民共和国の内蒙古自治区において、エコツアーと称して展開されてきている沙漠緑化プログラムで、参加者とプログラム事務局ならびに現地の方々がどのような関係を構築しているかを事例として取り扱った。そして、現代を生きる若者たちが、自らを物語るときに、複数の自己、すなわち多元的自己を有していることに焦点を当てた。その上で、先駆的なボランティア活動が展開されていくためには、日常の風景から逃避せず、自己満足に埋没してはならないとする観点から、活動現場と日常生活との関係について「半返し縫い」モデルを提示することとした。


    山口 洋典 2009 well-designedな生活スタイルの実現:フィンランドにおけるソーシャル・イノベーションの源流を見つめて 同志社政策科学研究(11)2, 205-207.

    • 2008年10月22日から29日にかけて、文部科学省「大学・専修学校等における再チャレンジ支援推進プラン」に採択された「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」の先進事例調査のためにフィンランド共和国を訪問した。調査の目的は、ソーシャル・イノベーションを生み出すための社会制度と、多様なセクターの協働による社会変革のコーディネートの様式から、日本における社会人教育プログラムのあり方を検討することであった。本稿では、フィンランド市内の各実践団体と、フィスカルス村でのアーティスト組合の活発な取り組みを紹介し、物事の判断が合理的であるだけでなく、いわゆる「もの」のデザインだけでなく、人間関係の有り様(ひとの関わり方のデザイン)もまた、よく考え抜かれているということを示した。このことから、フィンランドはwell designed(組み合わせがよい)社会システムを有している国、と表現した。

    鳥居 史絵・山口 洋典 2009 道具の身体性から見た竹筬の復興に関する一考察:道具の復権を求めたアクションリサーチから 同志社政策科学研究(11)1, 77-96.

    • 第二筆者が指導教員であった、第一筆者の修士論文をもとに、政策・施策の段階的・断続的な展開だけでは、伝統産業の活性化に限界があることを示しつつ、生産のための道具への関心が、多様な主体が協働する端緒となることを明らかにした。特に、手織りによるはた織り機の部品の一つである筬(おさ)について取り上げ、中でも竹製の筬を織り手が用いることが手織り産業全般の活性化に寄与するのではないか、という問いにアクションリサーチの手法により接近されている。具体的には、手織り産業において竹筬は、織り手の身体を延長するものとして位置づけられるとの観点から、身体化された道具の復権こそが、産業の維持・発展、転じて復興を導くことを示した。

    山口 洋典 2008 「研究フィールド×理論」が紡ぎだすもの : 「脱ボランティア日記」化のためのフィールドレポート 同志社政策科学研究(10)2, 205-207.

    • 筆者が携わっているフィールドワークの現状を報告し、論文執筆に向けて実践の抽象化のための視点を述べた研究活動の報告である。取り上げたフィールドは、寺院、NPO、行政、大学の4つである。それぞれに、グループ・ダイナミックスにおける記憶研究、アートマネジメントの観点における社会と芸術の関係、震災からの産業面からの復興、NPOを通じた大学による地域貢献という視点で、事例の抽象化を図った。そして、「料理」のアナロジーを用いることによって、フィールドワークの報告が、単なる「ボランティア日記」にとどまらないための視点を明らかにした。

    山口 洋典 2008 ソーシャル・イノベーション・スキルセットに関する一考察:コミュニケーション力とコミュニティの維持・発展のリーダーシップ発揮の観点から 同志社政策科学研究(10)1, 75-92.

    • 執筆時点で初めての修士論文提出者を迎えた、ソーシャル・イノベーション研究コースの教育・研究の取り組みを振り返り、同コースに学ぶ社会起業家の卵に必要とされる要素について検討した研究ノートである。その際、筆者自身が研修プログラムに参加した、アメリカ合衆国国務省による「International Visitor Program Multi Regional Program "NGO Management"」の内容を整理し、「スキルセット」としてとりまとめた。


    山口 洋典 2007 書評「杉万俊夫(編著) 2006 コミュニティのグループ・ダイナミックス 京都大学学術出版会」 同志社政策科学研究(9)2, 195-197

    • 2006年度、2007年度と、同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース「臨床まちづくり学」のテキストとしても用いた書物の書評を執筆した。特に、研究論文等において、日常生活でも用いられることばが専門用語として用いられる場合の注意点を示し、フィールドワークを通じた実践的研究の成果の読み解き方について、内容を評じながら論じた。


    山口 洋典 2007 ソーシャル・イノベーション研究におけるフィールドワークの視座:グループ・ダイナミックスの観点から 同志社政策科学研究(9)1, 1-21.

    • 研究者が実践をいかに記述するかに特に焦点を当て、フィールドワークが社会変革を導くための効果的な研究方法となることを明らかにした。実践事例として、京都府国際課による「インドネシア技術交流プロジェクト<てこらぼ>」を取り上げ、実践の中に見られるソーシャル・イノベーションについて、「意味創出」と「意思決定」の両面に見られる「ストーリー性」に着目して論じた

    山口 洋典・増田 達志・関 嘉寛・渥美 公秀 2003 エコツアーにおける環境教育の効果 ボランティア学研究 (4), 53-81.

    • 勤務先(大学コンソーシアム京都)において2年間取り組んできた、中華人民共和国内蒙古自治区を対象地としたエコツアーの実践において、沙漠緑化活動に対して現代の若者たちがどのような関心で参加し、同時に社会人の動機や関心の相違はどのような点であるかを考察した。その際、近代の「アイデンティティ」に関する議論を援用した。


    □一般論文(著者及び共著者名、年、題目、誌名、巻、初頁~終頁)

    秋田 光彦・山口 洋典 2007 お寺の原点回帰:社会に参加する仏教の実践 観光文化(184) 6-9.

    • 應典院という寺院が掲げる三つの理念、「ひとが、集まる」、「いのち、弾ける」、「呼吸する、お寺」という言葉を手掛かりに、取り組みの本意、交流の様子、今後の展望について述べた。應典院がお寺が担ってきた地域の生活を支える機能を取り戻すために、自責(なぜ若者はオウムに走ったか)と自戒(お葬式をしない)の念から、仏教界に、また地域に対して挑戦と挑発を行っていることを示した。

    山口 洋典 2006 地域発・地域着のネットワーク型まちづくりの実践 季刊まちづくり(11) 114-119.

    • 博士論文で執筆した「ネットワーク型まちづくり」を展開する上での方策について4点を指摘した。上町台地からまちを考える会を事例に、発会の前史に遡って活動を追うことで、地域内外との緊張関係のなかで、地域の魅力が醸成されることを述べた。

    山口 洋典・秋田 光彦 2006 ソーシャル・イノベーションのためのコミュニケーションデザイン:映画「ザ・コーポレーション」に学ぶ市民社会の応答責任 NPOジャーナル (Vol.13) 52-53.

    • 2004年のカナダ映画「ザ・コーポレーション」が扱った、企業の社会的責任(CSR)の観点から、市民は何をなすべきなのかをR(response)という点に着目して論を展開した。また、地域社会において仏教の世界観が生活の質を高めていくことに貢献できるのではないかという示唆を述べた。

    山口 洋典 2003 NPO分野の教育・人材育成講座事務局の役割に関する一考察 大阪大学大学院ボランティア人間科学紀要SYN(4)、379-390.

    • 勤務先(大学コンソーシアム京都)において、大学院博士前期課程時代より関わってきたNPO分野の教育・人材育成プログラム「NPOスクール」の総括を行った。具体的には、一般にNPO分野のインターンシップ・プログラムの事務局は何を、なぜ、どのように取り組むものであるのかをまとめた。


    山口 洋典 2003 自らの経験を抽象化して呈示する6つの力を育てている 経済学教育(22) 経済学教育学会、14-19.

    • 4年前、大学院博士前期課程に在籍していた際、同学会で発表した内容を踏まえ、社会人院生としてどのように学生と学業に目を向けているのかを詳説した論考である。自らの実践を改めて総括しながら、高等教育の一環として経験を抽象化することの意味、意義についてまとめている。

    山口 洋典 2002 新しい学びの場を創出する京都の挑戦 CEL (61) 大阪ガスエネルギー・文化研究所、32-36.

    • 「創造都市の時代へ」という特集とあわせて、ソフト開発の結果導かれたハード開発という流れに対してさらなるソフト開発が必要となることを、京都における実践をもとに解題した。京都が有する地域特性において、「ものづくり」と「ひとづくり」の環境が構築されていた点も指摘した。

    山口 洋典 2002 モデル化とメタファーを通じた協働的実践の理論化:まちづくりと地域通貨に関する人間科学によるアプローチ 大阪大学大学院ボランティア人間科学紀要SYN (3)、192-200.

    • 自然科学から人間科学へと、諸現象に向き合う姿勢を変えたことで、これまで見つめてきたフィールドがどのような理論と符号し、概念にて説明が可能かを整理した。別稿にて示した「まちづくり」に対して「長縄跳び」をメタファーとしたことを手がかりに、「地域通貨」に「灯台」を援用した。


    山口 洋典 2002 「大学のまち」京都の持つブランド力と可能性 龍大論集 (1) 龍谷大学社会学部学会、182-184.

    • 龍谷大学社会学部学会の設立記念の雑誌として、大学のまち・京都が持つ多様な価値についてまとめた。とりわけ、大学コンソーシアム京都の事業の紹介を紹介しながら、学生時代に筆者自身がどのような生活を送ってきたかに触れ、学生たちの積極的な学び(文化的実践)への参画を促すものとした。

    山口 洋典 2002 大学のまち・京都での社会起業家育成プログラム:コミュニティ・ビジネス&サービスに注目する意味・意義 地域政策研究 (17)、16-25.

    • 「コミュニティ・ビジネス」に関する特集号において、地域全体(行政、実践家等)との協働的実践として取り組んでいった、大学コンソーシアム京都の「コミュニティ・ビジネス&サービス講座」の事例紹介を行った。なお、事例をとおして、他地域の実践に着手する際に検討すべき事項を整理した。

    山口 洋典 2001 大学コンソーシアム京都におけるNPO教育の成果と課題 日本NPO学会NPO教育研究会報告書「NPO教育と人材育成」、67-78.

    • ティーチング・アシスタントとしてNPO分野のインターンシップ・プログラムの企画実施に関わった背景も含め、着実な実践に取り組む必要性と緊急性を示した。若年者の雇用問題が深刻化しつつある中、自分ならではの仕事と暮らしのあり方について触れた点は、学界にも貢献できている点である。


    山口 洋典  2001 こだわりが導く地域の社会的・文化的な豊かさ 月刊社会運動 (253) 、21-29.

    • 地域通貨という、一見経済的な側面を中心にした実践が、地域の社会的・文化的な豊かさを導くに資するものであることを整理して述べた論文である。諸外国の実践事例にも触れながら、地域通貨が協働をひもとく道具になることについてまとめている。


    山口 洋典 2001 地域通貨とコミュニティ支援 静岡大学生涯学習教育研究 (4)、97-102.

    • 静岡大学での講演録をもとに、加筆修正した報告論文である。地域通貨の実践が地域の暮らしや仕事をどのように再構築していくか、そしてそれらによって導かれる「働きたい、住みたい、学びたい、遊びたい」地域の理想像について、滋賀県草津市での実践事例をもとに述べている。


    山口 洋典・桐山 洋一郎・藤岡 惇 1999 学生互助組織による参画型講座の展開 経済学教育 (18) 、125-130.

    • 戦後50年を迎えて取り組んだ平和学習プログラムの実践についてまとめた報告論文である。Student Assistant制度の確立をとおして、学生が学生を支える仕組みづくりと、行動的な学びに取り組んでいく仕掛けについて、国際的な平和学習のネットワークを構想し、まとめている。


    □その他原稿

    • 橋爪 伸也・山口 洋典 2007 巻頭対談 應典院10周年、新たな取り組み:呼吸するお寺へ 大阪春秋(127) 2-10.
    • 山口 洋典 2007 アーツカウンシルの設立を願う 季刊上方芸能(164)  28.
    • 山口 洋典 2006 山口 洋典 2005 コミュニティ再生のための諸施策 広域地方政府化とコミュニティの再生に関する研究 NIRA研究報告書2005046 関西社会経済研究所・東北開発研究センター(斉藤 弥生・松井 哲之との共同執筆)(第1節 コミュニティ・ビジネスと地域経済・社会の活性化を執筆)
    • 山口 洋典 2005.2.4 まちづくりの長縄跳び理論 澪標 大阪日日新聞 11面
    • 山口 洋典 2004.12.21 私たちの大切なもの、とは… 澪標 大阪日日新聞 12面
    • 山口 洋典 2004.11.2 何かに「見立てる」メタファー思考 澪標 大阪日日新聞 9面
    • 山口 洋典 2004.9.17 まちにまつわる物語の「上書き保存」 澪標 大阪日日新聞 10面
    • 山口 洋典 2004.8.6 「ことば」とまち・ひと・もの・出来事 澪標 大阪日日新聞 17面
    • 山口 洋典 2003.8.30 積極的に「学び」と向き合う 私の思い 京都新聞 朝刊14面
    • 吐山継彦・岸田かおる・永井美佳・山口洋典 2003 中間支援と人材育成:これから必要なのは市民活動プロデューサー 市民発・大阪まちづくり:多様なセクターの協働をめざして 財団法人大阪都市協会、49-58.
    • 山口 洋典 2002 多様な集合性との出会い:学習支援のための学内体制と連携 日本障害者高等教育支援センター 第2回障害者高等教育支援【交流・研究・研修】会報告レポート、43-46.
    • 山口 洋典 2002 京都の大学における障害学生支援 第7回FDフォーラム報告書:大学の教育力と学生の学習意欲の向上 財団法人大学コンソーシアム京都、185-189.
    • 内山 博史・山口 洋典 2002 ITリテラシーづくりの「場」の必要性 高齢社会における情報技術の習得と社会参加の関わりについての調査研究 シニアのITリテラシー研究会、89-105.
    • Yamaguchi, H. 2001 Work and Life as Social Entrepreneur : How Young People in Japan Think about How They Commit Themselves to Work DAWN: Newsletter of the Dawn Center (Osaka Prefectural Womenユs Center) (6), 10-11.
    • 山口 洋典 2001 京都におけるインターンシッププログラムの概要と今後の課題 NPO情報(32) 特定非営利活動法人NPOサポートセンター、2-5.
    • 山口 洋典 2000 環境への配慮を促し社会的な公正を導く地域通貨 みどりのニュースレター(83) 、環境市民、2-3.


