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2017年6月23日金曜日

シロツメクサが咲く風景

 私が通った学校は、家に近い順に、小学校と中学校と高等学校と幼稚園と並んでいた。まだNHKの朝の連続テレビ小説が8時15分から放送されていた高校2年のとき、「ひらり」というドラマを登校ギリギリまで見て、自転車で通っていた。テーマ曲は「晴れたらいいね」だったが、ある雨の日、学校の手前の信号のところで大胆に転び、父のお下がりのセイコーの腕時計の風防を割ってしまったという苦い思い出がある。ギリギリまで何かを楽しもうとして、何かを犠牲にしてしまうのは、今も昔も変わらないようだ。

 幼稚園こそ建て替えされたのだが、小学校も中学校も高等学校も、なかなか立て替えが進まないのは、国の特別史跡に指定されている遠江国分寺跡のためと思われる。磐田市役所の示すところによれば、1951年の発掘調査の翌年に指定され、1967年から3年間かけて整備されて以来、その周辺は大きく変わっていない。耐震基準などが厳しく指摘される中でも、学舎の姿は今なお変わらないのである。あれから40年、2017年3月に「遠江国分寺跡整備基本計画」が策定されたようで、これから徐々に懐かしい風景はかたちを変えていくのだろう。

 ふと、懐かしい風景に思いを馳せたのは、今日の午前中、今の住まいの周りのメンテナンスで、シロツメクサが覆う中を芝刈り車が走り抜けていったためである。何となく、シロツメクサというと、国分寺跡に整備された国分寺公園を想い起こすのだ。記憶がおぼろげなところがあるが、幼稚園の頃から、ピクニックのようなものをしに出かけて、そこで誰かがシロツメクサの王冠を作った、そんな場面が目に浮かぶのである。それから30年あまり、まさかデンマークで暮らしているとは、当時の自分には思いも寄らなかっただろう。

 そうして草木も茂る夏のデンマークで、午前中には5月に行われたPBLのセミナーの資料を整理し、午後には文献によりデンマークの教育哲学について学び直した。セミナーは5月0日に行われたPBLにおける3つの実施形態についてであり、8月末締め切りの原稿に向けての準備である。午後のデンマークの教育の父とも言われるグルントヴィが重視した対話について整理すべく、文献はサトウタツヤ先生に餞別でいただいた『デンマークの教育を支える「声の文化」:オラリティに根ざした教育理念』を読み返した。「公共の精神は、個人の犠牲や強要から生まれるのではなく、社会の相互作用のなかで生み出されてくる」(児玉, 2016年, p.45)など、日本に戻ってからの教育実践に接続していくためのことばを探す時間となった。


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