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2013年2月12日火曜日

参加と複合のための対話

アムステルダムから列車で1時間50分ほど、ブリュッセルにやってきた。無論、普通の列車ではなく、フランス・ベルギー・オランダ・ドイツを結ぶ高速列車Thalys(タリス)で、である。ただ、不安な要素が満載の移動でもあった。何より、前日にチケットを発券していたものの、露骨に「オーバーブッキング」と書かれていたのだ。

 アムステルダム中央駅でチケットを買ったとき「並びの席が取れなかったから、乗車してから係員に聞いてくれ」と言われたので、素直に言ってみると「ああ、わかった、じゃあ、あのボックスに座っといてくれ」といった感じの指示を受けて座っていると、ベルギーを入る手前くらいに「ここは私の席よ」「ここは俺の席だ」という方が相次いで来られたので、荷物の移動もままならない混雑さになってきたゆえ、あえなく、デッキで1時間ほどを過ごすことになった。それでも無事、ブリュッセル駅に到着した後は、早速、荷物を置きに、本日のお宿のホテル・メトロポールに向かった。歴史の風情を感じることができる素敵な空間を少しだけ味わって、再びまちへと繰り出した。

 1泊しかしないブリュッセルでも、建築と住まいを巡るというテーマは外れない。まずは建築家のルシアン・クロール(Lucien Kroll)によるルーヴァン・カトリック大学の医学部の学生寮(Maison Medicale "MeMe")およびアルマ(ALMA)駅周辺の開発プロジェクトを尋ねた。ルシアン・クロールとアムステルダムとは、2000年にベルマミーア団地の再開発のコンペにも応募しているというつながりも見出せたのだが、それ以上に著書『参加と複合』(既に邦訳書は絶版で、日本建築学会の学術刊行物『建築雑誌』の2003年12月号に、訳者である重村力先生ご自身が記された書評が掲載されている)でも述べられているとおり、1970年から2年にわたり、建築家が施主の置かれた状況に参加することを前提に、学生や大学との対話を通して、レストラン、幼稚園などの複合施設としてこの寮を完成させた。もともと、パリの5月革命があったからこそ、逆にこうした対話を通じた参加と複合の賜物としての空間が成立したのだろうが、それから40年あまり、果たして今、こうした哲学をもった学生の拠点が生み出されるのか、大学という組織に(も)身を置いている者として、深く考えさせられる建築であった。

アルマから市街中心部に戻った後は、世界遺産にもなっている「グラン=プラス」の界隈を散策した後、自然派な食事を摂ることができるエクスキ(Exki)に、そしてベルギーワッフルをダンドワ(Dandoy)でいただいて、オルタ美術館へと向かった。こちらも世界遺産ながら、周辺一帯としてではなく、オルタ関連の「一群」とされたため、なかなか、まちの雰囲気としては遺された価値を直接体感できなかったものの、中に入ると、洋の東西、直線と曲線をうまく取り合わせた美しさを味わうことができた。少々、疲れが溜まっていたためか、証券取引所の横の「ファルスタッフ(FALSTAFF)」でベルギー料理とベルギービールを3杯ほど頂いたものの、日本から六波羅雅一さんによる「おすすめのお店」のメールにも気付けず、静かにメトロポールの部屋に備え付けの「Stella Artois」をたしなんでから、程なく、心地よい眠りに就いてしまうのであった。

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