    □学会発表(発表者名、年月、演題名、学会名、場所)

    • 竹端 寛・李 永淑・山口 洋典・高橋 真央(2010年3月7日) ラウンドテーブル:21世紀におけるVoluntary Actionと社会 第11回国際ボランティア学会大会 (第3発表者として「現場への疎外・現場からの疎外」と題し口演の後、第4発表者を終えて参加者で自由討議)
    • Yamaguchi, H., Yamaguchi, N, E. 2009.12.12 Collaborative remembering and spirituality rising through an art exhibition : featuring the posthumous photographs taken by a childhood cancer patient at the 3rd anniversary of his death. 8th Annual Meeting of Asian Association of Social Psychology, Delhi, India.(Oral)
    • 山口 洋典(2009年10月12日) アートプロジェクトを通じた減災の身体性に関する一考察:宗教性と暴力性の観点から 日本社会心理学会第50回大会・日本グループ・ダイナミックス学会第56回大会合同大会 大阪大学(大阪府吹田市)(口演)
    • 西村 和代・山口 洋典(2009年10月11日) 私設公共空間による食育コミュニティの創造 :京都・さいりん館でのデシジョン・メーキング(1) 日本社会心理学会第50回大会・日本グループ・ダイナミックス学会第56回大会合同大会 大阪大学(大阪府吹田市)(ポスター)
    • 山口 洋典(2009年3月8日) メディア・アクティヴィズムによる市民の主体性の喚起に関する一考察:イタリアの社会センターの実践を中心に 国際ボランティア学会第10回大会 お茶の水女子大学(東京都文京区)(口演)
    • 山口 洋典・山口(中上)悦子(2008年6月14日) アートを媒介とした協働的実践による死生観への接近 日本グループ・ダイナミックス学会第55回大会 広島大学(広島県東広島市)(口演)
    • 山口 洋典・朝田 亘(2007年11月24日) ソーシャルアートの展開可能性:築港ARCの実践から 第9回アートマネジメント学会全国大会 大蓮寺・應典院(大阪府大阪市)(日本アートマネジメント学会第9回全国大会報告予稿集32-33ページ)
    • 山口 洋典(2007年9月7日) 多死社会における協働の視点:道具としてのエンゼルメイクの実践から 第1回ISCARアジア大会 武蔵野工業大学(神奈川県武蔵野市)(口演)
    • Yamaguchi, H., Yamaguchi, N, E., Akita, M. & Hidaka, A. 2007.7.26 Group Dynamics of editing dying stories with a temple 7th Annual Meeting of Asian Association of Social Psychology, Kota Kinabalu, Malaysia.(ポスター)
    • 山口 洋典・山口 悦子(2007年6月17日) 看取りと見送りと供養のあり方に見る協働想起に関する一考察:多死社会における新たな地域文化の創造を求めて 日本グループ・ダイナミックス学会第54回大会 名古屋大学(愛知県名古屋市)(口演) (日本グループ・ダイナミックス学会第50回大会発表論文集112-113ページ)
    • 渥美 公秀・山口 悦子・諏訪 晃一・山口洋典(2007年3月17日) ボランティア・NPOの実践と質的研究 日本NPO学会第9回年次大会 大阪商業大学(大阪府東大阪市) (シンポジウム:企画者)
    • 山口 洋典(2007年2月24日) 協働を促進する意味創出に関する一考察:京都府・インドネシアジョクジャカルタ特別区との技術交流プロジェクトから 国際ボランティア学会第8回大会 関西セミナーハウス(京都府京都市) (ポスター)
    • 山口 洋典・山口 悦子・秋田 光彦・日高 明(2006年11月4日) 看取りのグループ・ダイナミックス:臨床の死生学構築への心理学的一考察 日本心理学会第70回大会 福岡国際会議場(ポスター)(日本心理学会第68回大会発表論文集174ページ)
    • Yamaguchi, H. 2006.5.28 The Practice of community based communication-design through Non Global Businesses development 53rd Annual Meeting of Japanese Group Dynamics Association, Musashino, Tokyo.(Oral) (日本グループ・ダイナミックス学会第53回大会発表論文集180-181ページ)
    • 山口 洋典・渥美 公秀(2006年2月19日) 沙漠緑化活動のアフォーダンス:中国内蒙古自治区白二爺砂丘の7年 国際ボランティア学会第7回大会 文教大学(埼玉県越谷市) (口演)
    • Yamaguchi, H. & Atsumi, T. 2005.4 Group Dynamics of Organizing Nonprofits for Community Development in Urban Areas 6th Annual Meeting of Asian Association of Social Psychology, Wellinton, New Zealand.(ポスター)
    • 山口 洋典・渥美 公秀(2005年3月) ネットワーク型まちづくりのグループ・ダイナミックス:メタファーとしての長縄跳びの着想に見る集合流 日本グループ・ダイナミックス学会第52回大会 神戸国際会議場(兵庫県神戸市)(口演) (日本グループ・ダイナミックス学会第52回大会発表論文集20-23ページ)
    • 山口 洋典・渥美 公秀(2005年2月) NGO・NPOスタッフの教育・人材育成とマネジメント研修に関する一考察 国際ボランティア学会第6回大会 大阪大学(大阪府吹田市) (ポスター)
    • 山口 洋典(2004年10月) コミュニティ・シンクタンクの展開におけるグループ・ダイナミックス 人間環境学会第73回研究会 ひがしまち街角広場(大阪府豊中市) (招待講演)
    • 山口 洋典・渥美 公秀(2004年9月) まちづくり活動におけるネットワーキングの一考察:困っていないことに困った状況からミッション再構築しあった団体間の相互作用 日本心理学会第68回大会 関西大学(ポスター) (日本心理学会第68回大会発表論文集232ページ)
    • Yamaguchi, H. & Atsumi, T. 2004.5 Miss-transmission of the mission : Networking for community development at Uemachi Daichi, Osaka 51st Annual Meeting of Japanese Group Dynamics Association, Nagoya, Aichi.(Oral) (日本グループ・ダイナミックス学会第51回大会発表論文集126-127ページ)
    • Yamaguchi, H. & Atsumi, T. 2003.7 What is the effect and limit of local currency ? 5th Annual Meeting of Asian Association of Social Psychology, Manila, Philippines.(Poster)
    • Yamaguchi, H. & Atsumi, T. 2003.3 The environmental education effect of Eco-tour participants by situated concern 50th Annual Meeting of Japanese Group Dynamics Association, Kyoto.(Oral) (日本グループ・ダイナミックス学会第50回大会発表論文集302-303ページ)
    • 山口 洋典・渥美 公秀・新野 豊(2003年3月) 専門性あるNPO分野の人材育成:講座形式によるNPO教育のジレンマから 日本NPO学会第5回年次大会  帝塚山大学(口演)
    • 藤沢敏明・平野幸夫・溝上慎一・山口洋典・角田 収・佐藤 進(2002年11月) こんな力を育てたい、育ててほしい:真に社会に役立つ経済教育とは-学生たちの力を引き出す実践に学ぶム 経済学教育学会第18回大会 京都大学(シンポジウム)
    • 山口 洋典(2002年9月) インターンシップ成功の秘訣:NPOで学びたい学生の状況的な関心を現場はどう受け入れるか? 日本NPO学会第4回軽井沢セミナー「NPOマネジメントと教育」 ホテル・サイプレス軽井沢(招待講演) 
    • 山口 洋典(2002年5月) 地域活動から学ぶ大学環境教育:コミュニティに根ざす意味・意義 ミニシンポジウム:大学における環境教育の現段階 日本環境教育学会第13回大会 宮城教育大学(招待講演)
    • 山岸秀雄・菅原敏夫・服部崇・山口洋典(2002年3月) NPOの雇用創出効果 日本NPO学会第4回年次大会 明治大学(パネルディスカッション)
    • 山口 洋典・新野 豊(2002年3月) 社会起業家育成による問題解決ネットワークの構築:コミュニティ・ビジネス&サービスに着目する意味・意義 日本NPO学会第4回年次大会 明治大学(口演)
    • 佐藤 洋作・脇本 靖子・佐伯 昌和・山口 洋典・杉本 貴志(2001年10月) 現代の若者と協同 日本協同組合学会第21回大会 池坊短期大学(シンポジウム)
    • 山口 洋典(2001年5月) 市民活動拠点施設における地域通貨発行による環境教育効果:地域内のつながりの実感による環境への配慮と意識の高揚 日本環境教育学会第12回大会 信州大学(口演)
    • 山口 洋典・山岸 秀雄・田村太郎・井出朱美・新野豊(2001年3月) 大学とNPO 日本NPO学会第3回年次大会 キャンパスプラザ京都(パネルディスカッション・モデレーター)
    • 山本 正雄・山口 洋典(2001年3月) 地域通貨とまちづくり:滋賀県草津市の地域通貨「おうみ」の実践 日本都市計画学会関西支部平成12年度第2回都市計画講演会 大阪市立大学文化交流センター(招待講演)
    • 池田 直樹・塩川 哲雄・柳楽 忍・山口 洋典・戸田 耿介・原田 智代(2000年12月) 社会的公正と自然環境の持続性に向けた環境教育の展開をめざして 日本環境教育学会関西支部第9回研究大会 京都精華大学(シンポジウム)
    • 山口 洋典(2000年9月) NPO連携大学院構想をめぐって:大学コンソーシアムの成果と課題 日本NPO学会第2回軽井沢セミナー「NPO教育と人材育成」 ホテル・サイプレス軽井沢(招待講演) 
    • 中村 陽一・妹尾 章子・山口 洋典(2000年6月) 根ざす:循環する知・回復する生 日本ボランティア学会2000年度年次大会 滋賀県立大学(シンポジウム)
    • 山口 洋典・笹谷 康之(2000年5月) 市民活動拠点施設における地域通貨発行による環境教育効果:地域内のつながりの実感による環境への配慮と意識の高揚 日本環境教育学会第11回大会 信州大学(口演)
    • 山口 洋典(2000年3月) 地域通貨を用いたコミュニティ活性化とボランティア活動の評価 日本NPO学会第2回年次大会 大阪大学(口演)
    • 山口 洋典・笹谷康之(1999年5月) コーオプ型のインターンシッププログラムの推進による大学環境教育の実践 日本環境教育学会第10回大会 東京学芸大学(口演)
    • 山口 洋典(1999年3月) NPOインターンシッププログラムと学生の学び観 日本NPO学会第1回年次大会 慶應大学(口演)
    • 山口 洋典・桐山 洋一郎・藤岡 惇(1998年11月) 人生の意味を探る旅:被爆地で世界の学生と平和創造の道を探った経験 経済学教育学会第14回大会 早稲田大学(パネルディスカッション)
    • 山口 洋典・笹谷康之(1998年5月) 市民活動による環境教育の環境づくり 日本環境教育学会第9回大会 大阪教育大学(口演)
    • 山口 洋典・古守 将也・笹谷 康之(1997年10月) 環境アクション支援のためのホームページ作成について 第25回土木学会環境システム研究論文発表会 中央大学(口演)
    • 山口 洋典(1997年10月) COP3に向けて学生は何を準備しているか? エントロピー学会関西セミナー 同志社大学(招待講演)
    • 山口 洋典・笹谷 康之(1997年5月) まちづくりにおける環境教育の環境  日本環境教育学会第8回大会 横浜国立大学(口演)

     

    □研究助成金等(種類、課題名、分担、年度)


    • 科学研究費補助金 特定研究領域研究(計画研究) 課題番号: 18078003「居住文化育成の視点からみた持続可能な都市・地域デザイン-関西圏を中心として-」(代表者:高田光雄/京都大学大学院) 研究分担者、平成18-23年度(平成19年度より参加)
    • 科学研究費補助金 基盤研究(B)(海外調査) 課題番号:18402038「非営利民間放送の持続可能な制度と社会的認知 コミュニティ放送のモデルを探る」(代表者:松浦さと子/龍谷大学経済学部准教授 ) 研究分担者、平成18-21年度(平成19年度より参加)
    • 大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所:地域資源データベースを活用した地域コミュニケーションデザインに関する調査研究委託~「上町台地.cotocoto」の利活用を通じた地域ガバナンスを見据えて~、研究共同代表者(同志社大学大学院総合政策科学研究科准教授として)、2006-2007

    • 大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所:都心集合住宅を活用した地域コミュニケーションデザインに関する調査研究委託~Community Social Responsibilityとしての地域コミュニケーションデザインとその可能性、委託研究事業担当者(財団法人大学コンソーシアム京都研究主幹として)、2005-2006
    • 大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所:上町台地界隈におけるコミュニティ・ビジネスの現状と可能性に関する調査研究委託~Non Global Business(NGB)としてのコミュニティ・ビジネスとその可能性、委託研究事業担当者(財団法人大学コンソーシアム京都研究主幹として)、2004-2005
    • 京都市産業観光局商工部商業振興課:京都市都心部における買い物を目的とした公共交通利用の実態、委託研究事業担当者、2005-2006
    • 京都市産業観光局商工部商業振興課:地域連携型商業振興モデルの構築に関する調査研究:文系産学連携による商業振興の可能性、委託研究事業担当者、2004-2005
    • 京都市産業観光局商工部商業振興課:京都市商業の未来上に関する調査研究、委託研究事業担当者、2003-2004
    • 宇治市「産学官連携システム調査・研究」(調査担当事務局)、2004-2005
    • 文部科学省大学共同利用機関メディア教育開発センター:メディア教材の開発支援に関わる一般公募、 WEBアクセシビリティの理論と実践、代表制作者、2003
    • 京都府企画環境部企画参事:調査研究業務委託(受託:財団法人大学コンソーシアム京都)、加茂町コミュニティビジネス展開調査、代表研究者(調査設計・分析及び調査員コーディネートならびにコミュニティ・ビジネス概論文献調査)、2001
    • 財団法人21世紀ひょうご創造協会:自主調査研究、高齢化社会における情報技術と社会参加、共同研究者(高齢者と情報技術の習得)、2001
    • 京都市総合企画局パートナーシップ推進室:調査研究業務委託(受託:特定非営利活動法人きょうとNPOセンター)、市民活動情報システム整備検討調査、共同研究者(インタビュー調査及び分析)、2001
    • 財団法人トヨタ財団:研究助成、NPOセクターにおける人材育成プログラムの開発研究、共同研究者(環境・まちづくり分野の団体間ネットワーク構築とプログラム開発)、1998


