帰国日から指折り数えた方が早くなって、はや数日、ブリュッセルからアムステルダムに戻り、ベルマミーア団地再生に関する最後のヒアリングを、午後からアムステルダム市の南東区役所(Stadsdeel Amsterdam Zuidoost)にてさせていただいた。3人の方にご対応いただいたのだが、一方的に話を伺うのではなく、それぞれの地域事情を語りながら知恵を紡いだ3時間を簡単に要約すると、立場を超えた対話を重ね、今、誰が何を求めているのかを互いに知らないといけない、ということとなろう。ヒアリングでは3人が同席する瞬間は残念ながらなかったのだが、ベルマミーアの地域のエリアマネージャーを務めMBAを修めたIsaac Adu Acheampongさん、ベルマミーア団地再生ではファイナンス部門を担当した政策展開部長(afdelingsmanager beleidsontwikkeling/department manager policy development)のJan Willem Sluiskesさん、そして先般65歳で退職したものの南東区の歴史を編纂する仕事のために頻繁に区役所を訪れているというベルマミーア団地再生での都市計画部門のリーダー(steden bouwkundige project leider/urban architectural project leader)を務めたEvert van Voskuilenさんの3人からお話を伺った。引き続き、通訳を奈良ゆういちさんに担っていただきつつ、一部は英語でのディスカッションとなった。
最初は関西大学による「団地再編プロジェクト」で来日経験もあるIsaacさんから、「200ほどの国籍が入り交じり、個々人が抱える背景が全く異なる中(all people have a different background)、入居率がほぼ100%だった中でベルマミーア団地の再生では、とにかく人を結集させて(mobilzed)、再生のプログラムづくりの対話(dialogue)の場をつくることにした」と説明がなされた。最初は用意いただいたPowerPointをお使いいだく予定だったが、前述のとおりに、来日時に提供されたスライドに目を通させていただいていたので、先に質問やコメントをこちら側が提供した後で進められた。ついては、プロジェクト同行する建築家の荒木公樹さんが、堀川団地は、6つの住棟で、120戸と60店舗が用意されているものの、既に20年ほど新規居住者の募集が停止されていることもあり、空家率が40%、 空店舗率は10%ほどであること、また京都府と京都府住宅供給公社との関係や、住民の方々と共に再生の方針を定めた懇話会の経過、さらに京都大学に委託研究がなされた改修と立て替えの具体的なプランの内容について説明し、この間の動向なども含めて、ディスカッションの前提が確認された。Issacさんは、これらの話を受け、両団地が置かれた状況を対比させながら、論点を抽出した。
Issacさんの整理を受け、参加は1時間という制約のあったSluiskesさんから、「ベルマミーアでは、当初は住宅・国土計画・環境省(VROM:Ministerie van Volkshuisvesting, Ruimtelijke Ordening en Milieu/The Ministry of Housing, Spatial Planning and the Environment)が構想し、後に労働党政権となってからは内務省(BZK:Ministerie van Binnenlandse Zaken en Koninkrijksrelaties/Ministry of the Interior and Kingdom Relations)が所管した地区整備のための40のアクションプランの1つとなり、年間で約2万ユーロがベルマミーアに投入されたが、こうした政府の動きだけでなく、地域もお金を出し、アイデアを出し、何よりコンセプトにあわせてまとまっていくことが大事である」と、堀川団地再生における事業の企画推進にあたってのポイントがまとめられた。ちなみにSluiskesさんは時間の制約もあって、事前に質問項目をお送りし、回答を得ていたので、端的なやりとりで済まされることとなった。ただ、回答の中にあった「ベルマミーアに最高の学校を!」という、未来への思いについて伺うことができず、この点はVoskuilenさんにお伺いすることとした。そして、やや奇妙なことに、ミスコミュニケーションゆえに休憩をはさんだ後の参加となったVoskuilenさんだけが最後まで残っていただき、現職の方が不在な中で区役所を使わせていただく、という状況になった。
Voskuilenさんとは長らくベルマミーア団地再生の建築面のリーダーとして関わってこられたゆえに、今回の調査の全体を総括するかのような議論を行うことができた。例えば、団地再生事業及びその後の事業進捗にあたっての組織図を描きながら解説いただき、改めて多様な主体と住民との関係についてて整理がついた。また、Voskuilenさんによれば「団地再生の事業では、できるだけ予算を掛けずに階高を稼いで緑地を増やそうとする(less money, more level, more green)が、ベルマミーアでは住民とのダイアローグを行い、達成すべき目的のための解決策(objective solutions)を専門家が提示して、その実現のための約束を関係者間でとりつける(compromise)ためにかけた1年半という期間は、意思決定のための時間としては適切だったと思っている」と、再生事業そのものを俯瞰した視点での評価も伺い知ることができた。その点で、issacさんが強調した「居住者が果たして何を望んでいるのか(what they need)、医者なのか、診療所なのか、ヘルスセンターなのか、スポーツセンターなのか、まずは専門家が住民の思いを代弁できるまでに語りの場をつくり、仮にそうした望みが叶うとどのような暮らしがもたらされるのか、専門家はそれを説明する役割を担う」という考えにも合点がいった。
団地再生のみならず、多様な主体と複雑な対象が関係する公共事業においては、早く変えたいという行政、ちゃんと変えたい専門家、変えて欲しくない住民、という構図が生まれることがある。今回のディスカッションでは、「専門家による協議も難しいだろうが、行政が個人の問題には手を出さないという立場を採られたときには、公共サービスの質を保証するために行政の予算は支出されなければならないという前提が合意されないといけない」(issacさん)という担い手の姿勢や、「業務の上で具体的なアイデアをつくり、よいチームワークを進める際には、知識よりもモチベーションの方が重要であって、とにかく地域にかかわり(engage)、地域と共に動いていかなければ(working together with the others)、地域の関係は近くならない(cannot close to the society)」(Sluiskesさん)という事業執行者の教訓、さらには「住民の意見というのは、とにかく割れるものだから、その際にはとにかく問題をはっきりさせ、意見を集約し、それを実現するにはどれだけのお金が必要となるかを明らかにし、10年後や20年後にどれくらいの価値が生み出されるのか、それだけの価値を生み出すにはどれくらいの投資が必要なのか、ヴァリエーションのあるプランを出しながら、どれくらい自分事として問題視できているかどうかを探る」(Voskuilenさん)という専門家としての立場の自覚、それぞれに触れ、自らの役割や責任を見つめ直すことができた。堀川団地の再生は、二重行政(例えば、広域自治体としての京都府と基礎自治体としての京都市)と二元行政(役所と議会)、さらには行政に対する外郭団体(京都府と京都府住宅供給公社)という、公共事業における主体と対象のあいだでの意思決定が容易ではない困難さを根源的に内包した事業である。その意味で、最後に、Voskuilenさんに、対話という「フロー」のメディアに対して、文書などの「ストック」をどのように捉えているか伺ったところ、「追体験できることも大事だが、コミュニティのつながりをつくるプラットフォームとしてのメディアが大事」と仰られたので、少なくとも今回の調査では前者の「追体験」のため、こうして「熱いうち」に文字化したことが、歴史家と歴史化のための素材になれば、と願うところである。
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