    □新聞報道等


    • 朝日新聞 2008.3.30 自由な創作 育む風 関西芸術会議シンポ「今、関西のアートがおもしろい!?」 9面
    • 京都新聞 2007.8.24 今こそ地域力再生 相互補完の関係づくり必要 
    • 産経新聞 2009.11.24 住民の息遣いが聞こえる街を:「上町台地からまちを考える会」事務局長 山口 洋典さん(29) おおさかを創る 産経新聞 大阪市内版 27面(大総合) (薮崎 拓也)


    □所属学会ならびに学会活動


      所属学会

      • 日本グループ・ダイナミックス学会(平成14年〜)
      • 国際ボランティア学会(平成14年~)
      • 日本心理学会(平成15年~)
      • 日本アートマネジメント学会(平成19年~)
      • 日本都市計画学会(平成12年~)
      • 日本NPO学会(平成10年~)
      • 日本環境教育学会(平成9年~)
      • 日本環境教育学会関西支部(平成9年~)


      学会活動

      • 平成12年4月 日本NPO学会 NPO研究・教育ネットワーク形成事業 NPO教育研究会 委員(~平成13年3月)
      • 平成12年5月 日本NPO学会 2000年度大会(第3回大会) 運営委員(~平成13年5月)
      • 平成14年5月 日本グループ・ダイナミックス学会 第50回大会 事務局員(~平成15年3月)
      • 平成14年6月 日本NPO学会 NPO教育・研究推進モデル事業 検討部会 メンバー(~現在に至る)
      • 平成16年4月 日本NPO学会 NPO辞典プロジェクト メンバー(~現在に至る)
      • 平成18年5月 日本NPO学会 2006年度大会(第9回大会)運営委員会(~平成 19年3月)
      • 平成18年10月 国際ボランティア学会 2006年度大会(第8回大会)大会委員長(~平成 19年2月)
      • 平成19年1月 日本アートマネジメント学会全国大会 2007年度大会(第9回大会)運営委員会事務局長(~平成19年12月)
      • 平成20年4月 国際ボランティア学会理事・「ボランティア学研究」編集委員長


      2005年1月1日、.Mac上に開設、7月7日、Bloggerに以降。
      2010年4月9日更新。

      profile


      氏名:山口 洋典(やまぐち ひろのり)

      性別:男  生年月日:昭和50年7月22日 本籍:大阪府


      <プロフィール>

      1975 年静岡県磐田市出身。2000 年3月立命館大学大学院理工学研究科博士前期課程修了後、財団法人大学コンソーシアム京都事務局に勤務し、2004年度より研究主幹に。大学院在学中には特定非営利活動法人きょうとNPOセンターの設立に関わる他、2002年10月には米国国務省によるInternational Visitor Program のMulti Regional Project(NGO Management)に参加するなど、業務と社会活動の両面でNPO分野の教育・人材育成に取り組む。また2002年より大阪大学大学院人間科学研究科ボランティア人間科学講座(地域共生論)博士後期課程にて、コミュニティ・シンクタンクの展開におけるグループ・ダイナミックスを研究し、フィールドの上町台地からまちを考える会では2004年4月に事務局長に着任。2004年12月22日、博士論文「ネットワーク型まちづくりのグループ・ダイナミックス」を提出。2005年3月、大阪大学にて博士(人間科学)の学位を取得。2006年3月をもって大学コンソーシアム京都を退職し、4月より大阪・天王寺にある浄土宗應典院の主幹に着任。「呼吸する、お寺」としての劇場空間にて展開される各事業の統括責任者として、地域に開かれた寺院の実践に取り組む。2006年10月には同志社大学大学院総合政策科学研究科助教授に着任(2007年4月より学校教育法改正により准教授に名称変更)。5年の任期で仏教とキリスト教とを横断し、臨床の知に向き合う。著書に「京都発NPO最前線」、「よくわかるNPO・ボランティア」、「CAFE:創造都市・大阪への序曲 」「地域を活かすつながりのデザイン」(いずれも分担執筆)など。その他の情報はhttp://homepage.mac.com/yamaguchihironori/を参照のこと。

      (最終修正日…2009年5月18日)


      学歴(高等学校卒業以後)



      • 平成6年3月 静岡県立磐田南高等学校 普通科 卒業
      • 平成6年4月 立命館大学理工学部環境システム工学科 入学
      • 平成10年3月 立命館大学理工学部環境システム工学科 卒業
      • 平成10年4月 立命館大学大学院理工学研究科環境社会工学専攻博士前期課程 入学
      • 平成12年3月 立命館大学大学院理工学研究科環境社会工学専攻博士前期課程 修了
      • 平成14年4月 大阪大学大学院人間科学研究科ボランティア人間科学講座博士後期課程 入学
      • 平成17年3月 大阪大学大学院人間科学研究科ボランティア人間科学講座博士後期課程 修了


      職歴



      • 2000(平成12)年 4月~2002(平成14)年3月 財団法人大学コンソーシアム京都 嘱託職員(主事)
      • 2002(平成14)年4月~2004(平成16)年3月 財団法人大学コンソーシアム京都 専門職員(主査)
      • 2004(平成16)年4月~2006(平成18)3月 財団法人大学コンソーシアム京都 研究専門職員(研究主幹)
      • 2006(平成18)年4月~ 浄土宗大蓮寺塔頭 宗教法人應典院 主幹(現在に至る)


      <教育歴>



      • 2003(平成15)年10月~2004(平成16)3月 甲南女子大学文学部多文化共生学科 非常勤講師(NGO論B)
      • 2005(平成17)年1月~2005(平成17)年2月 岐阜県立森林文化アカデミー 非常勤講師(NPO概論)<集中講義>
      • 2005(平成17)年4月~9月 学校法人モード学園大阪医専 非常勤講師(人間関係論)
      • 2005(平成17)年9月~2006(平成18)年3月 同志社大学商学部 嘱託講師(学際科目:学びのバリアフリー)
      • 2005(平成17)年9月~2006(平成18)年3月 立命館大学理工学部 非常勤講師(環境管理調査実習) 
      • 2005(平成17)年9月~2006(平成18年)3月 甲南女子大学文学部多文化共生学科 非常勤講師(NGO論B)
      • 2006(平成18)年2月~2006(平成18)年 2月 岐阜県立森林文化アカデミー 非常勤講師(NPO概論)<集中講義>
      • 2006(平成18)年4月~  大阪成蹊大学芸術学部 非常勤講師(キャリアプランニング論)
      • 2006(平成18)年4月~9月 同志社大学大学院総合政策科学研究科 嘱託講師(臨床まちづくり学)
      • 2006(平成18)年10月~2007(平成19)年3月 同志社大学大学院総合政策科学研究科 助教授(ソーシャル・イノベーション研究コース)
      • 2006(平成18)年10月~2011(平成23)年3月(予定) 同志社大学大学院総合政策科学研究科 准教授(ソーシャル・イノベーション研究コース)

      ※学生時代の職務として、気候フォーラム'97(平成9年7月~10年4月)、財団法人大学コンソーシアム京都インターンシップ・プログラムNPOコース ティーチングアシスタント(平成10年4月~平成12年3月)があります。

      学位



      • 平成17年3月 博士(人間科学) 大阪大学
        • (博士論文:ネットワーク型まちづくりのグループ・ダイナミックス
      • 平成12年3月 修士(工学) 立命館大学
        • (修士論文:市民活動拠点施設における地域通貨導入による地域活性化に関する研究)
      • 平成10年3月 学士(工学) 立命館大学
        • (卒業論文:市民活動に基づく環境教育の効果~気候フォーラムの活動から~) 


      社会活動等



      • 平成10年7月 特定非営利活動法人きょうとNPOセンター運営委員(~平成12年7月)
      • 平成11年4月 草津コミュニティ支援センター 事務局次長(~平成12年3月)
      • 平成11年7月 京のアジェンダ21フォーラム幹事(~平成15年7月)
      • 平成12年7月 特定非営利活動法人きょうとNPOセンター副運営委員長・理事(~平成15年10月)
      • 平成13年7月 京都市市民活動推進協議会 委員(~平成14年10月)
      • 平成14年4月 京都市環境保全活動センター 事業運営委員(~平成18年3月)
      • 平成14年10月 京都府高齢者地域活性化推進計画 検討委員(~平成15年3月)
      • 平成14年10月 米国政府「International Visitor Program (Multi
        Regional Project : NGO Management)」日本代表参加
      • 平成15年4月 京都三条ラジオカフェ(FM79.7MHz) 番組審議委員(8月より番組審議委員長代理、現在に至る)
      • 平成15年10月 特定非営利活動法人きょうとNPOセンター常務理事・副運営委員長(現在に至る)
      • 平成15年11月 京都市環境保全活動センター 情報提供検討部会 座長(~平成16年3月)
      • 平成16年3月 「特定非営利活動法人コリアNGOセンター」専門委員(当初は任意団体・現在に至る)
      • 平成16年4月 「上町台地からまちを考える会」事務局長(現在に至る)
      • 平成16年6月 財団法人淡海文化振興財団「おうみNPO活動活動運営委員会」委員(~平成22年7月・予定)
      • 平成16年9月 京都労働局「雇用創出企画会議」委員(~平成18年3月)
      • 平成16年9月 大阪市ゆとりとみどり振興局企画調査課「大阪城・上町台地エリア企画推進委員会」委員(現在に至る)
      • 平成16年11月 京都市建設局道路部道路維持課「京都市無電柱化推進会議」委員(~平成17年3月)
      • 平成16年12月 株式会社京都ソフトアプリケーション「技術開発段階における社会科学系学部等を交えた産学官連携の効果的な連携手法に関する調査委員会」ワーキング委員(~平成17年3月)
      • 平成16年12月 NIRA平成15年度一般研究助成「広域地方政府化とコミュニティの再生に関する研究」オブザーバー(財団法人関西社会経済研究所)(~平成15年3月)
      • 平成16年12月 NIRA平成16年度一般研究助成「地域再生-海外に開かれたコミュニティ」担当者(株式会社地域計画建築研究所京都事務所)(~平成17年12月)
      • 平成17年2月 「阪大グローバル・キャリア・リソース(HGCR)」に関する研究 プロジェクトメンバー(~平成17年3月)
      • 平成17年4月 佛教大学起業セミナー運営委員会 委員(~平成18年3月)
      • 平成18年6月 財団法人大学コンソーシアム京都 リエゾン・オフィス・アドバイザー(~平成18年3月)
      • 平成18年7月 大阪府・特定非営利活動法人関西こども文化協会「子育て・次世代育成NPOプラン」プロジェクト委員会 委員(〜平成20年6月)
      • 平成18年12月 関西広域連携協議会文化振興策研究会 委員(~平成19年5月)
      • 平成19年5月 KISコリア国際学園 評議員(現在に至る)
      • 平成19年6月 関西広域機構文化振興専門家チーム 委員(~現在に至る)
      • 平成19年6月 京都府地域力再生プロジェクト委員・アクションプラン策定委員(〜平成21年3月)
      • 平成20年7月 京都市都市計画局指定管理者選定等委員会 委員(〜現在に至る)
      • 平成21年4月 財団法人大学コンソーシアム京都SD(スタッフディベロップメント)研修委員会(〜平成21年3月までの予定)
      • 平成21年6月 大阪市立近代美術館あり方検討委員会 委員(〜平成22年3月までの予定) 
      • 平成21年7月 社会福祉法人大阪ボランティア協会 評議員(〜平成23年7月までの予定) 
      •  

      賞罰



      • 平成14年10月 京都市 環境共生都市京都の実現 感謝状
      • 平成15年10月 京都市 光り輝く千年新都推進 感謝状

       


      2005年1月1日、.Mac上に開設、7月7日、Bloggerに移行。

      welcome

       ようこそ、山口洋典のウェブサイトへ。私は、京都在住で、物事や出来事の意味を探るのが好きな研究者「のようなもの」です。「のようなもの」というのは、研究者とその研究の対象とのあいだに一線を画したくないという思いから来ています。いわゆるフィールドワーカーと言われるものですが、その際の基本的な接近の仕方は人間科学というものです。このフィールドワークに基づく人間科学とは、何らかの法則について論理を前提に立証させるといったように人々の認識を規定していく学問ではなく、よりよい未来を設計していくために社会の有り様をまず受け止めてそれを実践家とともに評価していく協働的実践に基づいて探究する学問です。こうした、物事の向き合い方に興味のある方には、以下の書物をおすすめします。


      • 渥美公秀 2001 ボランティアの知:実践としてのボランティア研究 大阪大学出版会
      • ウヴェ・フリック(著)  小野 博志・山本 則子・春日 常・宮地
        尚子(訳) 質的研究入門:<人間の科学>のための方法論 春秋社 (原著…Flick,
        U. 1995 An introduction to qualitative research, 2nd ed. London :
        Sage. )
      • 楽学舎 2000 看護のための人間科学を求めて ナカニシヤ出版
      • 杉万俊夫(編) 2000 よみがえるコミュニティ:フィールドワーク人間科学 ミネルヴァ書房


       このような、フィールドワーカーとして人間科学について探究している者として、このページが多くの方々への刺激を与える機会になれば、と思っています。あわせて、私自身の興味や関心も紹介する機会になれば、とこだわりの場所や道具なども示しています。

       

      <以前のサイトとの比較> 



       2009年7月6日までは、以下の11の要素をホームページとして提供してきました。今回、googleのbloggerサービスを利用するにあたり、以前の情報発信方法とは異なるものとなりました。以下、対応表を示しておきます。



      1.トップページ


      各ページ全体の窓口となるページ、本来の意味で「ホームページ」です。ブログでは「ホーム」という概念が基本的にないために、リニューアルに伴い、ウェブサイトのトップページとしては、http://web.me.com/yamaguchihironori/を作成しています。


      2.こんなひと


      講演等に用いる簡単な自己紹介を示し、履歴書作成時に必要な項目(学歴・職歴・社会活動・賞罰・所属学会)について掲げました。「ごあいさつ」の中の「こんなひと」をご覧ください。特に社会活動については、自分自身がどのような活動に取り組んでいるのかを整理する目的もあります。更新した場合には、このページの最終部分、更新履歴に記します。

      3.研究のフィールドとツール

      上述した協働的実践として関わっている研究の場と、それに対する専門(性)について示しています。「ごあいさつ」の中の「研究のフィールドとツール」をご覧ください。専門についてはキーワードの解説という形態で、できるだけわかりやすい紹介を心掛けています。詳しい内容を知っていただくために、参考文献の紹介も行っています。以前は更新履歴も示していましたが、blog系の情報発信ですので、投稿(再投稿)の日付等をご確認いただくものとして、更新履歴の掲載は終了します。

      4.業績


      これまで執筆、発表してきた業績一覧です。右コラムの「もくじ」にある「業績」からご覧ください。一部は内容を見ることができます。以前は更新履歴も示していましたが、blog系の情報発信ですので、投稿(再投稿)の日付等をご確認いただくものとして、更新履歴の掲載は終了します。

      5.拠点と道具

      日々の仕事や暮らしの拠点を紹介し、どのような生活の道具を用いているのかを示してきました。今回のリニューアルに伴い「拠点」と「道具」にラベルを分けることにしました。右コラムの「もくじ」にある、それぞれの項目から閲覧ください。こうしたところから、人となりをお知りいただければと思います。以前は更新履歴も示していましたが、blog系の情報発信ですので、投稿(再投稿)の日付等をご確認いただくものとして、更新履歴の掲載は終了します。

      6.Blog

      日記や関心事を、株式会社ドリコム提供のサービスを用いて、一日一枚を目標に、写真日記としてまとめていくことを基本にしてました。そもそもドリコムのサービスを用いてきたのは、大学コンソーシアム京都による学生ベンチャー支援のために、その事業拠点であるキャンパスプラザ京都内に「学生メディアプロジェクト」の一環として同社の前進となるグループに活動環境を提供してきたためです。しかし、広告表示の方針に憂慮していたところ、他のブログへの移行を可能にするツールが第三者によって開発されたため、より汎用性が高いGoogleのbloggrサービスへの以降しました。過去の投稿は、当面の間、コメントがあるものだけ(一部は誤って削除)遺すことにしています。

      7.リンク集

      自分自身が外出先で情報収集する際に便利なように、とリンク集を置いてきました。しかし、Blog系の情報発信のために、リンク一覧ページは廃止いたいました。今後は個々の投稿内、あるいは右コラムのガジェットに示していくこととします。

      8.予定

      財団法人大学コンソーシアム京都在職中の2005年2月より、Apple社のiCalによるWEB公開機能を使って公開してきました。今後、Googleカレンダーに移行する可能性があります。


      9.myprofile

      簡単な素描を、株式会社ドリコム提供のサービスを用いてまとめてきました。随時執筆、編集、投稿していきましたが、Googleのbloggrサービスへの以降に伴い、終了いたします。

      10.biography

      簡単な生い立ちを、株式会社ドリコム提供のサービスを用いてまとめてきました。随時執筆、編集、投稿していきましたが、Googleのbloggrサービスへの移行に伴い、終了いたします。

      11.このサイトの使い方

      この投稿「このサイトの使い方:ようこそ」で示している内容です。以前は更新履歴も示していましたが、blog系の情報発信ですので、投稿(再投稿)の日付等をご確認いただくものとして、更新履歴の掲載は終了します。




      <このサイトの対象> 



       このサイトは、広く一般の方を対象にしていますが、特に、以下の方々を想定して、作成しています。


      • フィールドワークによる社会心理学研究(一言で言えば、グループ・ダイナミックス)に興味のある方
      • ネットワーク型のまちづくりの実践に興味のある方
      • 環境教育やNPOインターンシップなど新しい学びのシステムとスタイルに興味のある方
      • 既に私自身とお見知り置きになった方で、さらに違う「顔」を知りたいと思っていらっしゃる方。



      2005年1月1日、.Mac上に開設、7月7日、Bloggerに移行。

      2009年7月6日月曜日

      ホームページリニューアル

       当初は大学内にサイトを開設していたものの、卒業後には民間のプロバイダにページを移していました。最初は地球温暖化防止京都会議(精確には国連気候変動枠組条約第三回締約国会議:COP3)でお世話になった市民活動・市民運動のためのプロバイダ「JCA-NET」に開設しました(現在もメールアドレスだけは残されています)。ちなみに大学時代は講義用のコンピューターがUnix(SONY News 5000シリーズ)、研究室ではUnixと親和性が高いMacintosh(LC475、その後PowerMacintosh 6100、など)でした。そのため、この数年(恐らく5年ほどは)Macでのホームページ作成を行う際にファイル同期が簡便にできるという理由で、Apple社の「.Mac」サービスを用いてページを公開してきました。
       ところが、この7月7日、「.Mac」(現在はMobile me)サービスによるホームページ公開サービスが大幅に変更されることになりました。理由は、世のブログサービスの隆盛に加え、Apple社のハード・ソフト一体化戦略により、ホームページ作成と公開については「iWeb」サービスへの一本化を図ることになったためです。Appleの機械を一台だけ使っている人にとって「iWeb」は便利になるのですが、あちこちを飛び歩き、複数のマシンを用いている者にとっては、やや具合が悪いのです。仮にMacBook Nanoといった、軽量のネット端末などが発売され、かつネット接続の定額料金がより定額になれば、それをネット関係専用端末としてフル活用することになるかもしれないものの、そうなった時はそうなった時で、なおさら「事足りなさ」のために、複数のマシンを駆使していくことになるとも想定されます。
       そこで、当面はこのまま公開も可能なようなのですが、いっそ「ブログ」のサービスに、これまでのホームページで提供してきた情報を盛り込んでいくこととしました。この間、いくつかのブログサービスを比較し、実際に仮運用も重ねてきたなかで、もっとも妥当な展開方法は、頻繁に更新が行われる情報(動的ページ)はGoogleのBlogger(http://www.blogspot.com)を中心に展開し、さらに速報性が高いところを最近「はやり」のTwitterを用い、加えて更新がない一部情報(静的ページ)は「iWeb」を用いることだと考えました。幸いにして、この間展開してきたdrecom(しかし、このところスパムコメントや広告に悩まされてきた)によるブログも、少し工夫を重ねたことでBloggerへの移行ができることがわかり、既に移行をほぼ終えたところです。あまり動いてこなかった私のウェブですが、既にTwitterの投稿も重ねてきているので、引き続きご愛顧をいただければうれしいです。


      トップページ
      http://homepage.mac.com/yamaguchihironori/
      http://web.me.com/yamaguchihironori/

      ブログ
      http://blog.drecom.com/catalyst/
      http://nposchool.blogspot.com

      (新)
      Twitter
      http://twitter.com/nposchool

      2009年5月26日火曜日

      号外


       久々に号外を手にした。かつて「ウメチカ」と呼ばれていた「ホワイティ梅田」から、JR大阪駅御堂筋口に向かう横断歩道にて、である。内容は北朝鮮が史上2度目の核実験を行った、というものであり、驚いたことに裏面は英語になっていた。少なくとも2社が配布し、関西テレビの報道カメラも確認したが、私が手にしたのは読売新聞のものであった。

       ちなみにこのニュースは、既に昼食の際にインターネットを通じて知っていた。Yahoo! Japanのトピックスに出ていたためだ。情報メディアとしての「速報性」においては、新聞はインターネットに敵わない。それでも、号外を出す理由、あるいは号外が出る背景には何があるのか。

       少なくとも、何らかの事件において号外が出る、というのは、それだけ事態の緊急性と重要性を社会に植え付ける効果があると考えている。それは他ならぬ、「号外」という名称に、根源的な価値が内包されていると捉えることができるためだ。そう、新聞はそもそも連番がつけられているメディアである。それゆえ、その連番、すなわち号数から外れたものをあえて出すに相応しい記事である、あるいは号から外れてでも伝えるべき情報がある、という判断の結果、編集、印刷、そして人が集まる場所で配布されているのだ。

       おそらく、こうした議論を投げかけてみると、多くの人々は「新聞社のメリット」を追究しようとするかもしれない。その点に対しては、世の出来事に対して新聞社が威信をかけて向き合っている態度の表明と考えてみてはどうだろう。そこに、インターネットの時代に、テレビのニュース速報とも違う、新聞というメディアだからこそ持ちうる、もしくは持つべき役割が、まだ追求されようとしているのではなかろうか。ちなみに私が前回手にした号外は北朝鮮拉致被害者の救出の件、その前が生まれて初めて手にした「高橋尚子、金メダル」だったのだが、大学に向かう改札前で手にした一枚が、連番の中には数えられない号外の記録に関心を向けさせた。

      2009年5月10日日曜日

      パンゲア

       久しぶりのブログの更新である。もはや、日記とは言えない速度での更新となってきた。いっそ、やめてもいいのだろうが、なかなかやめられない。そのあたりが私のダメなところだ。

       更新をしようと思ったのも、素敵な結婚の祝宴に招かれたためである。一応、ということばを付けるべきではないのかもしれないが、一応、部下が新郎の宴であった。100名規模の大きな会で、しかも表現者たちの豊かな趣向で、ほほえましく、しかしよく練り上げられ、加えて感動的なときを過ごすことができた。いわゆる披露宴という形式ではないため、引き出物という性格ではないのだが、持ち帰らせていただいた一品も、参加者それぞれの背景に深い関連を見いだした逸品であった。

       会場の名前が「パンゲア」であったのも印象的だった。その昔、社会の授業で習った(と思われる)大陸移動説に基づいて出てくる大陸の名前である。今はそれぞれに分裂した大陸は、その昔一つだった、というアレだ。二人が結婚するという区切りの機会を、そんな名前の場所で行うというのも、実にしゃれている。無論、この名前だけで会場が決まっただけでなく、昔倉庫であった場所だとか、あるいは生まれ育ったまちにあるだとか、さらには大きな駅から徒歩圏内であるとか、複合的な理由でそこになったのだろう、が。

       印象的だった場面を挙げればきりがないが、それでも、一つだけ紹介させていただきたい。それは、新郎と共に表現者としての共通体験を持ってきた作家が、新郎に「なりきって」の歌とお話を披露した、という点である。それは、準備委員を務めた仲間たちとの議論を通じて、それぞれの創意工夫の中から生まれた作品であったという。そうして、それぞれに、またそれぞれの家族に、さらには参加者全員に、ひいては場所を提供された会場に、丁寧な配慮と最大の敬意が払われていた祝宴に招かれたことのよろこびをここに刻んでおくとともに、新郎・新婦の幸せをつとに願うところである。



      20090509.jpg


      2009年4月9日木曜日

      新年度講義開始

       新年度である。同志社大学では本日から2009年度の講義が始まった。今年はお役目として、新入生の講義も1つだけ、担当させていただくこととなった。その名も、First Year Experience、直訳すれば初年度経験というゼミのようなものだ。

      20090408.jpg 高校を出たての学生たちが質問攻めに合う。とりわけ受験勉強においては、より高い点数を取ることができるよう、答えのある問題への解答の技術を磨いてきた人もいただろう。それに対して、徹底して「あなた」を問う教員に対し、さぞ暑苦しく、うっとうしい思いを抱いた学生もいたと感じてやまない。沈黙の時間が数分続いたときもあったのだが、それでも私は投げかけへの「応え」を待ち続けた。

       日々、大学院を担当しているからと言って、学部の1回生に対し「高校4年生」などと揶揄したいとは到底思えない。むしろ、要求水準が高いと思われようが、「クリティカル・シンキング」「傾聴」「リテラシー」ということばを直接使って、それらの概念に根ざしている意味の説明を通じて、4年後の「あなたたち」に身についていて欲しいことを伝えさせていただいた。どこまで届いたかはわからないが、少しでも響いていたとすれば、うれしい。例えば、遠くないいつか、レジュメを掘り起こして見つめてみたり、もしくは、昼食や夕食の際、友人や家族との会話の話題にしてもらえれば、それは何らかの引っかかりがあったことのあらわれであり、単に「うけた」のではなく「響いた」と言えるだろう。

       17人の小集団科目に続いて、夕方には登録人数717名の大大講義であった。Stage ManagerというソフトとiPhoneに入れたStage Handというアプリで華麗に操作、のつもりが、慣れないインターフェイスで、それこそ飛翔体ではないのだが「誤探知」「誤作動」だらけで散々であった。それにもめげず、スティーブジョブスには到底及ばないステージを終え、再び少人数のゼミに向かった。講義初日から全力で向き合った反動で、ちょっとスタミナを蓄えたいと欲し、つい「天下一品」の「こってり」を求めて帰り道に立ち寄ってしまった私であった。

      2009年3月27日金曜日

      ライバル関係

      20090326.jpg 應典院寺町倶楽部のニューズレター「サリュ」60号のインタビューでお世話になった方へのお礼を込めて、ランチをご一緒させていただいた。行き先は應典院から程近い、まちの洋食屋さんである。今後もお使いいただけるようにと100部をお渡しさせていただいた。第三者がとりまとめさせていただいたご自身のライフヒストリーを、ご本人に楽しんで読んでいただけると、編集者としての喜びもひとしおである。

       今回はランチを食べながらではあったが、さしずめ私へのインタビューの機会にもなった。他愛もない問いが投げかけられるのだが、答えを戻すなかでは、私自身の人生の要所要所を振り返ることが求められていたような気がした。いみじくも、「考えることが習慣になっていて、苦痛なことではないのですね」という感想をいただいたのだが、確かに、考え抜いた結果ではなかったものの、日頃漠然と感じていることや、あるときに思ったことなども含め、自分の考えを伝えさせていただいた。ちなみに、質問の内容は、イチローについて、何かをするときに伴うしんどさについて、はたまた恋とは何か、など、極めて多彩であった。

       その中で、「かっこいいと思う人はどんな人か」という投げかけに対し、ほぼ即座に「ライバル関係を持っている人」と応えさせていただいた。このことに、二重の意味で驚かれたようである。一つは、なぜ即座に自信を持ってこうした抽象度の高い問いに応えられるのか、もう一つは、そうした関係を私自身が持てているという実感が伝わったためであった。ライバル関係とは、一方的な羨みや妬みによるものではなく、あいつには負けたくないと闘争心を抱きつつ、どこかであいつを手本として学んでいこうという思いが双方のあいだで成立していなければならない。しかも、その関係が、年齢が離れたあいだにおいて、技術と経験の深度から構築できていれば、切磋琢磨しあえる可能性を持っている意味で、実に「格好」が良いのではないか、そんな風に考えていることを伝えせていただいた。

       もちろん、私自身、「ええかっこしい」な自分を気取ってしまったり、一方で無様さを露わにしてしまうこともある。そのときこそ、自らの傲慢さや、相手の謙虚さを見つめる絶好の機会であり、ライバルやモデルを見いだすきっかけとなることもあろう。ちなみに来年度は「アクティベーション」ということばをキーワードに、より一層、人間関係の構築について、すなわちコミュニケーションデザインについて、より深く考え、そして丁寧に向き合っていきたいと考えている。少なくとも、多くの原稿が進んでいない無様さを赦していただいている皆さんへの謝意を覚えつつ、先般のインタビュー時には元気のなかった私を元気づけてくれたことへのお返しは、少しだけできたのではないかと思いつつ、この文章を綴ってみた。

      2009年3月22日日曜日

      修了式

       本日、同志社大学大学院総合政策科学研究科の修了式が執り行われた。この文章は、関連学部・研究科での修了式、研究科での学位記授与式、ゼミの懇親会、研究科での謝恩会、研究コースの懇親会が終了し、最終の新快速電車の中で綴っている。にしても、長い一日であると同時に、感慨深い一日だった。それは、自分自身が直接論文指導を担当した院生が輩出されたことが大きいのではないかと感じている。

       本日、私の関連で修了したのは、総合政策科学研究科の中でも、ソーシャル・イノベーション研究コースの11人であった。無論、11人全てが、私の講義を受講していたわけではない。そのうち2名は私が論文の指導担当教員であった。とはいえ、これは本日確認したところであるが、私が指導を担当していた否か、あるいは私の講義を受講したか否かを問わず、概ね私は鬼軍曹のように、厳しい指摘を重ねる教員として位置づけられていたようだ。

       それでも、2名の論文指導担当学生、すなわちゼミ生との懇親会の中では、私自身がいかに学生たちのフィールドに向き合ってきたかについて話させてもらった。端的に言えば、私がいかにして背負い込む覚悟を決めたか、自らの院生時代の指導内容等を紹介しながら伝えたのだ。そこでは、「そうですね」と流してしまえば片付けられることを、あえて「違う」であるとか「それがしたかったのか」であるとか、あるいは「そうは思わない」、といったことを伝えるには、相当の覚悟が必要なことを伝えた。

       場面は変わって、ソーシャル・イノベーション研究コースの懇親会では、教員からのあいさつのなかで、自分自身が大学院修了の際に指導教員から伝えられた「自動車のライセンス」の比喩を、私なりにもじりつつ、はなむけのことばとして話させてもらった。大学院を修了するということは、一定、一人前の人物として認められた証であり、だからこそ、ペーパードライバーのままで終わらせたり(つまりは、大学院を修了しながら、実践や研究が継続されなかったり)、あるいは無謀な運転で事故を起こしたり(つまりは、横柄な態度で研究対象や実践の協力者や支援者に実害を与えたり)して欲しくはないことを伝えた。もちろん、伝えるだけは伝わらないので、少なくともゼミ生には、という思いから、現代美術の作家さんにお願いして、私からの修了記念品を渡させていただいた。ここで改めて、修了生の皆さんの今後の活躍を願うと共に、謙虚に、感謝の念を忘れることなく、現実に対して誠実に向き合っていただきたいということを記し、お祝いのことばとさせていただきたい。



      20090321.jpg


      2009年3月20日金曜日

      スピード違反

       久しぶりのブログ更新である。この間、全く書けなかった。書く気がしなかったわけではない。微妙な表現だが、ブログなるものを書く時間に意味を見いだせないでいた。なぜ、ブログを書くのか、そんな単純ながらに、明確の答えの出そうにない問いを自らに投げかけ、書かないことを正当化してきた。

       コモンズフェスタが終わり、程なくイタリアに行った。龍谷大学の調査チームに入れていただいたのだが、これも書くことに、むしろ躊躇をしてしまう一因ともなった。日常の暮らしのリズムが全くもって乱れてしまっているなかで、わざわざ文字を綴る理由がどこにあるのか、という素朴な問いを抱いたのだ。それよりも、書く時間を誰かと話したり、呑んで騒いだり、あるいは読めていない本に目を向けたり、そうしたことに使った方がいいのではないか、などと考えてしまったのである。鬱状態、そういう言い方こそ安易だが、日々、小さな作業と、着実に対応すべき予定に向き合う中で、ブログには向き合えないままできた。

      20090319.jpg ところが本日、スピード違反で検挙された。オートバイで、59km/hで走っていたところ、制限速度が40km/hだから19km/hオーバーだという。急いでいるときにこそ、こうして止められるものだ。思えば昨年のこの時期は、自転車で激走した際に、自動車と接触して大怪我を負ってしまった。いみじくも、年度末という慌ただしい時期だからこそ、注意散漫になってはならないことを、出来事は違えど認識する時期となった。

       そこで、もう一度ブログに向き合うことにした。写真は反則切符と納付書である。その後ろにあるのは、先ほど、大阪ガスの弘本さんからいただいた、新刊の刷り見本である。本のことはまた次の記事に書くことにして、再開記念の投稿を終えることにしよう。仕事も、暮らしも、無理のない安全運転で行こう、という決意を綴りつつ……。

      2009年1月23日金曜日

      生中継

       應典院のブログにも書いたとおりに、これから生中継である。取材をいただくのは、NHK大阪放送局の秋鹿アナウンサーである。10日の日に、たまたま立ち寄られたのがご縁で、このように中継をいただくことになったのだ。ご縁って、素晴らしい!



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       とりあえず、今回は短めだが、速報まで。ちなみに、14時半から来られて、16時半にカメラテスト、17時にスタジオからのリハーサルチェック、18時前に最終リハーサルをした上で、18時40分に待機、とのこと。放送は18時45分頃からの予定。どんな方にご覧いただけるか、ご縁の妙を楽しめることを願おう。

      2009年1月15日木曜日

      詩の学校

       思えば怒濤の2日間だった。体調不良のなか、少々の休養を取りつつ、應典院に対するもう一つの顔、同志社大学の教員として、修士論文提出に向けた指導を行っていた。今年度は論文の主査を2名分担当している。とはいえ、いきなり2名を担当するのではなく、一定期間、実践的研究計画の立案、進行、評価等々を、共に向き合ってきた共同研究者のようなものである。とはいえ、二足のわらじが影響してか、決して充分な指導が重ねられなかったのではないかと不本意な思いを携え、大いなる反省を重ねながら應典院に向かった。

       同志社大学から急ぎ足で應典院に到着すると、既に「詩の学校」が始まっていた。毎月一回應典院で開催されている「詩の学校」だが、ちょうど1月の開催が防災・減災を取り扱うコモンズフェスタ開催中ということもあって、震災をテーマに詩作をする場としていただけないかと打診をしたところ、快諾をいただいた。ゆえに、今回は、「震災を、わたしの、わたしたちの、ことばとするまで」と題し、特別編として開催いただいた。企画提案者ということもあって、私も参加させていただいた。

       知る人ぞ知る、のだが、大学時代、私は手習いのギターを携え、詞と曲をつくっていた。もちろん、青春時代であるから、恋だの愛だのを歌っていた。長渕剛と尾崎豊を基本に、Mr.Childrenのテイストを振りかけた感じ、とでも言えば、わかっていただきやすいだろうか。もちろん、それだけではなく、キャンプに行った際には、参加者からのことばをもとに詞と曲をつくり、終了前に披露するというようなワークショップも行っていた。

       そんな私にとって、久しぶりの詩作であった。とはいえ、大学時代に行っていたのは「詞」であって、精確には「詩」でない。そんなか、コモンズフェスタでの防災と減災にアートで接近することにどのような意味があるのかについても考える時期と重なっていた。その場で朗読はさせていただいたものの、40分という与えられた時間のなかで作ったのが以下のものであるので、基本的には私の備忘録めいたものとして、ここに紹介させていただくことにしよう。





      アノヒトイツモ

      2009.1.14 山口洋典





      あの日の朝は 忘れない

      京都の下宿で見た 神戸の映像

      いつかの夜が 懐かしい

      現地のテントで飲み 語った仲間



      きれいにことばで まとめてみても

      アートのチカラに たよってみても

      あの日の朝は 語りえない

      いつかの夜は 伝わらない



      「詩という文字はね、「ごんべん」(言)に「てら」(寺)と書くのですよ」

      だからお寺で 詩の学校

      学校と言うけど 読み方 書き方は 教えてくれない

      だけどお寺で 詩の学校

      そこにあるのは 仲間と共に 過ごす場所

      不親切が 心地よい

      不親切が ちょうどよい



      震災短歌をつくる先生がいるそうだ

      伝えることでも 伝わることでもなく

      ただ詠むことを こどもに投げかけるそうだ

      無理にとは言わず でも無理をせずに

      こどもたちは先生のところに 文字を運んでくるそうだ

      あの日のことや いつかのことを

      記憶をたどって 思いをつづって



      忘れられない記憶があるのは

      気づかぬうちに思い出すから

      きっと思い出は脳ミソの中にあるのでなく

      まるで動物的なセキズイの反射で思い出すから



      あの日の朝は 忘れない

      いつもの朝を よろこびたい



















      ※上記の「震災短歌をつくる先生」については、今回の「詩の学校」において自己紹介の後に、朗読の素材として使われた新聞記事で知ったことである。また、書き方、読み方は教えてくれない、としているが、完成した作品を読むときに、(1)イメージを詠む(映像・風・色・季節などを思い浮かべる)、(2)紙を詠まない(身体ごと聞き手に向けて詠む)、(3)集中力を切らさない(肛門を締める)、など、具体的な点が指摘されている。

      2009年1月12日月曜日

      まとまりがない

       体調が悪い。単なる風邪で、快方に向かっていると思いたいのだが、症状が日に日に変わるのが、しんどさを高めている。金曜日は喉の痛みに苦しみ、土曜日は止まらない咳に苦しみ、今日は鼻づまりに苦しんだ。鼻が詰まると、どうしても集中力が続かない。だからといって、避けることができないことも多い。

      20090111-3.jpg 今日の朝、まず行ったのは、昨日コモンズフェスタに多く来場いただいた方々で、ブログを頻繁に書かれる方がどんな風に表現しているか、であった。うれしいことに、それぞれに、あたたかいことばがブログに綴られていた。この個人ブログはもとより、應典院のブログまでも更新が滞ってしまったことを考えると、それらのブログによる情報発信力は高いものではなくなってしまっている。それゆえ、頻繁に更新がなされているブログに掲載いただくということは、実にありがたいことである。

       ともあれ、こうして多くの方に来場いただく機会をつくると、思わぬ再会をさせていただくことにもなる。例えば本日のタミヤリョウコさんのワークショップでは、以前、上町台地からまちを考える会の定例トークサロン「上町台地100人のチカラ!」のゲストにお越しいただいた金益見さんとお会いすることができた。自ずと、終了後に近況を話し合うことになるのだが、相変わらず精力的な活動に圧倒されてしまった。加えて、抱えている悩みが吐露できるということにも、さわやかさを感じた。

      20090111-4.jpg 上町台地つながりで言えば、ワークショップ終了後、緑橋で開催されていた落語会の会場「燈」に顔だけ出させていただいた。体調が思わしくないことは、どうにも皆さんに伝わってしまうようで、「しんどそうね」と声を掛けられる。ちなみにこの「燈」という場所は、六波羅真建築研究室によるプロデュースである。本来であれば、そんな空間を存分に楽しめればいいのだが、好きなお酒や、美味しい食事を楽しむこともできず残念至極、ゆえにこの文章もまた、まとまりがない。

      2009年1月11日日曜日

      毎日新聞大阪本社大阪版:日常風景から「災害とは」

       昨日取材を受けた内容が、本日の毎日新聞大阪本社発行大阪市内版に掲載されていた。署名記事で、中本泰代記者によるものだ。私にとって毎日新聞は、実家が講読していたこと、後輩の一人が(最近異動して)大阪本社で働いていること、さらにはレイアウトにこだわっていること、複数の理由があって、馴染みが深い新聞社である。以前はマイクロソフトと連携して、MSNに記事を配信していたが、関係解消の後には、自社のサイトで、地域版のニュースも公開している。



      http://mainichi.jp/area/osaka/news/20090110ddlk27040351000c.html



       取材をいただいたのは、昨日も触れたとおりに、新潟県小千谷市(旧・川口町)の塩谷地区の「超日常」を撮影した映像上映の企画についてである。大阪でアーツカウンシルをつくる会などで縁が深くなったremoの甲斐賢治さんたちによって、減災を考える「映像ドリル」に仕上がった。テレビ番組の映像に慣れた人々にとっては、今回の映像は「あまりに説明的でない」ため、大いなる戸惑いを抱くのではないか、と感じている。しかしながら、上記の記事において見事にまとめていただているように、「特別なことは何も起こらない」からこそ、「新潟県中越地震被災地の現在の風景から、自分たちの日常や、地震という非日常に思いをはせる」ことに、真摯な姿勢を持っていただければ、と願っている。

      20090110-4.jpg 本日はコモンズフェスタ2008/2009会期全日程で進化型の展示をコーディネートいただいた小山田徹さんのトークイベントがあったことも重なって、多数の来場者に映像の鑑賞もいただいた。ここに掲載した写真には3人の人々が写っている。左端が京都橘大学の小暮宣雄先生なのだが、先生曰く、「座って見てると、空気感が伝わってくる」、と。また、座って見ておられる右端の方は、大阪市の現代芸術創造事業で密な連携を図っている「大阪アーツアポリア」の小島剛さんのだが、氏曰く「裸眼で見ている感じがする」、と。

       上映させていただいている映像は12月23日、学術界における師匠、渥美公秀先生の協力によって、先述の甲斐さんによって撮影隊が組織されたことで収録することができた。また、3面のスクリーンによる効果的な展示を実現するには、ドット・アーキテクツの家成さんの創意工夫があってこそであることは言うまでもない。ここに謹んで謝意を表させていただきたく。最後に、そんなドタバタの中で準備したものの一つに、カーバイトを用いるアセチレンランプがあるのだが、それはまた、別の機会に紹介させていただくことにして、本日はそのランプにはじめて火が入ったことだけ綴っておくことにしよう。

      20090110-3.jpg



      (山口洋典)





      2009年1月10日土曜日

      減災の身体性、はじまる。

      20090108.jpg 應典院が防災を取り扱ったらこうなる、という総合文化祭「コモンズフェスタ2008/2009」が始まった。というか、年明け最初のブログが、本稿となる。景気よく年末に書きつづってきていたが、修論指導、除夜の鐘のお手伝い、実家への帰省等々で、滞ってしました。とはいえ、無理せず、気ままに、ええかっこしいにはならずに綴っていこうと決意したところなのだが、それはそれで開き直りとも思われるかも知れない。

       ともあれ、その後、さらにバタバタしてしまったのが、本日開会の「コモンズフェスタ」の準備であった。間際のバタバタは、既に多くの方に「当たり前」のようになってしまっているが、今回は本当にバタバタだった。詳細は應典院のブログにも掲載しているが、機材トラブルは心臓に悪い。それでも、無事、開会には間に合ったので、よしとしよう。

       初日のコモンズフェスタ、初っぱなから多忙を極めてしまったのは、多くの方のご配慮の賜物で、多方面からの取材等をいただいたことによる。まずは13時から2時間弱、毎日新聞の社会部の記者さんから取材を受けた。また、夕方のNHKラジオのニュース(17時代)で紹介をいただき、さらには2月から行われるレスキューストックヤードのパネル展の記者会見が大蓮寺の客殿で行われたので、その後、集団での鑑賞のお世話をさせていただいた。さらにはそのあいだに、NHK静岡放送局の記者から電話で取材を受けて、と、てんてこ舞いだった。

       実はNHK静岡放送局の取材の後、またNHKラジオ第一での報道の後、他にも何人かの方々と打ち合わせをさせていただいていた。とりあえず、差し支えのない範囲で、それらの「後日談」を伝えておくと、NHK静岡放送局の記者は、私を、あるいは私の周りの出来事を朱会いされる、とのことである。果たしてどうなるか、また内容が明るくなったところでお伝えせていたくことにしよう。何よりどうぞ、應典院のコモンズフェスタにお越しくださいませ〜。

      2008年12月30日火曜日

      mobile me

       iPhoneが、単なる電話と異なるのは、私にとって最適な情報ビューワーであるためだ。情報ビューワーとして都合がよいのは、画面の大きさだけではない。また、ペンのいらない操作性だけでもない。最大の理由は、MacOS機を常用しつつ、情報の一元化を図っていることにあろう。

       というのも、iPhoneは、同じくAppleから提供されているmobile meというサービスを使うことによって、グローバルな情報だけでなく、ローカルな情報、つまり個人情報との同期を図ることができるのである。予定表、アドレス帳、メール、それらの情報が一元化されるのだ。iPod Touchもまた、mobile meを使うことができる。しかし、iPhoneと決定的に異なるのは、(少なくとも私の場合は)softbankの3G回線がつながっていれば、いつでも、情報の同期を取ることができるのだ。別に取るに足らないこと、と思う人もいるかもしれないが、早くからPDA(Personal Digital Assistant)を使ってきた私としては、何の気兼ねもなくデータの同期が取れるということは、極めて画期的なことなのである。

       ガジェット好きな私は、以前、Apple社(当時、Apple Computer社)から出されていたNewton Message PadというPDAを使っていた。1998年のことである。日本語版はなかったものの、エヌフォーという会社が開発してたソフトを使って日本語化をして使っていた。残念ながら、その中に入れたデータの取り扱いに困り、Palm社の機種に乗り換え、Macと同期させて使っていた。

       皮肉なことに、Appleが作ったNewtonの個人情報は、同じ会社のMacとのあいだで同期が取れなかったが、Palmとのあいだでは、OSXの時代になっても、一手間をかければ容易に情報の一元化を図ることができた。しかし、一つだけ困ったのは携帯電話の番号を、着信履歴等とあわせて同期を取ることであった。最初はSymbianOSが動くモトローラのM1000という機種を購入し、その後、WindowsMobileが動くHTC Zという機種を應典院から支給していただき、それぞれに使っていたものの、操作性と日本語の扱いがうまくいかず、不満が募っていた。そこに出てきたAppleによるiPhoneとmobile meは、私にとって、かねがね望んでいたハードとソフトのパッケージなのであった。









      2008年12月29日月曜日

      iPhone

       今年一番の買い物は、iPhoneだったかもしれない。言うまでもなく、値段で、という意味ではない。結婚にあたっての衣装や旅行などは、iPhone何台分にあたるだろうか。とはいえ、それぞれに、お金の大小には代え難い、魅力や価値がある。

       とりわけ、iPhoneの何が一番かというと、ライフスタイルやワークスタイルが、この近年希に見るくらい変化したためである。その要因は、手の中にインターネットの世界が埋め込まれている、という点にある。無論、これまでも、NTTパーソナルの時代から、PHSで通信環境を整えてきたし、携帯電話はM1000というビジネスFOMA第一世代機から使ってきた。しかし、iPhoneほど、ただ「できる」だけでなく、何の気なしに通信を「する」ことを楽しませてくれた端末はなく、さらには活用「したい」と思わせる仕掛けを喜ぶことができるものはなかった。

       iPhoneが最も画期的なのは、単なる携帯電話の枠ではなく、携帯情報ビューワーとして最適化されているところにある、そう捉えている。すなわち、文字入力等もできるのだが、それ以上に、インターネットを通じて情報を吸い出し、目の前に表現してくれるという端末だ、ということだ。事実、私はこの12月から、職場・個人の全てのメールを、ほぼiPhoneで確認するようにしている。その他、電車の時刻などの確認等も、すべてiPhoneだ。

       ただ、不便なこともある。まず、1994年12月から使ってきたNTT DoCoMoでは困らなかった「圏外」に遭遇することが圧倒的に増えており、その最たる場所が自宅(の寝室)なのだ。その他、電池の持ちの問題などもあるが、それ以上に不便なのは、それだけiPhoneの使用がライフスタイルとワークスタイルに根付いているため、忘れた時に、情報から、また電話環境を失ってしまう、ということだ。実際、今日も演劇鑑賞等に出かけたのであるが、途中、住職からメールが送られており、お会いしてから「メールを送ったけど」と言われる始末であった……。







      2008年12月28日日曜日

      scansnap

       今日は應典院の仕事納めだった。例年、仕事納めの日は、個々の机周辺の清掃、エアコンのフィルターの清掃、ワックスがけ、が恒例となっている。ちなみに、昼食を全員で食べることも恒例行事の一つである。加えて、住職が「下座行だ」と仰いながら、たった一人で、全てのトイレを掃除をされるのも、恒例となっている。

       さて今年の大掃除、個々の机まわりの清掃は1時間の予定であったが、私だけが、遅々として片付かず、足並みを乱してしまった。無理もない。机の上は書類の山、山、山であったのだ。「雪崩」と揶揄されながらも、一つひとつ、思い出に浸りすぎないようにしながら、整理し、片付けていった。

       書類だらけの机上を整理するにあたって、極めて役立っているのが、富士通の子会社「PFU」から出ているscansnapという機械である。より一般的な名称で呼ぶなら「ドキュメントスキャナ」と呼ばれるものだ。A4サイズまでの紙を、最大50枚までセットでき、その後ボタンを押せば瞬時に読み込んでいってくれる。しかもそれは、PDF形式やJPG形式など任意の書式で保存ができる上、ファイルの容量を重視するのか、あるいは画質を重視するのか、など、ある程度の設定がパソコン上で可能となっているのである。

       とりわけ、パソコン関係の機械は「ガジェット」と呼ばれるが、私はそもそもガジェット好きな人間であるとよく言われている。このscansnapも、数あるモデルのなかでも「scansnap fi-5110EOX2」と「S500-W」と「S300M」の3つを所有しており、中でも應典院に置いている「S500-W」は、以前に探しに探して新品を購入した逸品なのである。と言うのも、「S500-W」は、発売5周年に出た「限定」モデルだったのだ。今でこそ、後継機種のS510はMac専用モデルとしてホワイトモデルが出ているが、「S500-W」は……などと、際限なく「モノ」について語ってしまいたくなる私、来年も「モノフェチ」の癖は直りそうにない。



        

       



      2008年12月27日土曜日

      祈り

       應典院の自分感謝祭が行われた。と、簡単に書いたが、なかなか伝えるのは難しい。應典院の年中行事の一つで、一年間を振り返り、次の一年を展望する音楽法要、と記したところで、なかなか伝わらないだろう。自分感謝祭は、秋田光彦住職、池野亮光事務局長など僧侶スタッフはもとより、城田邦生主務及び森山博仁主務ら技術スタッフと、さらには素晴らしいオルガン演奏を行っていただく藤田礼子さんと、玄妙な照明計画と技巧によって得も言われぬ場を創造していただくホシノ貴江さん、そして来場いただく方々の協創によるものである。

       應典院で働く者ゆえに身びいきとなるが、なかなかの催しである。音楽法要と言いながらも、まずは灯明をあげ、献花し、そして線香をあげる。その後、基本的に浄土宗の枠組みに沿っているが、どんなお宗旨の方でも読むことができる「般若心経」を中心にした読経が行われる。続いて住職による法話が行われ、最後に、今年の悔やみを記した「自分懺悔(さんげ)カード」を炊きあげる「浄焚」と、来年への展望を記した「自分感謝カード」を三宝に載せて誓いを立てるという儀式だ。

       ここで行われる住職の法話は、さしずめ、清水寺で行われる「今年の一文字」のような意味合いでもある。昨年は若くして癌で亡くなったJRの運転士(念のため、尼崎脱線事故の運転士ではないことを記しておく)のお話と「呼びかけ」ということをテーマにしたお話であった(ように思う)が、今年はホスピス病棟で亡くなった方の末期に向き合われたお話と秋葉原連続殺傷事件のことが話題に上った。端的にまとめるなら、「つながり」について取り上げた話であった。とりわけ、秋葉原事件の犯人は、犯行前、しきりにインターネットの掲示板へ事件発生に至るまでの経過を綴ったのは何故なのか、さらにそれに対して直接的に反応しなかったのはなぜか、それらを手がかりに、「つながり」についての問題提起が行われたのだ。

       要するに、今年の自分感謝祭では、私自身は生かされている存在であるということ、いわゆる「縁起」の教えが説かれた。その際に使われた「道具」の一つが、山尾三省の詩である。この詩は、先ほど少し触れた、ホスピス病棟で亡くなられた方に、秋田光彦住職が薦めた書籍の一つに掲載されていたものである。毎年12月26日の午後2時と午後6時から行われる催しであり、一年でたった2回の機会を得ていただかなければ、なかなかその醍醐味を堪能することができないのであるが、本日の法話で触れられた詩の全文を以下に示すので、追体験をしていただければ幸甚である。



      永劫の断片としての私





      人間とは何か

      私とは何か という

      日常世間から忘れられた問いを

      正面に立て 生涯をかけて

      どこまでも追っていくのが

      お寺 という場の仕事であり 詩人の仕事でもあります



      お寺には昔から

      阿弥陀様という如来が 座っておられますが

      人間とは何か

      私とは何か



      という問いと 阿弥陀様の間に

      どんな関係があるのかといえば



      人間というものは

      また 私というものは

      (私達を生み出した)この永劫宇宙の 断片であることが

      昔から知られていたのです



      阿弥陀様というのは

      人格化された 永劫宇宙の姿であり



      私達は どのように思考や文明を展開させたとしても

      この永劫宇宙の

      断片であることから

      逃れることは できません



      ですから ありのままに

      その永劫宇宙の 断片としてあり



      ありのままに

      南無不可思議光仏 と

      永劫宇宙を讃えることが

      その断片としての私の

      喜びとなり

      知慧の完成ともなります



      人間とは何か

      私とは何か という

      世間にあっては難しい問いを

      正面に立て 生涯をかけて



      どこまでも追っていくのが

      お寺という場の仕事であり 詩というものの仕事です







      山尾 三省 2002 祈り 野草社、 pp.121-124.

      2008年12月26日金曜日

      いきなりはじめるダンマパダ

       先般、大失態をやらかしてしまった。私が管理職を務めている應典院での映画会において、である。應典院というお寺は、檀家制度によらず、NPOによる会員制度により各種事業の企画運営がなされているが、その会員さんの投げかけによって上映した映画とトークのイベントに対し、あまりに無様な集客数に止まってしまったのである。遠方より来場いただいた監督及び企画立案をいただいた会員の方には謹んでお詫び申しあげると共に、年の瀬の忙しいなかでご参加いただいた有縁の皆さまに深い謝意をお伝えさせていただきたい。

       最近、つとに感じているのは、「ウケる」ことばと「響く」ことばは違うということである。正確に数えたことはないが、概ね年間で50本ほどの事業に携っている。そんなか、特に最近、体のいい「ウケねらい」のことばを吐き、結果として、響くことばを紡ぎ出せていないのかもしれない、という焦燥感に責めさいなまれることがあるのだ。その背景には、緻密、綿密、かつ継続的で集中的な情報発信が行えていないのではないかという反省がある。

       惨憺たる結果を適切に受け入れようと深い悩みに浸っていたところ、昨日実施された應典院の月次会議にて、住職より『いきなりはじめるダンマパダ』がスタッフ全員に手渡された。この書物は、昨年度、應典院にて開催された原始仏典「ダンマパダ」を取り上げた仏教講座の内容が再構成されたものである。講座の講師であった釈徹宗師(大阪府池田市・如来寺住職)の著作だが、2008年の夏に出版の話が具体化し、12月には刊行されているという手際の良さに圧倒される。当時の講座風景の写真を提供すればよかったという後悔を携えつつも、一方で講座に参加された方々の熱心な姿勢は今でも容易に想い起こすことができるという、希有な学びの場であったことをここに記しておきたい。

       振り返れば、今年の應典院はスタッフの底力で仕上げたコモンズフェスタに始まり、途中にチベット騒乱に関する講演会や恒例の演劇祭などを経て、明日、自分感謝祭にて幕を閉じる。単なる年の瀬の感傷的な雰囲気に浸っているのではなく、改めて今年は何をなしえたのかを考えつつ、昨年、應典院で生まれ育った学びの場が一冊の本にまとめられていることに喜びを覚え、久しぶりにブログに書き込みを行ってみた。既に記したとおり、秋には應典院で結婚式も挙げさせていただいた。この年に出会い、またつながりなおした皆さまへの感謝とともに、重要なときに響くことばを持ち得なかった自分自身への懺悔(さんげ)の思いを携えて、再び私語りを始めていくことへの決意を表させていただきたい。





      仏教の目指す理想の宗教的実存とは




       自分自身との関わり、他者との関わり、さらには神との関わり。生と死を超えるものとの関わり、あるいはこの世界、社会を超えるものとの関わり。

       その関わっている姿こそ自分自身そのものである、これを宗教的実存と言うことにしましょう。

       では、仏教の目指す理想の宗教的実存とは何でしょうか。

       それは、「成り切る」ことです。歩くときには歩くことに成り切る、坐るときには坐ることに成り切る、念仏すれば念仏そのものに成り切る。でもそのためには、自分のありのま(改ページ)まの姿をしっかりと自覚せねばなりません。



       何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか。 ーー 世間は常に燃え立っているのに。汝らは暗黒に覆われている。どうして燈明を求めないのか。(一四六)



       君のその笑い、その喜びはニセモノだ。世間は常に自分の都合で燃えるような焼け焦がされるようなニセモノの世界じゃないか。虚妄じゃないか。厳しくがぶり寄ってくるような偈です。

       ここで語られる「暗黒に覆われている」とは、「無明」のことです。「自分自身のありのままの姿さえ見えていない」ことを表しています。君は闇の中にいるのだ、そのことに気づかないのか、というのです。どうして真の姿を求めないのか、それでいいのか、そのように第一四六番は迫ってきているのです。この文章を読んで、実存不安を感じる人はそうとうな宗教的実存派ですね。

       この一四六番はたいへん迫力のある偈です。すごく力強い。ちょっとお疲れ気味のみなさんの宗教的実存を呼び起こそうとしているかのようです。

       ちなみにここで出てくる燈明は、仏教の教え(で得た智慧)のことです。例えばみなさ(改ページ)んが真っ暗な部屋にただ一人居るとします。自分の手足さえ見えない、真っ暗闇です。それが私たちの今の現実存在なのかと第一四六番は語りかけています。どの方向へ向かって歩けばいいのかさえわからない。自分はどんな人間なのかさえわからない。そこへ、燈明がもちこまれます。一気に部屋の様子がわかります。自分の姿も見えるし、どの方向に出口があるかもわかる。そして、暗闇だと現れなかった自分の姿が黒々と、くっくりと出現します。この影は自分が抱える煩悩を表しています。そう、仏教の教えに会わなければ、煩悩も見えてこないんですよ。でも、大丈夫。煩悩があっても、燈明があります。燈明はものごとの実相を魅せてくれる智慧です。

       仏道を歩む、仏教を実践するということは、暗闇の中に燈明を照らすことです。ですから、世界中の仏教はみんな明かり(ローソクとか)を荘厳しますね。明かりとお花、これは世界のどの仏教でも荘厳されます。明かりが智慧、お花が慈悲を表しています。

      「『智慧』と『慈悲』の獲得と実践」、これぞ仏教が目指す理想です。









      釈 徹宗 2008 いきなりはじめるダンマパダ:お寺で学ぶ「法句経」講座 サンガ(pp.269-271)



      2008年7月8日火曜日

      遺影、撮ります。

       週刊朝日いう雑誌に、コメントが載った(2008年7月11日号 「縁起でもない」は過去の話 元気なうちに遺影を撮る人々)。しかし、雑誌は今日までの発売。恐らく、私の知る方の多くの方は手に取っていないだろうし、手に取っていたとしても注意して読んでいないのではないか、と考えてしまう。むしろ、私のことを知らない人たちが、私を知らない中でも読んでいただいているのではないかと、思いを馳せてみる。

       コメントの内容は、遺影に関するものであった。2007年の3月、10月に、相次いで、應典院にて開催された遺影に関連するプロジェクトの受け入れを担ったためである。かねてより應典院と縁のあったという阿古さんというライターからの取材により、掲載の運びとなった。ちなみに、時間の関係で電話取材のみということであったが、その後に不明な点を電子メールにて問い合わせをいただくなど、伝えることに対する丁寧な姿勢に好感を持った。

       私は、常々、遺影ということばが「残」ではなく「遺」ということばが使われていることに着目している。ちょうど、2008年3月に應典院で開催した写真展「好奇心星人の挑戦」のワークショップでも、ゴウヤスノリさんと共に「残るもの」と「遺すもの」という対比を行って、自分自身の生死を見つめるという機会を設けた。残る、というのは結果であり、遺す、というのは行為である。そんな風に捉えているのだ。

       「残る」もの「遺す」ものは、物体だけではない。いみじくも「遺された家族」ということばがある。つまり、結果として残ったもの、こと、ひとも、その人によって「遺された」行為の結実とも言えるのである。先のインタビューの補足では、「単に人と関わりたい、その思いから遺影を撮影するのではなく、『私が死んだ直後、私はどのような人に見送られるのだろう』、『その時に、どのような表情で迎え入れるのがいいのだろう』、そんな風に考えて、遺影を遺すという行為を選択したのだ、と考えている」とメールで綴ったのだが、そうしたやりとりを通じてまとめられた記事が、読み手に対して生死の意味を新たに紡ぎ出してもらえればうれしい。





      遺影、撮ります。

      76人のふだん着の死と生

      あとがき(抜粋)




       二〇〇二年の秋に手書きしたA4の紙が一枚。「プロジェクト遺影ーーふだん着の死を見つめるーー/あなたの遺影を撮らせてください」と書きだしています。「時々、『この方は、この写真を使われて、喜んでおられるのかな』と思う場面に出合います。免許証の写真のようなお顔だったり、集合写真から引き伸ばしたようなぼけたものだったり」。小さな疑問は、根の深い願望から出てきたものです。「こうも思うのです。私が『遺影を撮る』と口にし、それを受け入れてくださる人なら�私の死�について語り合うことができるのではないか、と。日常の延長線上に、その時を見すえて、今、生きていることをいとしく思うーーそんな話を、〔改ページ〕本当は私はしたいのかもしれません(後略)。」

       そう、そんな話をしたかった私は、相手の体調が許せば数時間話し込み、大口あけて笑い、心の中でう゛う゛う゛と泣き、一緒に憤って、七六人の「生きてここにある実感」を綴っていきました。九五年の写真集『臨月』を見返してみると、撮影の仕方はほとんど変わっていなくて苦笑するばかりですが、あの頃より、糠漬けの腕もあがり、花の名もうんと覚え、将棋も俳句も話についていけるようになっています。PTAでもまれ、田舎の人づきあいも少しは体得しました。私自身の生き方、暮らし方が問われるインタビューだった、と思い返せば息苦しい。ガハガハと笑ってはいましたが、真剣でした。

       遺影を用意しようとする人は、自分のその時を見すえているということです。ただ、その時を見すえることと「死」にとらわれることとは違います。「死」を怖れないこととも「死」に立ち向かうこととも、違います。自分のその時を見すえるからこそ、生きることをいとおしむのです。今をよりよく生きようとするのです。



      (野寺,2007, pp.163-164)



      野寺 夕子 2007 遺影、撮ります。:76人のふだん着の死と生 圓津喜屋


      2008年7月7日月曜日

      「脱美術館」化するアートプロジェクト

       気づけば、アートな一日であった。今日は朝から、美術館に行き、夕方にギャラリーに行き、夜には劇場に行ったのだ。いずれも、場所は京都である。しかし、そんな内容は、絵画、写真、演劇と、内容は多岐にわたった。

       朝に訪れたのは、京都国立近代美術館である。開催中の「ルノアール+ルノアール」展にて実施された、あるプロジェクトの立ち会いをしたのだ。具体的には、あるガールスカウトの皆さんが集団で観賞する際に、あるNPOが支援する、というものだった。ちなみに、そのプロジェクトに、同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コースの修了生と現役院生が関わっており、私は終了後に小粋な助言をする、というのがお役目だった。

       昼食と、食後のカフェに続いて訪れたのが、町家がギャラリーとなった境町画廊である。というのも、昨年度應典院で展覧会をしていただいた、野寺夕子さんによる「千人針」の写真展が開催されていたためだ。実は、先週金曜日に、既に一人で野寺さんのギャラリートークがある日に観賞させていただいた。改めて訪れたのは、このところ連日触れている、未来の連れ合いを野寺さんに紹介しつつ、本人も、写真を通じて受け止められるべき何かを感じて欲しい、という思いがあったためだ。

       よく行く和紙さんに寄り道して、四条河原町にてちょっとしたイタリアンのコースを食べてから急いで向かったのが、下鴨にあるアトリエ劇研である。現在、先ほど示した、ソーシャル・イノベーション研究コースの社会人院生が出演する演劇を鑑賞するためであった。団地、家族、若者、などなど、人間関係の希薄さを、濃密な演技を通して表現する、という作品だった。思えば、私に身近な皆さんがアートに関わっており、そこに私も、心地よく巻き込まれているのだ、と、大阪に帰る列車の中で感じ入ったところである。





      社会とアートのえんむすび 1996-2000

      つなぎ手たちの実践

      序章 「脱美術館」化するアートプロジェクト(抜粋)



      最近のアートプロジェクトは、ボランティアやワークショップという形式を採り入れることで住民に参加を促し、彼らの意見を作品に反映させようとする。そして、参加者が主体的に関わればかかわるほど美術家ー参加者のヒエラルキーが薄れ、〔改ページ〕誰のものでもない「みんなの作品」になっていく。そこでの目的は芸術性の追求より、しばしば「まちづくり」や「コミュニティの強化」といった民主的で公共的な価値の創出に主眼が置かれる。だから、一歩まちがえれば大衆迎合主義に陥りやすく、結果的に陳腐化しやすい面もあることをつけくわえておかねばならない。

       最後にもう一度「プロジェクト」という言葉に戻れば、これには「計画」「事業」の他に「投げ出す」「投影する」という意味もあった。すなわちアートプロジェクトとは、美術家だけでなくそれに関わる人それぞれが自分の思いを投げ出し、自らを映し出す装置だといえないだろうか。これはそのままボランティアやワークショップの考えに重なってくるはずだ。だから同じアートプロジェクトに参加しても、一人ひとりの見ているものは同じとは限らないし、その意味で結果としての作品はさして重要ではないともいえるのだ。

       しかし、ここで終わってはきれいごとにすぎるかもしれない。多くのアートプロジェクトは高い理想を掲げながらも、ひとたびプロジェクトが動き出せば「アート」の「ア」の字も話題にならず、人集めと資金集めに狂奔し、内部では骨肉の争いを演じてるところもあるのが現実なのだから。



      (村田,2001, pp.18-19)








      村田 真 2001 「脱美術館」化するアートプロジェクト ドキュメント2000プロジェクト実行委員会(編) 社会とアートのえんむすび1996-2000:つなぎ手たちの実践 トランスアート



      2008年7月6日日曜日

      ボランティアの知

       結婚について綴ったところ、多くの方からお祝いのことばを頂戴した。綴ることが知らせることになり、知らせることで伝わることがある。インターネットという媒体の特徴が、ブログには最大限に反映しているように思う。転じて、こうして読み手から簡単かつ直接に反応が得られるとき、ブログを継続して書くことに手応えを覚えるのだろう。

       先般は一切書かなかったが、私(たち)の「その日」のために、準備を進めている。今日は、新婦側の着物の生地選びとドレスの仮縫い、新郎側のスーツのサイズ合わせなどを行ってきた。ちなみに、仏前結婚式ということもあって、私は法衣での式となる。朝からそれなりにまとまった時間を取ることができたので、これらの服関係の前に、結納返しで誂えていただくことになった鞄屋さんにも伺ってきた。

       道すがら、式の次第、宴席の進行について話題となった。式については、世の倣いに従いつつも、一定、浄土宗としての作法があるので、私たちが考える余地は皆無に等しい。一方で、宴席は、創意工夫の幅があまりに広い。来週は、このあたりの考える時間をつくることにしよう。

       「野球は筋書きのないドラマだ」とは、巨人、西鉄、近鉄、ヤクルト等、プロ野球の監督歴任した三原脩さんのことばだ。筋書き(シナリオ)は無くても、人々の関わり合いの中にドラマ(物語)が生成されることは、常々実感しているつもりだ。だからと言って、一切の準備をせぬまま出来事に臨むのは、「即興」と「その場しのぎ」の混同である。「ええかっこしい」でその場をこなすのではなく、その場その場に誠実に向き合うことができるよう、適切な段取りを段取りをつけていくこととしよう。



      注:三原監督が歴任した球団について、ご指摘をいただき、加筆修正しました。(2008.7.6, 21;22)





      ボランティアの知

      第二章 阪神・淡路大震災

      二 セオライジング㈵ 集合的即興ゲーム




      災害救援には、大筋でのストーリーはあっても、事の詳細を記したシナリオはない。阪神・淡路大震災での経験を振り返ってみても、発災直後から、人命救助を中心とする救急救命期、水・食料といった最低限の物資が必要となる緊急期、避難所等に入った被災者に対する救援物資やさまざまなケアが必要となる救援期、ライフラインが復旧していく復旧期、地域の復興に向けて動き出すとともに、被災者に対する息の長いサービスが要求される復興期、といった大筋の展開が見られたことはたしかである。しかし、各時期、各場所における活動内容には、そのときどきの参加者が臨機応変に対処すべき事柄が多く、あらかじめすべてを計画するのは不可能であった。ジャズの比喩〔改ページ〕に託すならば、曲調やコード進行は、ある程度あらかじめ決まっているけれども、それをいかに演奏するかという点は、事細かに規定されているわけではなく、演奏者は臨機応変に演奏するわけである。

      (渥美,2001, pp.32-33)







      災害救援の現場から得た「即興」という着想を、もう少し抽象化し、より一般的な考察を加えてみよう。ここでは、即興を「安定した規範が消失した後に、人々の織り成す集合性が帯びる様相」として捉える。

      (渥美.2001, p.35)



      一般に規範は、行為の妥当・非妥当を指し示す操作であった。妥当・非妥当を指し示す操作であった。妥当・非妥当の区別の集合を、ルールと呼んで動的性質をつかんでおこう。ルールを取り巻く行為の集合をゲームという。そして、このように規範が生生流転する事柄における諸集団の振る舞いを「集合的即興ゲーム(Collective Improvisation Game)」と呼んでみたい。

       集合的即興ゲームが始動するのは、安定した規範が消失したときである。災害は、その典型的な例であった。集合的即興ゲームのルールは、時々刻々と変化する規範に支えられ、一定不変ではない。集合的即興ゲームの継続には、次々と行為が連続していくことが求められる。

      (渥美.2001, p.37)



      集合的即興ゲームの要素は、ゲームの継続に寄与するかどうかという基準で決まる。ゲームの継続に寄与するものは要素の集合に入り、そうでないものは集合に属さない。集合的即興ゲームを演じている当事者は、ゲーム内部でルールを完全に知ることはない。集合的即興ゲームは、観察者から見たとき、そのつど規範を産出しているように見える。しかし、当事者の視点から見たとき、根底にルールなどというものはない。「ただ活動している」のである。

       以上のように、緊急救援活動を集合的即興ゲームの現場としてとらえてみれば、もはや救援活動のために緻密な計画を立てることや、参加者に共通の知識を与え、静的なルールを守ることを目指した活動だけでは、功を奏さないだろう。生生流転する規範のもとで、臨機応変に活動すること、そのこと自体に目を向けなければならない。

      (渥美, 2001, p.38)







      2008年7月5日土曜日

      ハナミズキ

       もう、あの日から1週間が過ぎた。このブログの更新が滞ってから、ではない。ブログは最早、滞って6ヵ月、ちょうど半年が過ぎてしまっているのだ。一週間が経ったのは、ある手紙が届いてからだ。

       手紙が届いたのは、6月25日のことだった。ちょうど、同志社大学での講義に向かうため、職場の一つ、應典院から自宅に立ち寄ったとき、高校時代より思いを寄せていた同級生から葉書が届いていたのだ。結婚式場の写真に、手書きの文字が添えてあった。「甘酸っぱい」とは月並みな表現だが、そんな高校時代から大学入学後くらいまでの記憶に思いを馳せつつ、京都に向かった。

       ちょうど、その日の講義は「ボランティア」に関してのことであった。いてもたってもいられずに何かをすることがボランティアであって、その行為に対して、利他的か利己的かなど動機を整理することはできても、それは単に跡付けの意味づけでしかないことを伝えた。その「いてもたってもいられなさ」とはどんなものをかを伝える例として、講義前に「ハナミズキ」という曲を流した。「個人的なことですが、今日…」と、ここに掲げたエピソードを紹介して、である。

       折しも、この9月、仏前にて結婚式をする。手紙の主から招待を受けなかったように、私も招待するつもりはない。しかし、同じ学舎や塾で学び、またスキーやキャンプに行ったりと、同時代を生きた仲間ではある。こうして、便りが来ることに感謝しつつ、幸せを願いつつ、ブログを復活させてみることにしよう。「あなたと、あなたと好きな人が、100年、続きますように。」





      「ハナミズキ」より



      「君と好きな人が百年続きますように」



      一青 窈









      2008年1月4日金曜日

      アーツ・マネジメント史〜「アーツ・マネジメント」

       今年の年賀状に、改めて、自分が担っている仕事を列挙してみた。実は初期バージョンには1つ、記すのを失礼してしまったのだが、それにしても、多くのご縁と期待をいただいているものだと感じ入るところであった。一方で、そうした役割に対して、充分な成果を遺すことができていないように思えてならない、という反省にも駆られた。今年こそはそうしたことのないよう、努めていきたい。

       そんななか、今日は新年早々、世話人と事務局長をさせていただいている「大阪でアーツカウンシルをつくる会」の合宿が行われた。場所は我が家で、である。インターネットが使えて、ゆっくりできるところ、その結果、我が家で行っていただくこととなったのだ。十分片付けができていなかったものの、参加いただいた皆さんのやさしさで、議論と鍋を堪能することができた。

       議論の中心は、「会員制」の組織ゆえに、会員のみなさんと、どのようにして共に活動を展開できるか、ということであった。実際、名前にも込められているように、アーツカウンシルが「できる」よう、ともに活動を「つくる」必要がある。今回の合宿で決まったのは、1月の大阪府知事選挙に出馬表明された方々への公開質問状を送付すること、2月に今年度の活動をまとめるためのワークショップを行うこと、そして3月には大阪市の文化行政担当者を招いた公開勉強会を行うこと、である。そうやって会員の皆さんと共に、時間と空間を共有すると共に、実際「できる」ためにどうしたらいいのかについて、鍋をつつきながらの議論は実に盛り上がった。

       もちろん、日頃から議論は行っているものの、どうしても時間的な制約があって、存分に語り合うことが難しい状況にあった。そこで今回合宿の運びとなったのだが、年始の気分もかさなりつつ、終了の時間を気にせずに、それぞれの思いを形にすべく語ることで、大いなる楽しみを味わうことができた。ちなみに、メンバーを知る人にとっては、ある意味驚きであり、ある意味納得かもしれないが、鍋の後にはカラオケに出掛けることとなった。そんな風にして密なるコミュニケーションも重なった「大阪でアーツカウンシルをつくる会」の2008年は、一層活動に厚みが増すことと確信している。



      アーツ・マネジメント史

      1.アート制度とアーツ・マネジメントの歴史(抜粋)




       近代アート制度は、アーティスト・アーティスト組織、彼らを援助する人々・組織・制度からなる。後者は、さらに直接的にサポートする人々と間接的にサポートする人々からなる。直接的に援助をするのは、個人的なパトロンやアーツカウンシル(芸術評議会)や芸術NPOなどの組織であり、間接的にサポートするのは、批評家や行政機関などの評価者、そして、美術・音楽・演劇などを観賞する鑑賞者などである。アートは、自由な自己表現に基づく産物であり、本質的に、近代的な官僚制的な制度とはなじまない性質の活動である。その意味で、近代的な資本主義経済−−勤勉な競争原理に基づく価値創出活動−−とも、なじみにくい性質を持つ。しかし、その一方で、社会が成熟していくにつれて、人々の求めるものが自己表現であり、自己実現であり、その究極の活動の一つが芸術活動でもある。近代社会の発展につれて、この一見矛盾する二つのプロセスが、一つの社会の中で同時に進行してきたのである。その結果、アーティストの数が大幅に増え、そのアートを観賞する人々の数も増大した。しかも、その一方で、アーティストやアーティスト集団を支える人々とその組織や制度が機能分化し、発展してきたのである。また、アーティストと鑑賞者を媒介する組織や制度も洗練、細分化してきた。それらの革新的な発展の多くは、西欧社会、特にイタリアやフランスなどの社会に端を発してきたのである。



      川崎(2002, p.22)







      川崎賢一 2002 アーツ・マネジメント史 川崎賢一・佐々木雅幸・河島伸子 アーツ・マネジメント 放送大学教育振興会  p.21-31.



      2008年1月3日木曜日

      Time goes by

       徳永英明の「VOCALIST」シリーズが売れている。既にシリーズは3作目だ。私も好んで聴いている。ちなみに、3作目で「打ち止め」とするらしい。

       徳永英明のみならず、デーモン小暮閣下による作品の他、さらには佐藤竹善や槇原敬之や甲斐よしひろなどの作品の一部の中にもあるように、男性シンガーが女性シンガーの歌を歌うことに違和感を覚える人もいるだろう。しかし、例えば一青窈の「ハナミズキ」を取り上げてみると、「僕」による私語りとなっている。もちろん、一青窈自身の作詞であるから、女性の歌ではある。とはいえ、歌そのものは男性のものであってもいいはずだ。

       ちょうど、今日は小学校の同窓会があった。昔なら、居酒屋の後はカラオケ、という展開が定石であったものの、さすがに大人になったものである。今日は居酒屋の後、パブに連れられていくこととなった。ちなみに、パブはラウンジよりもお手軽で、スナックよりもお上品なところ、という位置づけだとか。

       そんな同窓会の二次会で歌わせてもらったのが、「Time goes by」だった。Every Little Thingのボーカル、持田香織が澄んだ声で歌っていた(一説によると「歌えていた」)ころの歌を、朗々と歌い上げてしまった。まるでうんちくのようだが、この歌は当時のメンバー、五十嵐充による詞であり、男性によって構築された世界観をもとにしている。そんな風にして考えれば、男性の歌だとか女性の歌だとか、いちいちこだわる必要もなく、むしろ、その歌の世界観に浸りきることが大切なのではないかと、久々の再会を楽しみながら、雰囲気のある曲を朗々と歌い上げてしまったことを正当化してみたりするのである。





      Time goes by



      Wow wow wow…



      きっと きっと 誰もが

      何か足りないものを

      無理に期待しすぎて

      人を傷つけている



      Wow wow wow…



      会えばケンカしてたね

      長く居すぎたのかな

      意地を張れば なおさら

      隙間 広がるばかり



      Kissをしたり 抱き合ったり

      多分それでよかった

      あたりまえの 愛し方も

      ずっと忘れていたね



      信じ合える喜びも

      傷つけ合う悲しみも

      いつかありのままに

      愛せるように

      Time goes by…



      都合 悪い時には

      いつも言い訳してた

      そうね そんなところは

      二人よく似ていたね



      安らぎとか 真実とか

      いつも求めてたけど

      言葉のように 簡単には

      うまく伝えられずに



      もう一度思いだして

      あんなにも愛したこと

      「アリガトウ」が言える

      時がくるまで

      Say good bye…



      残された傷あとが 消えた瞬間

      本当の優しさの

      意味がわかるよ きっと



      過ぎた日に背をむけずに

      ゆっくり時間(とき)を感じて

      いつかまた 笑って

      会えるといいね

      Time goes by…



      Wow wow wow…



      (Every Little Thing・詞:五十嵐充・曲:五十嵐充)

































      2008年1月2日水曜日

      自他法界同利益 共生極楽成仏道

       新年、あけましておめでとうございます。既に、何人かの皆さんから年賀状を頂戴いたしました。ありがとうございます。私の年賀状は、まだお手元に届くのに時間がかかりそうですので、その旨ご容赦願います。

       思えば1年前、毎日ブログを更新しよう!と決意しながら途中で断念してしまいました。論文執筆のためにも、書物を読み、そこからキーフレーズを略奪しようと心掛け、試みてみたものの、あえなく挫折をしてしまいました。それでも、途中、大阪市長選挙に関わり、その際の橋爪紳也さんのことばに感銘を受け、奇跡の(?)復活を遂げました。ともあれ、アクセス数を拝見すると、更新していないときでも、更新の確認のために訪問いただけていることが、心苦しくてなりませんでした。

       そして今年、2008年、また決意新たに、文字を綴らせていただきます。昨年は「書物を」という制約条件を付してしまいましたが、それが重荷になったわけではありません。生活のリズムに組み込まれていなかったことが問題だと思いました。そこで、毎朝、前日の分を更新することにしました。朝の「おしごと」にしよう、そんな趣向です。無論、それが果たしていつまで続くのか、読んでいただいている皆さんに、来年の正月に評価をいただくことにしましょう。

       浄土宗應典院と、キリスト教主義の同志社大学との二足のわらじを履く私ですが、2年連続で、「除夜の鐘」と「修正会(しゅしょうえ)」お手伝いで、年を越しました。應典院の本寺(ほんでら)である大蓮寺の檀家さんたちと共に日常勤行式を務めるわけですが、改めて、その中にある「総願偈」のお経の意味をかみしめています。とりわけ、「自他法界同利益 共生極楽成仏道」すなわち、「私もあなたも、またわれわれが意識せずにも存在する全てのことがらとも、同じくご利益(りやく)をわかちあって、この上ない安楽の世界に共に生き、同じ道を歩んでいきます」という部分は、昨年の行いを懺悔(さんげ)し、改めて今年の誓いを立てる上で、極めて重要だと通巻した次第です。何となくですが、今年は変わります、と昨年(まで)の非礼をお詫びしつつ、年頭のご挨拶です。



      総願偈



      衆生無辺誓願度 煩悩無辺誓願断 法門無尽誓願知

      無上菩提誓願証 自他法界同利益 共生極楽成仏道